23話 理想的な友情、あるべき友人の在り方
月曜日にはすっかり風邪は治っていて、僕は問題なく登校した。すでに声もいつも通り。かなり軽い風邪だった。
「おはよ。蒼井くん、風邪? それともインフル対策?」
一応マスクをして登校きた僕を見た佐伯さんがそう尋ねてきた。教室に入っても誰とも言葉を交わさないというのが、最近はなくなってきたな。
「風邪の治りかけです。もう症状はないんですけど」
「風邪、ちょっと流行ってるみたいだね。移さないでよ?」
割と本気めのトーンで言われた。すでに治っていて、さらに安全策をとってマスクをしているにもかかわらず警戒されるのか。
「一応マスクはしてきていますが、絶対とは言えませんし、あまり僕に近づかない方がいいですよ」
まぁ、症状はなくなったとはいえ、もう感染力がないかはわからないし、絶対に移さないなんて断言はできるはずもない。
「そっか。お大事にー」
佐伯さんはそう告げてすぐに離れていった。僕はいつものように参考書を開く。普段していないマスクが邪魔くさいが外すわけにもいかない。マスクって耳が痛くなるから嫌いなんだよな……。
耳にかかるマスクを触りながらそんなことを思っていると、ポケットの中でスマホが震えた。
『紺野: 明日の勉強会ですが、体調が優れないようでしたら中止にしますか?』
紺野さんの机の方に目をやる。すると、紺野さんもこちらを窺っていたがすぐに目を逸らした。おそらく佐伯さんとの会話が聞こえたのだろう。別に直接訊けばいいのに。そう思いつつも、相手がLINEで訊いているのでLINEで答えることにする。
『蒼井陸斗: 体調はすでに回復しています。しかし、移すという可能性はなくもないので、やめた方が安全かもしれません』
これで中止になったら、結局勉強会は一度も参加せずか。担任に嫌味を言われる可能性くらいは考えておこう。
『紺野: 症状がもうないなら大丈夫だと思うので、お願いしたいです。いいですか?』
『蒼井陸斗: わかりました』
そういえば、担任からは佐伯さんを名指しされていた気もする。だと、結局 担任からの嫌味は覚悟しないとか。
「はぁ」
僕はなんとなくため息をついていた。担任は基本的にはいい先生だとは思うけれど、少し面倒くさい人だとも思わなくもない。
『紺野: やっぱり迷惑でしたか?』
……なんだ、いきなり? 目を再び紺野さんに向けると、紺野さんは明らかにこちらを見ていた。
あれか、LINEの内容にため息をついたように見えた感じか。
『蒼井陸斗: 別に迷惑ではありませんよ』
『紺野: 迷惑だったら本当に大丈夫ですから、はい』
『蒼井陸斗: いや、迷惑ではないですから』
正直、このやりとりは面倒だけど。そもそも、すぐ近くにいるのにLINEでやりとりしていること自体、少し面倒くさくはある。
『紺野: わかりました。すみません』
そこで紺野さんとのLINEは途切れ、僕はいつも通りの朝の時間を取り戻した。HRまで参考書を読んで時間潰し。繰り返し読んでいるので、面白くないし驚きもない。ただの知識の確認作業。
しばらくそんな作業をしていると担任が教室に現れ、HRが始まった。
試験まで2週間を切ったからしっかり勉強しろとかそんな話を聞き流す。特に僕にとって意味のある話でもないなどと思っていた時。
「ちなみに、道徳の試験では今回はクラスメイトとの関わりに関係する問題が出題されますから、皆さん、友達で集まって試験勉強などすると、ついでに道徳の試験も答えやすくなるかもしれませんよ」
担任ははっきりとそう言った。問題予告。いや、僕個人に情報を流したのではフェアじゃないから、全体にアナウンスしたのか? とにかく、担任は全員に対して試験の問題内容を大まかにではあるが明かした。
クラスメイトはあまり反応をしている様子はないが、この情報がオフィシャルに宣言されたのは大きい。試験問題に関する情報が小さいわけがない。これで、もしかしたら担任は信用できないのではと疑う必要がなくなった。
こうなると、やはりクラスメイトとのエピソードをいくつか用意しておいた方がより安心できる。仮に土日に勉強会が実施されるなら参加しよう。断固生徒会のに参加する気はないけれど。
HRが終わり、続いて1限の道徳。テーマは先週に引き続き『友情』。十中八九、試験の記述問題のテーマもこれだ。
理想的な友情、あるべき友人の在り方とはなんだ? 記述問題はおそらくケーススタディ。この前 先輩が提示したような、友情の形の問われる状況においての判断を訊く問題になるはず。
友人が不善をなした場合。先輩の言った予想問題はこれだった。このタイプの可能性は確かに濃厚。この場合、友情を断つという答えはNG。友情を保ちつつ不善を正す方法の作文が重要。
友人と仲違いした場合。友人が犯罪を犯すなんてのよりはずっと現実にありえるケース。この場合、お互いを理解・尊重し合う方策を提示するってことになるか。
友人から頼み事をされた場合。解答として、自分をある程度犠牲にしてまで友人を手助けするみたいなことを書くことになる1番気持ち悪いタイプ。
『クラスメイトとの関わり』、『友情』の2つのキーワードだけでは問題は絞り込めないな。先輩からの耳寄りな情報は完全に信用していいかは微妙だし。
結局は当日試験問題を見てからの作文。今できることは材料を揃えて作文を楽にすること。
中間の時は道徳で大失敗した。失敗の原因は、求められているものを読み誤ったこと。今回は絶対に同じ失敗をしてはならない。
何より、先輩との最後の勝負になるのだから。1回くらい、あの人に勝ちたい。
僕は決意をし直して授業に望んだ。道徳の授業はやはり空々しく、バカらしく感じる。それでも、試験で点を取るために、僕は担任の発する一言一句に思考を向け、何をどのように教えようとしているのかを考えた。
そんな自分をメタ的に捉えて、絶対に道徳的ではないと嗤う自分が心の中にはいるのだった。