37話 今日はわたしが主役だ! わたしに従えー!!
コントラクトブリッジをルールの説明なしに話の中で使っています。
2対2で戦うトリックテイキングゲームで、どのスートを切り札にして何トリック取るかで競りを行い、競り勝った方がオフェンスとなります。
競りの際の宣言は『1ダイヤ』のように数字とスートを宣言し、数字が取るトリックの数(1で7トリック、nと宣言すればn+6トリック取るという意味になります)、スートは切り札スートを意味します。
つまり、『1ダイヤ』であれば、ダイヤを切り札に7トリック取るという宣言になります。
競りについてだけわかっていれば、本文を読む上では問題ないかと思います。
「「「お誕生日おめでとうございます!!」」」
「ひっ!?」
先輩が家に入ったところで、3人でクラッカーを鳴らすと、先輩は大きな音に驚いたようで身を縮こまらせた。
「びっくりしたぁ。えっ、あれ? そういう感じなの? なんかこう、誰も気づいてない風に勉強会が進んで、帰り際になってケーキが出てくるサプライズみたいなのを想像してたんだけど」
かなり具体的に想像してたんだな……。
「えっと、わたしは上がっていいの? このクラッカーの残骸とか」
想定外だったらしい事態に、玄関に立ったままワタワタし出す先輩。
「もちろん上がってください。今日は真白先輩が主役なんですから」
「うん。そう! わたしが主役! お邪魔しまーす」
先輩はいつもの調子を取り戻してリビングへと歩き出した。
「勉強会する気がなさすぎる!」
リビングの飾り付けを見ての先輩の第一声がそれだった。
「こんな小学生の誕生日パーティーみたいな、わたしがこれで喜ぶと思ったら大間違いだしっ!」
「先輩、キャラおかしいですよ」
「おかしくないしっ! なんならこの雰囲気の中でもノート取り出すくらいいつも通りだしっ!」
バタバタと暴れながらそんなことを宣う先輩は、まぁ、いつも通りといえばいつも通りか。
「そんなに勉強会がしたいなら、誕生日会は取りやめて勉強会にしますか?」
「……やだ」
そう小さく呟いた先輩が、なんかちょっと可愛いとか思った自分に、なんというか、もやっとした。
「さぁ! 今日はわたしが主役だー!! 全員わたしに従えー!!」
勢いだけで先輩はいつもの空気へと持っていった。
「従えって……」
「とりあえず、みんな座って座ってー」
なぜかホスト気取りで椅子を進め出す先輩。ここ、紅林さんの家なんだが。しかし、まぁ拒む理由もなく、全員でダイニングテーブルを囲むように座った。
4人なので、先輩がお誕生日席のような配置にはならず、先輩の隣に紅林さん、その向かいに僕、先輩の向かい、僕の隣に大白先輩という配置になった。先輩がテキトーに座るものだから、1番上座が主役の先輩ではなく大白先輩になってしまったが、まぁいいだろう。
「で、誕生日パーティーってどんなことするの? わくわく」
先輩は期待した眼差しでなぜか僕を見る。いや、僕は何をするつもりなのかよくわかってないし、わくわくと言われても困る。僕は視線を紅林さんへと向けた。
「お菓子は色々用意しました。ぜひ食べてください」
紅林さんは見た目の華やかなお菓子をテーブルに並べた。
「うん! 美味しそう! それで?」
「えっと、トランプとかボードゲームがあります」
本当に勉強する気はないようだ。今日が試験前日であることを思い出すと少し不安にならなくもないが、今更そんなことは気にしてられまい。
「よっしゃ、明日の試験なんてもう知らない! 遊び倒そう! でも、明日を考えて18時には解散ね」
「「「はい」」」
こうしてパーティーは幕を開けた。
「じゃ、せっかくこんな機会なんだから、罰ゲームありね」
即座に幕を下ろしたくなった。
「えっ、いや、それはちょっと」
「今日はわたしが主役だ! わたしに従えー!!」
先輩は主役と独裁者を勘違いしていないだろうか……。先輩の考える罰ゲームとか危険すぎる。
「罰ゲームは先に開示して、4人が納得した上でやるってのはどうっすか? 2人もそれならどうだ?」
「まぁ、それなら」
「私もそれなら」
大白先輩の折衷案に僕たちは渋々同意した。完全に否定したら先輩が喚くだろうし。
「ゲームは本気で頭使う系でいいよね。じゃ、オーソドックスにコントラクトブリッジでいいかな?」
コントラクトブリッジ。トリックテイキングの代表格で世界3大カードゲームの1つ。確かにかなりオーソドックスではある。
「俺はいいっすけど、2人はルール知ってるか?」
「僕は大まかには大丈夫です。細かいところは自信ないですけど」
「私も蒼井くんと同じ感じです」
「じゃ、決まり! 1ゲーム毎に負けたペアが罰ゲームね!」
ペア。そう、コントラクトブリッジは2対2のチーム戦。普通得点制なのだが、この場ではオフェンスは達成で勝ち、失敗ならディフェンスの勝ちということらしい。
「今の配置的に、私と大白先輩、真白先輩と蒼井くんのペアですね」
配置的には、まぁそうなる。うーん……。
文芸部員でコントラクトブリッジをやったことはないものの、トランプで遊んだ経験は何回もある。その経験から察するに、先輩弱いんだよな……。
堅実な手を打たないというか、ロマンのために負けるようなプレイングをする。これ、ピンチなのでは……? 紅林さん、先輩が弱いから押し付けてきた気がしないでもないのだが……。
「じゃ、最初の罰ゲームは、負けた2人でデュエットでなんか歌うとかどう?」
先輩の提案にしては普通なのがきた。別にそれくらいなら問題ない。ゆるい罰ゲームとしてちょうどいい。
「僕はいいですよ」
「私もそれなら」
「俺も、1戦目はそれでいいっす」
そんなわけで、ズルズルと深みにハマっていく罰ゲームトランプが始まってしまった。
*
茹でガエルのレシピ。僕はそれをなんとなく思い出していた。
ゲームは次で5戦目。1戦目は紅林さんと大白先輩がハッピーバースデーを歌うことになり、2戦目では僕と先輩がデコピンをし合い、3戦目で僕と先輩が4戦目中の会話の語尾に「にゃー」をつけることに、4戦目では紅林さんと大白先輩が1分間無言で見つめ合うという珍事に至った。
冷静に思い返すと、間違いなく雰囲気に当てられている。3戦目あたりから、普通の状態なら絶対に拒否してたはず。
そして、現在かけられている罰ゲームの内容は、負けた2人は相方の良い所を5個言うというもの。
いや、だってこれ、嫌だって言いづらいし。しかし、冷静に考えて、先輩の良い所を5個言うとか気恥ずかしすぎる。絶対に勝たなくては。
「よーし。5スペード!」
はぁ!?
先輩はさも当たり前のようにそう宣言した。このゲームは得点制ではない。だから、殊更高い宣言をする必要がない。宣言は1から競る形で上げればいいのだ。それなのに、いきなり5とか、13トリックのうち11トリック取るって、なに考えてるんだこの人!
「パス」
「パス」
「パス」
通った。当然だ。5スペードより高い宣言なんて、そう簡単にできるわけがない。
結果、9トリックしか取れず、あっさりと僕たちは敗北した。
悪夢だ……。
パーティという雰囲気にあてられて、真白さんの悪ノリを抑制しきれなかった結果、こうなりました。