39話 僕は試験前日を終えた
「うまぁ」
膝の上にテディベアを乗せてピザを頬張り満面の笑みを浮かべる先輩。ものすごく微笑ましい光景がそこにあった。これが18歳の誕生日を迎えた人だなんて信じられない。
「この後どうする? 罰ゲームトランプの続き?」
「やりません」
もう罰ゲームなんてしない。絶対しない。
「なら、あ、とりあえずさっきのメッセージカード読んでいい?」
「別にいいですよ。大したこと書いてませんけど」
「目の前で読まれるのはちょっと恥ずかしいです」
紅林さんはそう言って拒んだ。恥ずかしがるようなことを書いたのか?
「じゃあ、蒼くんのだけ」
先輩は僕のメッセージカードを読むと、何かを考えるそぶりを見せた。なんか考えさせるようなこと書いたっけ?
「わかんない」
「えっ? あの、別に暗号とか仕込んでないですけど……」
「そうじゃなくて、蒼くんとずっと友達でいられるか、わかんない」
「えっと……、そりゃ、未来のことはわかりませんよね」
実際わからないにしても、そこは「ずっと友達でいようね」と同意してくれてもよくないだろうか……。
「わたしにも未来予知はできないからねー。それに、友達の定義もわかんないし」
友達の定義とか言い出しちゃうのか。その発言だけで友達少ないのはわかったとか言われちゃうやつだ。
「未来のことはわかんないけど、ずっと仲良しでいられたらいいね」
「えっ? あ、はい」
仲良し。仲良しの定義ってなんだ? 友達と同じ意味で使っているのか、友達よりグレードの低い何かなのか。
「というわけで、蒼くんの誕生日を教えなさい。わたし、この中で蒼くんのだけ知らない。前、結局 教えてくれなかった!」
何がどう『というわけ』なのか、話の繋がりがわからない……。あの時は同じ誕生日の偉人の話で、そんな人は知らなかったから答えられなかったんだよな。
「月と日付の数字を足すと16、月と日付の各桁の数字を全て足すと7になります」
素直にただ教えればいいのに、なんとなくこんな言い方をしてしまった。普通なら面倒くさいやつ扱いされること請け合いだ。
「ちょっと待って、10(a+c)+(b+d)=16 と、a+b+c+d=7 ね。
a+c=1、b+d=6だから、1月15日、2月14日、3月13日、4月12日、5月11日、6月10日、10月6日、11月5日、12月4日のどれか。候補多すぎ!」
待ってと言いつつすぐに暗算してみせるあたり、さすが先輩。さて、ここから絞るヒントをどう出したものか。……普通に教えればいいのに、なんでこんなことを考えているんだか。
「確か、誕生日石はターコイズとアメジストだったと思います」
「誕生日石なんて覚えてないよ! 365個、うん? 366個? そんなの覚えてるわけないじゃん!」
自分の誕生日石なんてものを知っていて、人生で初めて役に立った。
「僕だってフロイトの誕生日なんて覚えてませんでしたし」
「いいし、ググるから。ほら、大くんと紅ちゃんも調べて!」
先輩はスマホを取り出して調べ始めた。大白先輩と紅林さんは僕と先輩とのやりとりをなんとなく見ていた様子だったが、調べろと命令されたので手を動かし始めた。
誕生日石の逆引きができるかは知らないが、候補がすでに9個に絞られているので調べればわかる。フロイトの誕生日と同レベルくらいのヒントになっただろうか? ……いや、調べればわかるんだから普通に教えればいいんだけど。
「逆引きできないし……。誕生日石って日付と1:1対応してるの?」
「知りませんけど、366通り、宝石2個で対応させたとして√366って19より大きいですから、必要な宝石は20種類ですか。20種類あれば400……いえ、380通りは作れますから。宝石、20種類くらいはありそうですし、1:1に対応してるんじゃないですか?」
「でも、1:1対応が確定してないなら、9日分全部調べないと確実ではないよね。蒼くん、面倒くさいヒント出すなぁ」
「そう仰るなら別に普通に教えてもいいんですけど」
「ダメ! 調べるの! んっと、1月15日は違う。で、2月14日が……ターコイズとアメジスト、2月14日が当たり! 残りの7個も調べないと確定じゃないけど、2月14日っぽいね」
