6話 勉強って大事かな?
「さぁーて、ビリは誰かなぁ?」
パソコン室に入ると、いつも通り僕が最後で、入ってすぐにこの話が始まった。
事前情報から、おそらくは紅林さんには負けていない。それだけで少し安心できる。旅行の計画なんて、まぁ、立てられないし。
「誰から発表する? どうする? どうする?」
いつもながら、部長、楽しそうだなぁ。表情から、いい出来だったことがいとも簡単にわかる。
「部長からどうぞ」
顔が「わたしから言いたい!」と主張してるし。
「ふっ、ふっ、ふっ、わたしはねぇー、なんとっ! 10個だぁっ!! パーぁあフェクトぉおお!! ドヤぁ」
渾身のドヤ顔である。いや、すごいのはわかる。確かにすごい。だが、その顔を見ると賞賛する気が霧散する……。
「まぁ、部長ならそれくらいできそうですもんね」
「えぇー!! もっと褒めてよ! 賞賛してよ! 尊敬してよ! なんかデジャブだよぉ」
はぁ、元気だ。若いってすごいなぁ。小学生ってすごい。そう思ったが、もちろん口に出せるわけもない。
「さぁ、次は誰が言う? わたしに勝った猛者はいるかな?」
いない。科目数が、1年生が11で2,3年は10。僕が6個なのだから、10個を超えることはない。
「どうせ俺がビリだと思うんすけど、4個でした。ちなみに古典は学年3位っす」
「文系弱者だった大くんが古典で3位。わたし、感動だよっ!」
部長は表情を輝かせて感動を表現していた。
「部長のおかげっすよ。はぁ。ありがとうございました」
「なんで、お礼の前にため息なの? なんで?」
「そんなことより、1年2人の結果は?」
大白先輩は部長から目を逸らしてこちらを見た。まぁ、僕から言うか。
「6個でした。副教科がダメでした」
「そして、紅ちゃんは?」
「4個です。見事に2位ばかりで……」
紅林さんは、困ったように笑っていた。
「大くんと紅ちゃんが同率?」
「そうみたいっすね」
「じゃあ、ペナルティーは2人?」
「えっと、私がやります。2人より1人の方がやりやすいと思いますし」
紅林さんの言うことも、まぁ、確かにそうなのだろう。
「大くん、それでいい?」
「俺はいいっすけど……。紅林、いいのか?」
「はい。私は大丈夫です」
「よしっ。じゃあ、大くんはみんなにジュース奢りね」
うん。言うと思った。部長は大白先輩をキラキラと目を輝かせて見ている。
「はぁ。結局そうなんのか。わかったっすよ。今から自販機行ってくるんで、何がいいんすか?」
実は大白先輩、部長のあの目に弱いのだ。
僕たち3人はそれぞれ飲みたい飲み物を答え、大白先輩はそれを買いに行くのだった。
「ちぇー、蒼くん倒すどころか、仲間2人とも負けちゃった」
その設定、続いていたのか。
「部長本人は完勝でしたけどね。パーフェクトは、実際すごいと思いますよ」
「もっと素直に褒めてくれていいのだよぉ」
部長は気を良くして胸を張る。
「そういうところが子供っぽいんですよ」
「なっ、なんだとぉー!! むきゃーー!」
部長は顔を引っ掻こう攻撃してきた。本当に元気だなぁ。体力ないとか嘘なんじゃないのか?
「むきゃーじゃないですよ。部長、子供キャラ自分で作ってるでしょう?」
攻撃してくる部長を避けながら、僕は口撃をする。
「ふん。そんなことないしっ。これが楽なだけだしっ」
とりあえず、部長の攻撃はおさまった。
「まぁ、別にいいんですけど」
部長から目を逸らして紅林さんの方を見ると、微笑ましそうにこちらを見ていた。
「なんですか、その見守るような眼差しは」
「いえ、真白先輩と蒼井くんって兄妹みたいだなぁと」
その言われ方は少々嫌だな。こんな姉はもちろんのこと、こんな妹だってほしくない。なるほど。部長を見ていると、妹の出来の良さみたいなのがわかる。あいつは、あれだ、無難でいい。
「キョウダイってわたしが姉だよね? わたしが姉って言って!」
部長の叫びに紅林さんは気圧され気味である。部長の方はテキトーなテンションとその場のノリで叫んでいるだけだろうけど。
「え、えっと、えぇ、もちろん。真白先輩がお姉さんみたいだなと思います、はい」
目が泳ぎましたよ。別にいいですが。と、僕は思ったが、部長の方は「目が泳いだー」と追求し、紅林さんがそれを否定するというやりとりが続く。
「買ってきたっすよ。賑やかっすね」
大白先輩が戻ってきて、なんとなく収まり、みんなでジュースで乾杯という運びとなった。
試験、終わったなぁ。夏休みかぁ。
*
試験が終わっても即座に夏休みというわけではない。
約2週間、授業があるのだ。しかし、その間には成績会議だのなんだのがあって、全て午前授業になる。
そんなわけで、僕たち文芸部はパソコン室の前の書道室で漫研に間借りして昼食を食べていた。パソコン室は飲食禁止なのだ。飴とか、部長は普通に食べているけど。
「コースは一応決まりました。宿の目星をつけたので、日程を決めようと思います」
紅林さんは、あれからたった4日で夏季合宿(仮)のプランニングをしてみせた。
「わたしはいつでもいいよっ! わたしにとって文芸部が最優先だからね」
この人、一応受験生なんだよなぁ。指定校でほぼ決まりみたいものなのだろうけど。
