29話 中学格差
「58点……」
微妙……。
試験まで残りほぼ1週間となった日曜日。勉強会メンバーは珍しく全員が集まっていた。ファミレスで2つのテーブルを占有しての勉強。そこで、本番に近い問題演習がしたいとのことで、僕が自作した世界史の予想問題を提供した結果。
「58点は十分すごいって! うち、40点だし。響子と真弓は?」
「私は38点。これ、難しくない? 響子どう?」
「52点! ドヤぁ」
「ドヤ顔ウザっ。でも、ほら、世界史なら平均点くらいの響子が52点なんだし、あかりの58点はすごいって。……ちなみに、2人は?」
仲良し4人組は、こんな感じだった。勉強をちゃんとしていた佐伯さんは、確かに予想される平均点よりはできている。しかし。
「俺は88点」
「私は、97点……」
少し気まずそうな顔をする百瀬くんと、居た堪れない様子で縮こまる紺野さん。まぁ、この2人とは大きな差が出る。
「百瀬くんはともかく由那の点おかしい! なにそれ、1ミス!?」
「私、このテストの難しい問題、この前 蒼井くんに教えてもらった、から」
「まぁ、この問題作ったの僕ですし。こんな風に出題することは想定していなかったので、細かいのだとこんなの出そうって話しましたね」
世界史は先生の性格が読みやすいのでまあまあ当たっている自信がある。あの先生、年号で変な問題は出さないが、地図から特定の場所を選ぶ問題でかなり難しいのを出してくる。フランスってわかっても、フランスのどの辺りかわからないと解けないようなやつ。
……紺野さんって佐伯さんたちから下の名前で呼ばれるくらい仲良いのか。知らなかった。紺野さんの下の名前自体知らなかったかもしれない……。
「えぇー、由那には教えてるのに、私には教えてくれてないの?」
「佐伯さんは難問よりまず基礎を固めましょうよ。用語の基礎問は大体できてますが、並び替え壊滅してますよ。年号覚えるどころか、歴史の流れがわかってない感じしますけど……」
「言葉と名前覚えるのはまだいいけど、数字覚えるのは無理! 私、そういうのほんと無理! 年なんて1, 2年ズレててもいいじゃん。1337年でも1338年でもそんなに変わんないでしょ? なんで数字を覚える必要があるの?」
「僕としても別に1, 2年ズレてるくらいはどうでもいい差だとは思いますが、前後関係は重要かと。さすがに百年戦争、薔薇戦争、清教徒革命、名誉革命の並び替えはできた方がいいと思いますよ?」
「そんな悲しい歴史は知りたくない!」
「高校で習う歴史なんてほぼ戦争史と宗教史じゃないですか……」
政治史は戦争史や宗教史と切っても切れないし、文化史は政治史との関わりが案外強い。人類の歴史は残念ながら悲しいのだ。
「中学の頃はもうちょっと歴史とかできたはずなんだけどなぁ」
そりゃ、一浜に合格している時点でそれなりの偏差値ではあったはずだ。
「同じ高校に通ってるのに、私たちと蒼井くんたち、なんでこんなに学力差あるの?」
「それはちょっと思う。3人はなんで一浜受けたの? もっと上も狙えたでしょ?」
そう問われたので、大した理由のない僕から答えてしまう。
「家から近かったので」
もっと上が狙えたというところはまぁ否定はしない。しかし、一浜だって偏差値は60近い。レベルの低い学校ではないし、近いという理由で選んでもいいだろうとは思えた。
「蒼井くんは、そうかもって思ってた。由那と百瀬くんは?」
「俺は、内申点的に一浜あたりがちょうどいいレベルだったからなんだけど」
「「「「嘘だー」」」」
仲良し4人組の声が被る。声は出さなかったものの、僕だってそれは嘘だと思った。百瀬くんは基本的になんだってできるタイプだ。成績がオール5だと言われても何も違和感がない。
「嘘じゃないよ」
「百瀬くん何中?」
「矢桜中だけど」
「うわ、出た矢桜中。なら、納得。ものすごく内申厳しいってよく聞くもん。中学格差ってやつ。内申点って、全然あてにならない」
「矢桜なら確かにありえる。中学格差ってあるよね、うちらの中学なんてテスト70点でもなんか5くれてたし」
中学格差か。あまり感じたことはないが、話を聞く限り百瀬くんの中学は確かに厳しかったらしい。確か、紅林さんって百瀬くんと同じ中学だったか。
「そうそう、高校入ったら60点取っても3とかで、えぇーって感じ」
「真弓と奈子は同中だったね。評定、甘かったんだ」
「うん。うちの中学は激甘だったみたい」
「それが普通だって思ってたら、高校に入って成績めっちゃ下がったし」
そういうこともあるのか、成績のつき方、僕的には特に変化は感じなかった。まぁ、副教科、特に芸術科目は先生個人に大きく影響されるから色々違うが、それくらいだ。
「百瀬くんが一浜選んだ理由は一応わかったけど、じゃあ、由那は?」
「私は、えっと、兄の影響で……」
内心、その答えは予想していた。兄の背中を追って高校を選ぶってのはちょっとと思う。まぁ、高校の選び方なんて人それぞれだけど。
……うちの妹って傍から見たらそう映るなんてことはないよな? あいつは自分自身で選んだはず、たぶん。
「会長の? 由那って、ブラコン?」
「ち、違っ! いい学校だって、そう聞いてたから……」
「ごめんごめん、冗談だって」
佐伯さんはそう言って飲み物に手を伸ばした。本当に冗談で言ったのかはちょっとわからない。
「結局、3人は中学時代から頭良かったんだよね。私は一浜奇跡で受かった感じだからなぁ」
「私も割と危なかった。学校の先生から志望校下げろって言われてたし。奈子もそうだったよね?」
「うん。うちも真弓と同じでギリギリ受かった側。同じく先生から下げなさいって言われてた」
「前田先生すぐに志望校下げろって言うよね」
「そうそう」
なんか2人で勝手に盛り上がり出し、周りは置いていかれる。誰だよ、前田先生って……。
「前田、ほんと嫌いだった」
「わかる」
いや、わかるのは2人だけなのだが……。知らない先生の悪口言われても、共感できないどころかその先生がちょっと可哀想になる。
「響子は?」
前田先生トークで盛り上がる2人を無視して、佐伯さんは御堂さんに問いかけた。
「余裕ではなかったよ。B判定だったし。志望校変えろとは言われなかったけど」
「普通そうでしょ。前田が変なだけ」
「そうそう」
もう前田先生disはやめてくれませんか……。事実受かってるからアレだが、仮に落ちていたら、あの時前田先生の言うことを聞いていればってなってたかもしれないし。……僕はなんで会ったこともない人を心の中で擁護しているんだ?
「雑談はこれくらいにして、勉強しませんか?」
「「「「はーい」」」」
雑談を終わらせることで、なんとか前田先生disを止めることに成功した。