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道徳の解答の作り方 ー文芸部による攻略ー  作者: 天明透
第2章 1学期期末試験編
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7話 救いようがない

 第2章ラストです。

 ついに1学期最終日を迎えた。

 学期最終日にはちょっとしたイベントがある。通知表というやつである。


 担任は通知表を渡す際に一人ひとりコメントをしていた。コメントと言っても一言。『〜がよかった』とか、『〜を頑張れ』とか、そんな感じだ。1人あたりは大した時間ではない。


 だが、通知表はなぜか出席番号の逆順に返却するとのことで、僕は最後まで待たされることになった。こうなるとなかなか長い時間を待つことになる。


 加えて、受け取ったものは順次帰るようにとの指示で、教室にいるものはどんどんと減っていった。


「では、蒼井くん」


 僕が呼ばれた時には、教室には僕と担任しかいなくなっていた。


「はい」


 通知表を受け取ろうと手を伸ばすも、担任はすぐに渡そうとはしない。


「君は、このクラスで1番の優等生です。成績の話で言えば、君よりもたくさん話すべき生徒は他に何人もいます」


「は、はあ、それで?」


 僕は伸ばした手を引いた。


「しかし、君はある意味でこのクラスで1番の問題児なので、たくさん話をしようと、この順番で返却しました」


 まぁ、この状況になればそんなことじゃないかとは思いましたよ。僕ってそんなに問題児ですか? とは口にはしなかった。


「ちょっと、座って話しましょう」


 長くなりそうだ。これでは二者面談と変わらない。僕は少し嫌そうな顔をして見せて、担任に向かい合う形で席に座った。


「成績を言ってしまうと、君はオール5です。もちろん、クラストップであり、学年トップです。学年の方は同率ですけどね」


 別に、オール5であることにそれほどの喜びもなかった。体育だけは怪しい気もしていたが、他は5が取れているだろうと思っていたし。


「そうですか。それは、まぁ、よかったです」


 なので、こんな気の無い返事になった。


「蒼井くん、クラスメイトを見るようにはなりましたか?」


 ここからが本題なのだろう。さて、どうだろうか。誰も僕に話しかけはしないし、もちろん僕も誰にも話しかけない。それは変わってない。

 意識としては変わった気もするが、わからない。いや、意識すら変わってなどいないか。僕は未だ、クラスメイトを大した存在だと、たぶん思っていない。


 少し考えてから、僕は口を開く。


「わかりません。少なくとも会話はありませんね。僕はそれでいいと思っていますけど」


 すると、担任も少し考えた様子を見せた。


「あまり変わってないようですね。急に変わろうとするよりは、その方がいいのかもしれません。ですが、少しずつ、変わってくださいね。君は、心境にだけは少しは変化があったようなので、先生はちょっぴり安心しています」


 なんかよくわからないが安心されたらしい。僕は何か変わったか? わからない。


「さて、話は変わりますが、紅林さんからクラスの様子を聞くことはありますか?」


 紅林さんか。担任の口からその名を聞くことが、最近増えた気がする。担任が他クラスの生徒である紅林さんを気にする理由は、意識的に考えないことにしよう。その方がいい。


 思い返す。紅林さんがクラスの話をすることは、ほぼない。しかし、僕も部長も大白先輩ですら、部活中にクラスの話はほとんどしない。


「ありません」


「そうですか。彼女は、少し君より深刻ですね」


「えっと、他の生徒の話をしてもいいものなんですか? 先生の立場として」


 なんか、聞いてはいけない話を聞いてしまいそうで嫌なのですが。そういうニュアンスを含めて質問をした。


「必要がなければマズいです。でも、今はそれが必要そうなので、仕方ないということにします。彼女にとって、君と真白さんはおそらく特別ですから」


 大白先輩は入れてくれないのですか?文芸部は4人仲いい部活ですよ。1人を除け者にすることなんてありませんよ。そう言いたい気持ちになった。実際に言うことはしないけれど。


「そう、ですか?」


「おそらくです。私は紅林さんの全てをわかっているわけではありません。わからないことの方が多いです。わかることは、今の彼女の状況は好ましくないということです」


 やっぱり、聞きたくないな、この話。今後の紅林さんとの関わり方に影響しそうだし。僕は紅林さんと、これまで通りのライバル関係でいたい。


「具体的な話はしません。そう身構えないでください。1つ、彼女の欠点の話をします。前に、真白さんの欠点の話をしたように」


 担任はそして、僕が聞きたくもない話をし始めた。紅林さんの欠点の話を。


「彼女の欠点は強いことです。大抵のことは耐えられるし、大抵の相手には勝てる。勝ち方は置いておきますけどね。それが彼女の恐らくは1番の欠点です。耐えられることは攻撃されてもいい理由にはなりませんし、勝てることは争ってもいい理由にはなりません。それに、いくら強くてもそれには限度があります。そのうち負けますよ」


