32話 蒼井くん、なんだか真白先輩の
「生徒会長が風邪でお休みなので、その代役を務めます、蒼井と申します。さっきになって急に頼まれたのでおぼつかないところもあると思いますが、ご容赦ください」
よく知りもしない同学年の生徒たちに頭を下げる。1年生の勉強会の参加者はちょうど1クラスくらいの人数で、教室1つがいっぱいになっていた。
「蒼井くん、形式張りすぎ! もっとフランクでいいから!」
「はい、今 声を上げた人が生徒会の書記さんで、いきなり会長の代わりをやれとか無理なことを言ってきた悪魔です。来年は生徒会長に立候補するかもなので、その時は皆さん不信任票を入れてあげてください」
そんな軽口を叩くと場が和み笑いが漏れた。言われた通りにフランクにしたのに佐伯さんは不満そうだった。まぁ、これくらいで溜飲を下げるか。
さて、すでにここにいる30人ちょっとは配られた予想問題を解き終わっていて、僕が今から40分ほどで解説。その後、点数別に分かれて検討会なるものをする流れらしい。教科は数A。国語じゃなくてよかった。現代文の解説とか厳しいし。
「冗談ばかり言っていても仕方ないんで、問1から。これは計算だけなので答えのみで」
問題は会長が用意したものを使っている。模範解答も用意されてはいたが、解説するにあたって自分で解く必要もあり、開始寸前でこの役割を振られるのは本当に無茶だった。普通にここにいる人たちと同時に解いたし。予めの準備なんてなく、今 解いた問題を前に出て解説とか、大丈夫なのか?
そんな不安を抱えての解説は、すぐに詰まることになった。
「しつもーん! ここ、係数が7の時に解が1つになることを示してるけど、7である必要ってある?」
荒らしに行こうという言葉に違わず、先輩がそこにいて、ふざけた質問を投げかけてきたのだ。なぜ1年生の中に……。隣には紅林さんもいる。隣にいるなら先輩の暴走を制御してくれないだろうか……。
「鋭いですね。7でなくても、素数なら同じことが言えます」
鋭いも何も、先輩はすべてわかってて言ってるんだろうけど。
「なんでー?」
わかってるのに訊いてくるなよ……。これに一々対応してたら40分で終わらなくなりそうなんだが……。
「素数とその素数未満の自然数はすべて互いに素になるからです。両辺をその素数で割った時の余りを考えると——」
それでも、無視をするわけにもいかない。あーあ、めんど。
結局、解説は盛大にグダり、時間は20分押しというひどいことになった。いや、僕のせいじゃない。合間合間で一般化しろとか具体例を挙げろとか、面倒なことを言ってきた先輩のせいだ。
「だいぶ時間が押してしまいましたが、解説はここまでです。後の進行は生徒会の人に任せます」
一礼をすると控えめな拍手を受け、僕は教壇を降りる。
「はい、任されました。ちょっと、1年生とは思えない質問も飛び交って時間押してますが、いつものように検討会に移ります。80点以上だった人はこっちで——」
佐伯さんが進行を始め、僕の役割は一応終了。会長は、点数別に分かれた各グループを回ってアドバイスとかしていたらしいが、僕は別にそこまでしなくていいだろう。
学年の中でそれなりの学力を持っている人たちというのは少し気になるし、80点以上のグループにちょっと混ざってみるか。
軽い心持ちで目当てのグループが集まっている区画に行くと、そこにいたのはたった4人。
先輩、紅林さん、紺野さん、あと知らない男子。……これだけ? なんかほぼ知ってる顔なんだが……。先輩は別枠なので、実質3人だけ。
「おー、裏切って生徒会の手伝いしてる蒼くんだー。やっほー」
僕の方に指をさして棒読みで裏切り者宣言をしてくる先輩。こんなにも嫌味ったらしい「やっほー」を聞いたのは初めてだ。知らない男子は何事かと僕と先輩に交互に目をやり、紺野さんは心配そうな視線をこちらによこし、紅林さんはいつものことと特に興味なさげだ。
「先輩が荒らせって言うから乗っ取ったんですよ」
