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道徳の解答の作り方 ー文芸部による攻略ー  作者: 天明透
第7章 2学期期末試験編
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34話 わがままの範囲


「昨日はありがとね。で、謝礼はおいくらほど……」


 登校して早々、佐伯さんが不安そうな顔で尋ねてきた。今、傍から見ると僕はクラスメイトをゆすっているようにでも見えるだろうか。


「生徒会長の作った予想問題を全てください。あと、今後同じようなイベントがある場合に、僕に無理矢理頼み込む真似をしないという確約を」


「お金は……?」


「あの、僕のことを金の亡者か何かだと思ってます?」


「いやいや、そんなことない、そんなことないよ!」


 大げさに首を振る佐伯さん。本気で金の亡者だと思われてたのか、これ?


「でも、百瀬くんから、蒼井くんはお金でなら動くとか聞いてたから、その、お金は要求されるのかなぁって」


 百瀬くんか。そういえばそんな話をした気もする。


「そこまでくれるって言うなら、もらいますけど」


「ううん! いらないならいいの! うん」


 クラスメイトからたかるなんて真似はさすがにしない。本気で金の無心をするなら佐伯さんじゃなくて会長にする。いや、しないけど。


「えっと、もう一度要求を言うと、会長の作った予想問題全部、これは1年生用だけじゃなくて全学年分で。あとは、今後僕に何かを頼む際に、僕が断った場合はすぐに諦めるという確約を」


「前者は全然いいんだけど、後者は、うーん、やっぱり500円とかにしない?」


 顔色が冗談で言っている風に見えないんだよな、この人。


「しません」


「なら700円!」


「だからしませんって」


「じゃあ、1000円! これ以上はあげられない!」


「小学生のお小遣いですか……。だから、こういうのが面倒なんで、僕が断った時にすぐに諦める確約がほしいんですよ」


「わかりました……。じゃあ、分割でいいなら3000円まで」


「金はいいですから」


 僕は「はぁ」と大きなため息をついた。後者に同意しないってのは、すなわち、今後も僕を体良く使おうって心算ということだし。


「ならなら、特別にクリスマスイベントにホスト側で参加できる権利を」


「いらないです。それの拒否権を明確化してと言ってるんです。どうにしたって断るものは断るのに、食い下がられると面倒なんですよ」


「だって、今回は粘ったらやってくれたし」


 悪びれた様子もなくそう宣う佐伯さん。そういうこと言うのか……。


「間違った条件付けをしてしまったみたいなので、以後は絶対に協力しません」


「条件付け?」


「パブロフの犬、スキナーのネズミ」


「シュレディンガーの猫!」


「はぁ……」


「なに、その残念な感じ!? 知らない方が多数派だからね! シュレディンガーの猫知ってるなんて、私 知的って場面だからね!」


 なに言ってるんだろう、この人。まぁ、気にしない。よくわからない言動は無視すればいいって先輩から学んだ。


「とにかく、僕は便利な下請けになるつもりは毛頭ありませんから」


「なら、今からでも生徒会に入れば下請けじゃないよ!」


「会長の命令か何か知りませんけど、僕に構わないでください。僕にそういうのは絶対向かないので」


 今回の対価に煩わしいのをなんとかできないかと思ったのに、ダメか。


「会長の命令なんてこと……なくもないけど、私的にも、蒼井くんは生徒会の事務要員にほしいかなって。私的に、来年の生徒会は私が会長で由那が副会長、蒼井くんが会計なんていいんじゃないかなって」


「断固拒否します」


 生徒会なんて僕みたいな人間には向かない仕事だ。勉強会で教師役をやるのと役員になるのでは全然違う。


「えぇー、なんで? 私が会長になったら書類仕事をこなしてくれる官僚タイプの人が必要なのに」


「知りませんよ。それより、話がなんか別の方向に向いてますが」


「会長の作った予想問題と1500円だよね。うん。わかった」


「あの、さすがに怒りますよ?」


「ごめんなさい。3000円です」


「もう面倒なんで、僕の方が勝手に無視します。予想問題ももういいです」


 会話をしようとした相手と会話にならないのはこんなにも不愉快なものか。僕はこのやりとりにかなりイライラしていた。


「蒼井くんだってこんななんだよ。自分の主張を押し付けて、曲げない。周りの人は、今の蒼井くんみたいにイライラしちゃうの。そういうの、ちょっとわかってくれた?」


 ここにきて説教。なんなんだ、この人は本当に。


「僕は自分のことは自分で決めてるだけです。今の佐伯さんみたいに、他者の行動を縛るような真似はしないように心がけている……つもりです」


 僕はわがままだ。自分勝手だ。自己中だ。それはいい。間違ってない。

 だが、僕はそのわがままの範囲を自分に抑えているつもりではある。他人に対して僕と同じ考えを持てなんて強制しているつもりはないし、嫌がる他者に協力を強いることもしていないつもりだ。


 僕はそれをしないためにも、相容れない相手とは心理的に距離を置いているつもりだ。


「……なるほど?」


 僕が何を言いたかったのか、わかってるのか、この人?


「なんかちょっと喧嘩っぽくなっちゃったから、さっきの話はなしにして」


 なしにするのか。いや、別にいいけど。


「予想問題と、蒼井くんがNOと言った時にその場は諦める約束ね」


「その場は……」


「蒼井くんがNOと言ったら、他の交渉材料を持って来ずに粘るのはやめます。約束する!」


 とりあえずそれで妥協するか? 断ればその場は退散するってことだよな?


「その場でテキトーな交渉材料を量産して結局粘り続けるってのはなしで」


「……どういう意味?」


 すぐに言葉の意図をわかってくれない人 苦手だ。文芸部の面々がどれだけ話しやすい相手か実感する。


「とりあえずもうそれでいいですよ。はぁ、試験前の朝の貴重な時間をこんなことに……」


「蒼井くんなら今更焦らなくても大丈夫でしょ。それじゃ、放課後生徒会室まで来て。予想問題渡すから」


「生徒会室行くの嫌なので、明日の朝ください」


「どんだけ会長嫌いなの?」


「まぁ、結構 嫌いというか苦手というか。とにかく、よろしくお願いします」


「わかったけど、会長、いい人だからね?」


「僕はいい人じゃないんで、いい人は苦手なんですよ」


「ふーん」


 佐伯さんが僕の前から去った頃には、もうHR開始までほとんど時間が残っていなかった。


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