と思いつつ、僕も夏休みの予定なんて全くないあたり、人のことは言えない。
「僕も今のところ予定はないので、いつでもいいですね」
「俺は、塾とか色々あるな。今、確認する」
大白先輩はスマホで予定を確認しだした。
「私は8月の第2週、3週じゃなければ大丈夫なので、大白先輩が日程を決めてくだされば大丈夫です」
紅林の予定はお盆のみ。帰省か、ご両親が好きだという旅行か、何かしらあるのだろう。それ以外はなし。
まだ1年生たる僕たちは塾には行かないし、模試も受けない。まぁ、家で勉強くらいはするけど。家に受験生がいる手前、あんまり遊ぶのも悪いし。
「わかった。8月の2週、3週以外な。OK」
大白先輩がスケジュールとにらめっこをする中、僕たちは紅林さんのプランに耳を傾ける。
「1日目に鎌倉、2日目に江ノ島というプランにしました。宿は大船です。えっと、まず――」
コースを聞きつつも、地名がわからない(聞いたことはあっても位置関係がわからない)ので、「なるほど」とテキトーな空返事をすることになった。部長の方は「楽しみだなぁ。楽しみだなぁ」と、そればかりだ。
「文芸部、仲よさそうでいいね」
そう言ってきたのは、横で聞いていたのであろう漫研の部長だ。物腰の柔らかそうな男性。どこかセールスマンを想像させる。
漫研は部員が7人いるようだが、昼食の様子を見ると、3人と3人と1人に別れている。ちなみに1人になっているのがこの部長だ。この人以外は全員女子であるし、それで孤立しているのかもしれない。
「うちは見ての通り、派閥がね。たった7人なのに。いいなぁ、文芸部。うちも合宿とかした方がいいのかな」
文芸部の場合、合宿するから仲がいいのではなく、仲がいいから遊びに行くわけだが。
「部長、私たちも別に仲が悪いわけではありませんよ。私たちは友好な関係の中で切磋琢磨しているんです」
漫研の部員にも聞こえていたようだ。
「いや、漫研でレギュラー争いとかやめようよ。みんなで楽しくやらない?」
「そんなんだから、部長の作品は面白くないのだと思います。私たちは本気で漫画を描いているんです」
「酷い……。うん。ごめんね。僕は、書くよりも読む方だしね。ごめんね」
漫研の部員は辛辣だった。その空気に居づらくなった僕たちは、そろそろ昼食を食べ終わったこともあって、パソコン室へと移動するのだった。
*
夏季合宿(仮)の日程は7月25日から27日に決まった。
家でその旨を母に話すと、何かお土産を買ってきてと言われた。旅費は父から出してもらえとのことだ。
鎌倉土産ならあまり困らない。鳩サブレーと相場が決まっている。簡単だ。
「兄さんに一緒に旅行に行く友達がいたの!?」
母から伝わったようで、妹がそんなことを言ってきた。たぶん、勉強に飽きて気分転換に僕をからかいに来たのだろう。
「部活の合宿みたいなものだよ」
「文芸部が合宿って、聖地巡礼?」
そんな予定は紅林さんのプランには入ってなかった。文芸部の要素はたぶん何一つとしてなかっただろう。
「合宿って名目で遊びに行くって感じ」
「なら、一緒に旅行に行く友達がいるってことじゃん。いやー、兄さんにも友達がいて、私も安心だよ」
なぜかホッとした表情を浮かべる妹。
「いや、友達がいようがいまいがお前には関係ないだろ」
「一浜に入学したら友達のいない兄さんが私のところに来る、という懸念がなくなりました」
真面目な顔でそんなことを言うが、仮に友達がいなくても妹のところになんて行かない。
「本気でうちを受ける気なのか?」
もう夏だ。そろそろ本格的に志望校を決める時期だろう。
「たぶん。学校見学行ってからちゃんと決めるけど、やっぱり近いし」
血は争えないというかなんというか、この近さがとても魅力的に感じてしまうところは僕と同じらしい。
「なら、高校入ったらちゃんと勉強しろよ。うちのレベルに合わせてると、偏差値が落ちるぞ」
言って思った。これは下に見ているに他ならない。
しかし、事実だ。自分のレベルより低い高校を選ぶのだから、そのレベルに合わせれば偏差値は下がる。
「兄さん、そんなこと考えてあんなに勉強してたんだ。ちょっと嫌な奴かも」
はっきりそう言われてしまった。
「嫌な奴でもなんでも、勉強は大事だからな」
「勉強って大事かな?」
受験生はよく思うよな、そんなに勉強は大切かって。いや、僕自身がそんなことを思った記憶はないけれど。
「世の中に勉強は大事だって思ってる人がそれなりにいる時点で、勉強は大事だ」
「なんかズルい言い方」
妹は不満顔だが、勉強に絶対的な大切さがあるわけではないのだから仕方ない。
「価値なんてのは所詮人が決めるんだよ。過半数が価値があると思えばそれは価値がある」
そもそも、絶対的な価値があるものなんてないのだ。物事はそれを測る物差しで決まる。価値を測る物差しは人間だ。
「本当に過半数が勉強に価値があるって思ってるか微妙だけどね。まぁ、納得しておいてあげる。旅行行くならなんかお土産よろしくね。兄さんと女の子のツーショット写真とか」
「OK、後でお前と写真撮ってやるよ」
「面白くない」
「お前の冗談もな。なんか食べ物買って来るよ」
「うん。よろしく」
そんな会話をしたのだが、夏季合宿(仮)はまだ2週間くらい先だ。
次で2章ラストです。