別に乗っ取りの意思はなかったが、まぁ、あの会長がいなくても案外どうとでもなるってことを示したかったってことはなくもない。
「先輩……?」
知らない男子生徒が困惑をしている。そりゃ、ここに混ざってる人が先輩って呼ばれてるのは変だろう。
「急な代役にビシッと質問してやろうって勇んで来たら、蒼くんが出てくるんだもん。しかも、普通に答えるし」
「荒らすってそんなつもりだったんですか……。ちょっと、いえ、かなり性格悪いですよ」
質問された内容は現時点での1年生の授業範囲外のものも含んでいたし。それで妨害するとか、普通に性格悪い。
「どうせ生徒会の2年生とかが我が物顔で先輩風吹かせて出てくるんだろうなって思ってたから、1年生を下に見てるとひどい目にあうぞって思わせたかったの!」
「先輩、1年生じゃないですけどね」
「やっぱり1年生には見えないかぁ」
「見た目だけなら逆の意味で高1には見えません」
「なんだとー!!」
なんかもういつものって感じだ。完全に文芸部にいる時のノリで、紺野さんと男子生徒は困惑を隠しきれてない。紅林さんは時折視線はこちらに向けるも、普通に問題の見直しをしている。
「あのー、検討会はー……」
1番現状がよくわかってないであろう男子生徒がおずおずと声を出した。他のグループはすでに答案用紙を見せ合いながら話をしている。
「検討する必要ある?」
当たり前のように100点の答案を見せる先輩。3年生が1年生を煽るなよ……。
「えっと、この人なんなんですか? 昨日までいませんでしたよね?」
男子生徒は僕に対してそう訊いてきた。先輩に直接尋ねるのではなく僕に尋ねたのは、まぁたぶん正解だ。
「受験がすでに終わってる3年生の戯れですから、あまり気にしないでください」
「3年生なんですか……」
男子生徒の顔は「そうは見えない」という心情を如実に表していて、先輩は不機嫌そうな顔をする。
「検討会って、基本、同じ点数帯の人が解けている問題を解けるようにすることで点数を上げようって試みなんですよね?」
このまま雑談を続けてしまうとこの男子生徒と紺野さんに悪いので、話を戻す。検討会については、佐伯さんはそう言っていた。同じ点数帯のみんなが間違えている問題はとりあえず置いておいて、他の人が解けている問題をできるようにしようという話。
この質問に対して男子生徒も紺野さんも頷いたので、認識に間違いはないだろう。
「なら、ここのグループの場合、結局 全問解けるようにしようって感じになりません? そもそも間違えた問題なんて片手で数えられるくらいなんですし」
「31個?」
すぐさま先輩が茶々を入れてきた。空気読んでくれないかなぁ、いや、先輩にそれを望むのは無理って話だけど。
「先輩、ちょっと黙りません?」
「だって指が5本あるんだから少なくとも31個までは数えられるじゃん!」
「はい。そーですねー」
「むぅ!なんだよー!!指が立てると折るの2通りを表現できるんだから」
「いえ、わかってますから」
先輩、ご機嫌斜め。この人をこのままここに置いていたんじゃダメっぽいな、これ。
「はぁ。なんか僕たちがいると邪魔っぽいので、この人連れて退散します。先輩、もういいでしょう?」
男子生徒と紺野さんは「は、はあ」みたいな生返事を返す。たぶん、「なんなんだ、こいつら」とか思われてるんだろうなぁ……。
「別にいいよ。あんまり楽しくなかったし。でも、問題は出題傾向ちゃんと掴んでる感じした」
「そうですね。はい。では、すみませんでした」
特によく知らない男子生徒に謝罪をする。なぜ僕が謝っているんだろう?
「では、僕はこれで。お礼の件はまた後日で」
佐伯さんにそれだけ告げて、先輩をつれて部屋から出た。佐伯さんは何か言いたげだったが無視。少し遅れて紅林さんもついてきた。
「蒼井くん、なんだか真白先輩の保護者みたいですね」
苦笑する紅林さんの言葉に、僕も先輩も盛大に顔を顰めた。