36話 あとは先輩の到着を待つばかり
早く来すぎた。どうも僕は遅刻恐怖症なところがあるらしい。
紅林さんの家の最寄り駅に到着した時点で、時間はまだ8時20分。マップを見る限り、ここから紅林さんの家までは10〜15分程度。家にお邪魔する以上、待ち合わせ時間より20分以上早く着くとかマナー違反ってレベルじゃない。
時間潰しに、メッセージカードの文章を今一度考えることにした。
メッセージカード。突如書けと言われたそれにはかなり悩んだ。
"お誕生日おめでとうございます"
この一文だけではさすがに味気ない。味気ないのだが、なら他に何を書けばいいのかがわからなかった。
試しにググってみると結構例文がヒットするのだが、なんかどれもピンと来ず。結局、
"お誕生日おめでとうございます。18歳の先輩も先輩らしくいられることを祈っています"
という、僕が本当に言いたいことなのかよくわからないメッセージになった。本当にこれでいいのだろうか?
変えるか。別に意味ありげな言葉を書く必要なんてない。先輩に言いたいことを書けばいいんだ。
"お誕生日おめでとうございます。これからも一生涯の友人になれたら嬉しいです"
なんか、誕生日よりも卒業の方が頭に浮かんでしまう。卒業したらもう疎遠とか、そうはなりたくない。先輩とは一生付き合いのある関係でいたい。
先輩らしくなんて言うより、こっちの方が僕の言葉って感じがするしいいだろう。
こういう事態を想定してというわけでもないが、メッセージカードの予備を持ってきている。待合室で書いてから行こう。
それなりに丁寧にメッセージカードを仕上げると、時間は8時40分になろうとしていた。ちょっとゆっくりめに歩いて行こう。一応、紅林さんに今から向かう旨を連絡しておく。
駅を出て、マップアプリを確認しながら紅林さんの家へと向かう。誰かの家にお邪魔するとか、いつ以来だろう。全然記憶にない。
たどり着いたのは住宅街にある白い塗装の一軒家。見た感じ平屋で、まぁ、いわゆる普通の家だ。紅林さんが実はとても金持ちとか、逆にすごく貧乏なんてことはないらしい。
時計を確認すると時間は8時53分。まだ早いかも。8時55分まで待つか。そんなことを思ってインターホンを鳴らすのに逡巡していると、玄関のドアが開いた。
「着いたならインターホン押してください」
出てきた紅林さんはため息混じりにそう言った。
「すみません」
「どうぞ上がってください。大白先輩はまだ来てないんですが、会いませんでした?」
「会ってないですね」
促されるままにお邪魔をする。他人の家に上がることがないせいか、なんとなく緊張してしまう。
「ご家族は」
「いません。出かけてもらいました」
「なるほど」
リビングに通されると、そこにはパーティーグッズのようなものがいくつか並べられ、中途半端に飾り付けがされている状態だった。
「なんか、案外本格的ですね」
「本気で祝うって話だったので。あの、もしかしてやり過ぎでした? 誕生日パーティーってあんまり経験なくて……」
紅林さんはどこか恥ずかしげにそんなことを言ったが、僕なんてあんまりどころか全く経験はない。誕生日を祝う相手なんて妹くらいだったし、妹にしたって「おめでとう」「ん、ありがと」くらいの会話をしてなんかお菓子をあげるだけだ。パーティーなんてものは知らない。
「いいんじゃないですか。あの先輩相手ですし、過剰演出なくらいがちょうどいいですよ、きっと」
「そうですよね? 試験前に何やってるのって引かれませんよね?」
ここまで準備したのに今更臆してどうする……。
「大丈夫ですよ。試験の結果が悪かったら、絶対に何か言われると思いますけど」
「それは大丈夫です。今回も蒼井くんには負けませんし、真白先輩にも勝つつもりで勉強してます」
「いえ、今回は負けませんから。と、そうじゃなくて、準備進めますか」
「はい。蒼井くんはこれに、"お誕生日おめでとう"とか"HAPPY BIRTHDAY"みたいな言葉を、1枚1文字で書いてください」
そう言われて、A4サイズくらいの厚紙を何枚か渡される。なんとなくお誕生日会ってイメージの中にあるな、それ。書くか。
そんな感じに準備を進めて数分。"真白先輩 HAPPY BIRTHDAY" の輩の字のバランスに苦戦していると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
紅林さんが玄関へと向かい、程なくして大白先輩が現れた。
「さて、俺は何すりゃいい?」
「今来たところで悪いんですが、飲み物を買ってきてもらえますか? 重いとは思うんですが、2Lのをお願いできますか」
「OK。2Lを1本、2本? 2本だと余りそうだが、1本だと足りなくなるかもしれないよな。てか、スーパーってここからどれくらいかかる? 訊いておいて悪いが、遠いんだったら1人で2本は無理だな」
「5分はかからないと思います」
「なら2本でも大丈夫だ」
「では、すみません、2本お願いします」
「OK。菜子先輩、炭酸ダメだったよな。何がいい?」
「えっと……」
「フルーツ系のジュースでいいんじゃないですか? 先輩、たぶん果糖好きですよ。いつも舐めてる飴とかフルーツ系ですし」
それも、特定のフルーツの飴ばかりを舐めていた記憶はないし、果物は大抵好きと思っていいだろう。
「お前らは特に好みとかないのか? 2本買うんだったら1本は俺たちの好みでいいだろ」
「私も果物は好きなので」
「僕もそれでいいです」
「OK、わかった。じゃ、フルーツ系のジュース2本買ってくる。値段は気にしないよな?」
「「はい」」
そんな風に慌ただしく準備を進め、とりあえず体裁が整った時点で、時間は10時30分になっていた。
『真っ白最高: もう駅に着いちゃったんだけど、今から向かっても大丈夫?』
先輩から紅林さんにその連絡が来たのは準備完了とほぼ同時。ギリギリ間に合った。
『紅林: はい、大丈夫です!』
クラッカーを片手に、あとは先輩の到着を待つばかり。