「ただの作業をさせてもアレなので、2月14日であってます」
調べるって段階に入った時点でもうただの作業だけど。
「へぇ、紅ちゃんと1日違いかぁ」
紅林さんは確かガリレオと同じ誕生日とかで、2月15日だったはずだ。
「大くんの誕生日はなんかスルーしちゃったけど、これだけ盛大に祝ってもらった以上、蒼くんと紅ちゃんの誕生日はわたしが目一杯祝っちゃうからね!」
先輩が目一杯やるって、なんかもうなんとなく不安なのだが……。
「もう、2日連続でお祭り騒ぎだよ! しかも蒼くんにはチョコレートもあげないとだね。大変だー」
「ついでに学年末試験もその辺ですよね」
2月初めは高校入試の関係で休みになり、一浜はその直後に学年末試験を終えるはずだ。3月は合唱祭とかいうよくわからない行事があって、試験も終わっていることから、一浜生は全然勉強しないらしい。
「2月14日、15日って水曜、木曜かぁ。わたしは自由登校期間だから時間有り余ってるんだけどねー」
「僕たちの方は試験直前か、もしかしたら直後とか当日ってこともある時期ですね。直後だったら時間はありますが、直前だと平日の放課後に何時間も集まるのは難しそうですね」
「わたしもだけど、テストとバッティングしちゃうのは間が悪いね。大くんは修学旅行と被ってたし。学校側がもうちょっと気を遣ってテスト日程とか決めるべきだよ!」
自己中ここに極まれりみたいな発言だった。まぁ、さすがに冗談だろうけど。
「平日だし、試験前だったらこの雑談タイムを削って、プレゼントとサプライズを用意する感じかなぁ」
「菜子先輩、サプライズがあるって予告するだけでサプライズ感半減っすよ」
「サプライズがあるよって言っておいて、何もサプライズがないサプライズ」
「いやそれ、本当に何もなかっただけでサプライズでもなんでもないっすから……」
「わたしは時間が有り余ってるし、それまでに考える!」
祝ってくれると言っているのに、誕生日がなんかちょっと不安になった。先輩の考えるサプライズとか、普通に怖い。何をしでかすかわからない。
「今日の飾り付けとか手が込んでるし、これを超えないと。これってわざわざ買ってくれたの?」
「はい。ホームセンターで。パーティーの飾り付けグッズって一定の需要があるみたいで、1つのコーナーになってました」
「へぇ。これ、今日が終わったらどうするの?」
「……しまっておきます」
捨てるのはちょっとどうかって感じだが、使用用途ないし、今日が終わってしまえばゴミになるのは仕方がない。
「いらないならちょうだい」
「蒼井と紅林のパーティーに使い回すんすか?」
「ただ使い回すんじゃないしっ! なんかちゃんと工夫するしっ!」
まぁ、この手の飾り付けは、各人が買って押入れにしまい込むより使い回した方が経済的だ。
それから、先輩の誕生日会であるはずなのに、僕と紅林さんの誕生日会についての雑談がしばらく続いた。先輩は祝われるより祝う方がワクワクするたちらしい。
*
18時になるまで僕たちはたわいもない雑談に興じ、パーティ後半はいつもの部活とあまり変わらない時間だった。
「こんな余裕で遊んでたんだから、明日からの試験はみんな全科目満点だよねっ!」
解散する時にそう言い放った先輩に、僕たちは苦笑で返した。9割はともかく、満点取れるかどうかなんて運だろ……。
しかしまぁ、試験前日に遊んだからひどい点を取りましたでは言い訳にもならない。
今日を遊んで過ごした以上、満点はともかく、9割を切るなんてことは許されない。できることなら、先輩に負けることも許したくない。
意識を試験モードに切り替える。帰宅すれば時間は19時ごろ。前日に夜遅くまで悪足掻きなんてありえないが、1時間くらいは軽い確認でもしよう。
中間試験の時ほどの気負いはない。でも、手を抜いたわけじゃない。勉強は中間の時と遜色ないほどにはした。
たぶん大丈夫だと、そう思う。でも、不安がないわけじゃない。プレッシャーだって当然ある。
勉強は僕のアイデンティティだ。今回の試験でも失敗をすれば、僕の存在価値はもはや無くなるに近い。
そんな思いを持って、僕は試験前日を終えた。