「抽象的過ぎて、何が言いたいのかわかりませんよ」


「君は国語学年2位でしょう。察してください」


 そう言われても、試験問題を解くのとは違う。必要な情報が出揃っているかすらわからない。

 国語が得意ということが、人の気持ちを(おもんばか)れる証明にはならないし、人の伝えたいことがわかる証明にもならない。それは国語に限らず、道徳もしかりだ。僕はただ、用意された答えを言い当てるのが上手いだけ。それだけだ。


「彼女は強過ぎる故に、普通の人が避ける争いを避けてくれない。逃げるよりも戦った方が楽だと思ってしまっている」


 別に、戦って勝てるなら逃げなくてもいいとは思う。ここでいう争いが何を指すかを考えないのなら。


「彼女が逃げないから、周りも争うしかないんですよ」


 その言い方は、紅林さんに責任を押し付けてはいないだろうか。


「しかも、耐えられる彼女は、誰かに頼ることもしない。1人でも強いから」


 紅林さんは本当にそんな人だろうか。僕の印象とは、少し違うように思う。担任の言葉に、僕はなんとなく違和感を覚えた。だが、それを担任に言うことはしない。この話は、はやく終わって欲しいから。


「しかし、いくら彼女が強くても、周り全員が敵になれば、きっと勝てません。君に彼女の考え方をどうにかしろとは言いません。ただ、君と真白さんは、彼女の敵にはならないでくださいね」


 抽象的だ。国語2位の読解力で、どこまで理解できたのかはわからない。

 まぁ、あまり気にせず、最後のところだけ従えば問題ないだろう。僕はもちろん、部長だって、紅林さんの敵にはなるまい。いや、この期末試験において、僕は明確に紅林さんの敵ではあったけれど。まぁ、担任の言うニュアンスでの敵ではあるまい。


「わかりました」


 わかったのかはわからないが、そう答えた。


「本当にわかったのですか?」


 そう訊かれるのは仕方ない。わかっていないのだから。


「えっと、飛車がいくら強くても、100枚の歩には勝てない。飛車は銀と一緒ならもっと強い。そんな話ですよね?」


 かなりテキトーなことを言った気がする。そんな風にまとめられる話では、きっとない。とても下手くそな、意味のわからない例えだ。


「歩が100枚だと、二歩で反則負けしそうですね。将棋が好きなんですか?」


 担任は無表情の中に呆れのようなものを含ませて言った。


「やったこともありません」


 本当に飛車と銀が一緒だと強いのかどうかから知らない。


「さて、さらに話は変わりますが、文芸部は文化祭で何かするのですか?」


 あまり聞きたくない話は終わりのようだ。


 文化祭。夏休みが明ければ確かすぐ。


「いいえ。たぶん何も」


 現時点で何も聞いてないし、何をするということもないだろう。文化部なのに、文化祭で何もしないのか。まぁ、それが文芸部らしいといえばらしい。


「なら、クラスの方に貢献してくださいね」


 それは、僕の思ういつもの担任だった。


「うちのクラス、何やるんでしたっけ?」


 出し物はすでに決まっているはずだ。だが、記憶にない。その辺り、まだクラスをどうでもよく思っているということだろう。


「ポップコーンを売ります。文化祭らしいでしょう?」


「そうですか。まぁ、買い出ししてこいとなれば、それくらいは貢献しますよ」


「言いましたよ。撤回はなしですからね」


 担任は間をおかずにそう言った。


「そう言われると、即座に撤回しておいた方がいいのではないかと感じます」


「そんなことないですよ。さて、少し長く話し過ぎました。では、改めて、蒼井くん」


 担任は通知表を取り出した。内容はすでに聞いてしまっているけれど。


 やっと解放されるのか。


「はい」


「とてもいい成績です。2学期からはクラスにも目を向けるようにお願いします」


 僕は手渡された通知表を見ることもなくしまった。


「また、2学期に会いましょう。さようなら」


「はい。失礼します」


 僕は教室を出た。担任は終始無表情だった。まぁ、声色に感情は出るので、ロボットとは程遠いけど。


 僕は今担任と話した内容、こと紅林さんに関することは、極力気にしないことに決めた。それが僕の思う正しい選択だ。


 僕にとって、紅林さんはかけがえのない友達だから。かけがえのない友達だけど。


 ……僕という人間は、とても薄情なクズなのかもしれない。


 僕がクズだなんて、そんなことは知っていたけど。


 そんな風に、僕は開き直るのだった。


 やっぱり、僕はクズだ。そう開き直れる自分が嫌いでないあたり、救いようがない。



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