26話 意味のある勉強会
「この回路のこの部分に電池を追加すると」
「キルヒホッフの法則ですよね。だいぶ回路図が複雑になってきましたが、立式すると……」
紺野さんはスラスラと式を書いていく。昨日の勉強会とは打って変わり、今日の勉強会は文芸部にいる時と遜色がない。
マックにてノートを間に挟んで僕と紺野さんは向かい合っていた。ポテトをつまみながら僕も手を動かす。
「連立方程式を解くだけですが……、面倒だな、これ」
キルヒホッフの法則とオームの法則を使って電流についての連立方程式を立てる。煩雑になった回路図でそれをやった結果、4元で4つの式が立つ始末。計算面倒い……。
「抵抗Bに流れる電流が12Aです」
僕がのろのろと手を動かす間に計算を終えた紺野さんの言葉を受ける。速い。
「なら、抵抗Aの電圧は」
「112Vです。蒼井くん、案外計算は遅いんですね」
控えめに笑った紺野さんにそう言われた。まぁ、早い方ではない。しかし、特別遅いわけでもないと思う。引いて掛けてを数秒でできないのは普通じゃないか?
「紺野さんが速いんですよ」
「私、昔そろばんをやっていたので」
紺野さんもポテトに手を伸ばして少し誇らしげに言った。
「なるほど」
「でも、兄の方がずっと速いです」
誇らしげだった表情はすぐに引っ込んだ。別に兄妹のどちらが計算が速いとかどうでもいい。
「この問題、面倒なだけで難しくはないですね」
あの兄の話を引っ張るのは嫌なので、露骨に話題を変えた。すると紺野さんもノートに目を落とした。
「あっ、はい。案外簡単でした。あの、今回の物理の試験、難しい問題はどんなのが出ると思いますか?」
「物理は読みづらいですから。何でしょう……。計算系なら落ち着いてやれば大丈夫だと思いますが、用語とか記号問題で変なのを出されるかも」
「記号ですか?」
「可変抵抗の電気記号とか」
ホイートストンブリッジ関連の問題で出てくるが、書く機会がないのでパッと思い出しにくい。
「普通の抵抗じゃなくて可変抵抗ですか。何か付くんですよね。えっと……」
「矢印が入ります。電気記号とか、結構蔑ろにしがちなので」
覚えてるか否かの話をもったいぶっても仕方ないのですぐに答えを言ってしまう。紺野さんはノートに記号を書いて小さく頷いた。
「確かに。覚えておきます」
「そんな本質じゃない問題を出すなよって感じもしますが、満点潰しの問題はたぶんノリで作ってますから」
「やっぱり、そんな感じはしますよね」
やりやすい。昨日の勉強会と比べると、本当に話がしやすい。言ったことはすぐに理解してもらえるし、視点もまあまあ近い。
そんな風に2人で勉強を続けて数十分した頃、女子高生か女子中学生の3人組が少しうるさく会話をしながら、通路を挟んで向かい側のテーブルに座った。その声になんとなく聞き覚えがある気がして、僕はチラとその3人を確認した。
そこには、うちの妹が座っていた。
ここは高校から近い。故にうちからも近い。そして中学からもまあまあ近い。妹が放課後に寄っても全く不思議ではない。
「あっ」
妹もこちらに気づいたようでそんな声を上げた。関わりたくないので、僕はノートに向き直る。
「ん? 美月どうかした? あっ、一浜の制服。美月、一浜が志望校だもんね」
妹の友達もこちらを見てきたが、勝手に納得してくれたらしいのでいい。
「う、うん。近いから」
「A判定なんでしょー? いいなー。あたしなんて北高でB判定なのに。私も美月くらい頭良ければなぁ」
「ウチも北高Bだった。Bって受かるんだよね?」
「60%だし、たぶん?」
向かいのテーブル、やかましい。それになんとなく意識が向いてしまう自分にイライラする。
「この辺りの中学生の子たちでしょうか?」
僕がそちらを気にしていることを察してか、紺野さんがそう話を振ってきた。
「はい。制服が僕の通ってた中学のです」
「そういえば、この辺りに住んでるんでしたね」
「はい、まぁ」
「なら、1つ下の後輩ですよね。知ってる人とか」
「僕は学校で後輩と関わりを持ったりしてませんでしたから」
がっつり知っている相手がいるが、言ったことは別に嘘ではない。中学時代は部活はやっていなかったし、委員会でも後輩と関わることはなかった。
「敬語で話してるけど、どういう関係なんだろ?」
そんな詮索をする声が向かいのテーブルから聞こえてきたが無視を決め込む。互いに相手側の話をしていて、それが聞こえているのに関わろうとはしないのが、少し変な状況にも思えた。
「カップルじゃないの? マックで一緒に勉強って結構いいシチュじゃない?」
「えぇー。あたし、彼氏と一緒にいる時まで勉強したくない。ていうか勉強したくない。美月的にはどう? 彼氏と一緒に勉強ってあり?」
「私的にはなしじゃないけど、一方的に教えるとか一方的に教わるのは嫌かなぁ」
「確かに。ウチよりバカなのは嫌だけど、賢すぎるのも嫌かも。てか、自分は賢いって思ってるタイプが1番嫌かも」
「あれ、夏美って彼氏いなかったっけ? 勉強できる系の」
「受験迫ってきてなんかウチにあたってくるようになったから別れましたー。難関校目指してるのはほんとやめた方がいいってわかった。模試の度にテンション超上がったり下がったりしてマジで面倒」
「うわぁ、最低だね、そいつ」
「難関校目指して頑張ってる自分が偉いって思い込んでるんだよね、あれ。ウチの体験談的に、勉強にあんまり必死になってないけどウチよりもバカじゃない人がいいと思う。……美月ピッタリじゃん! ウチと付き合おう!」
「夏美ー」
「美月ー」
向かいのテーブル、本当にうるさい。全然勉強に集中できない。音をシャットアウトするのは得意だったはずなのに、なんか意識が向いてしまう。
「場所、変えますか?」
「そうですね」
紺野さんの提案に僕はすぐに頷いた。今の席からは少し離れたところに空いている場所を見つけて、そこに移動して勉強を再開した。
ちょっとしたアクシデントはあったものの、昨日と比べてずっと意味のある勉強会だった。