33話 文芸部って兄弟姉妹みたいだと思いません?
「まー、確かに、今日はちょっとおふざけが過ぎたかもだけどー、でも、蒼くんがわたしの保護者扱いってさー」
勉強会のから抜け出した僕たちはパソコン室へと移動した。そして、先輩は勉強を始めるでもなくグチグチと不満の言葉を発し出した。
「すみません。さっきはそう見えたというだけですから、そんなに気にしないでください……」
「わたしは先輩なのだよ。高校3年生なのだよ」
「はい。そうです。ごめんなさい」
先輩に付き合わされている紅林さんが少々不憫だが、最近その役を押し付けられてる気もするし、今は放っておく。僕は2人から少し距離をとって様子をうかがう。紅林さんと立ち位置が普段と逆だ。
「蒼くんはわたしより2歳も年下なんだよ。いい、わたしの方が大人なわけね?」
残念ながら、自分が大人であると力説するその姿は全然大人には見えない。
「はい。年齢は年上です」
「むぅ、外見はそう見えないって言いたいのかな?」
紅林さんも、言葉は大人しめだが僕や先輩の同類。目上の人から何か言われたくらいで自分の考えを曲げるタイプではない。が、話が長引くので、そこは先輩は大人(笑)で通してしまえばよかったと思う。
「外見も若々しくて可愛らしいですし、さっきの勉強会での言動も構ってほしい子どもそのものみたいな」
「違うもん! 別に蒼くんに構ってほしかったわけじゃないっ!! 蒼くんを困らせてやろうとか、そんなんじゃ全然……いや、蒼くんを困らせたかったんだよ! あれは後輩いびり、うん。まさに先輩らしい行動!」
何その先輩らしさ、嫌すぎる……。
ワタワタとそう主張する先輩とそれを微笑ましげに見る紅林さん。まぁ、先輩の方が子どもに見えるよな、そりゃ。
「真白先輩は蒼井くんのことが嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないよ!?」
「なのにいびるんですか? ……ツンデレさんですか?」
「違うっ!! わたしに変な属性を追加しないで!!」
うーん。いつのまにか紅林さんの方が先輩を弄んでいる。今度から先輩の扱いが面倒な時は紅林さんに丸投げしよう。
「あれだよ、あれ。先輩風吹かせたいばかりに、無意味に後輩をいじめるやつ。先輩あるある」
あるあるなのか……。世の中の先輩ってのはそんなに嫌なやつばかりなのか……。
「真白先輩はそんなことをする嫌な人じゃありません」
紅林さんはすぐにそう断言した。先輩もそれにはちょっと感動した風に見える。
「紅ちゃん……」
「真白先輩はただ蒼井くんに構ってほしかっただけですよね?」
「うん…………うん? いやいや、それは違う! えっと、あれだよ、うん、あれ、えっと、わたしはとにかく生徒会が嫌いで、だから生徒会主催のイベントそのものに意地悪した。うん! それだ!」
「真白先輩は生徒会が嫌いで、それなのに蒼井くんが生徒会の手伝いなんてしてたから意地悪しちゃったってことですね」
「えっと、それなら大丈夫かな、うん。蒼くんが裏切ったから意地悪した。うん。裏切り者は許さない!」
「真白先輩、可愛いですね」
「ん!? 何がどうなったの!?」
なんか、姉が妹を揶揄っているように見えて微笑ましい。紅林さんが普段、僕と先輩とのやりとりを微笑ましげに見ている理由がなんとなくわかった気がする。
先輩を少し離れたところから見てると、なんというか、和む。近くにいると疲れるのだが。
「蒼井くんも、真白先輩は可愛いと思いますよね?」
「え、えっと」
いきなり話をこっちに振らないでほしい。その質問、どう答えるのが正解なんだよ……。
「まぁ、美しいと可愛いなら、可愛いの方でしょうね」
これは、正解というよりは単に逃げた答えな気がするけど、まぁ、逃げるが勝ちとか言うし。
なんかちょっと紅林さんの視線が不満げな気がするけど、きっと気のせいだ。
「蒼くんも紅ちゃんも、先輩たるわたしへの敬いが足りないっ!!」
まぁ、敬っているかと言われると、敬ってはないな……。
「なんで沈黙!? 否定してよ!!」
「先輩は今日も元気ですね」
「なんの話だ!!」
「本当に真白先輩は元気ですね」
「今日の2人は意地悪だー!!」
机をバンと叩いて威嚇してくる先輩。しかし、外見のせいで全く怖くない。というより、ネコがシャーって唸っている雰囲気で、ちょっと可愛らしいまである。
「……ふんっ」
拗ねた。先輩はそっぽを向いた後、バッグから飴を取り出してバリバリと噛み砕き出した。
「今日はもう帰るー!! 勉強するしっ。ぜぇぇったいに負けない。先輩の威厳を取り戻す!!」
先輩はそう宣言するとパソコン室を出て行った。勉強面では先輩のことを全く侮ってなどいないのだが。
「後でフォローするメッセージ送りましょうね」
紅林さんは苦笑気味に言ったが、それでもどこか楽しそうに見えた。
「そうですね」
「ちょっと意地悪し過ぎちゃいました」
「しちゃいましたね」
「真白先輩、可愛いですよね?」
「それ、いきなり振らないでください」
「素直に可愛いって言ってくれたらよかったのに、なんですか、あの答え」
「はいはい。すみません」
この人、こういうところで女子っぽいところがあるというか、正直、ちょっと困る。
「文芸部って兄弟姉妹みたいだと思いません?」
「まぁ、わからなくはないですけど、先輩にそれ言ったらきっと怒りますよ」
おそらく、先輩が長女って話ではないだろう。
「今、真白先輩はいませんよ。私のイメージでは、真白先輩が1番下の妹で、蒼井くんがその1個上のお兄ちゃん。私は蒼井くんの1個か2個上の姉で、大白先輩がさらに3個くらい上の長男って感じです」
「概ねわからなくないんですが、僕って紅林さんより下のイメージなんですか?」
先輩が1番下の妹とか大白先輩が結構上の長男ってところは、僕のイメージ的にも同意する。大白先輩に関しては父親って言われても異論ないかもしれない。
紅林さんと僕の位置も、紅林さんの方が下だとは思わない。でも、紅林さんの方が上というイメージでもない。まぁ、事実は同い年だし。実際よりも下に見られてモヤっとする気持ちがちょっとわかった。先輩も苦労してるんだろう。
「時々、1番下の妹とすごく仲良さげで、だからちょっと下のイメージです。
あっ、もしくは、私と真白先輩が姉妹で、蒼井くんが妹の彼氏、大白先輩が父親とかもありです。それでも、蒼井くんは私より少し下のイメージかもしれません」
「想像力豊かですね。さすが文芸部」
「誤魔化しますね」
「何がですか?」
「真白先輩、もう卒業ですよ?」
「そうですね」
「蒼井くんは、お兄ちゃんと彼氏、どっちなんでしょうね」
こういうのはやめてほしい。
「後輩ですよ」
それが現実。想像力豊かな紅林さんの妄想と現実は、当然大いに異なる。
「そうですか。あの、ちなみに、一応訊いておきたいんですけど」
「なんですか?」
ろくな質問ではない気がするけど。
「日曜日の勉強会の準備はしてありますか?」
あー、そういう。
「よくわからなかったので、テキトーに」
「してあるなら、いいんです」
紅林さんはそう言って、いつものように微笑んだ。