20話 フラグ
フラグというものは微妙な形で実現すると知ったのは、金曜日のことだった。
「大くん、風邪だって」
部活に行くと大白先輩と紅林さんの姿がなかった。
「先輩が変なフラグ立てるから……」
「まだテストまでは2週間はあるし、この時期に風邪ひいておけば、テストの時には治ってる! あーんしんっ!」
こちらは別に本気で先輩のフラグのせいだとは思っていなかったのだが、先輩は結構必死な様子で無理のある弁明をしてきた。
「そうですか。罹らないに越したことはないですけどね」
「大くんの体調管理が甘いんだよ! わたしのせいじゃないっ!!」
「わかってますよ。大白先輩は風邪だとして、紅林さんはどうしたんですか?」
「お母さんが風邪なんだって」
「先輩が変なフラグを立てるから……」
「わたしのせいじゃないもん!」
「これでうちの妹が風邪ひいたら、先輩のこと恨みますよ」
「絶対わたしのせいじゃないから! フラグなんて現実世界にあってたまるかーっ!!」
さて、先輩を揶揄うのはこれくらいにしておこう。
「まぁ、フラグがあるかどうかはさておき、風邪流行ってるんですね」
「最近一気に寒くなって、もうほぼ冬って感じだしねー。蒼井くんは絶対の絶対に風邪なんてひいちゃダメだよ。絶対だよ」
「なんで反省しないんですか……」
それに対して笑って返す先輩。実際に風邪をひいたら笑い事ではないのだけど……。
「もしかしたらわたしの言葉には魔力があるのかも!」
「中二病ですね」
「むぅ」
ふくれっ面でこちらを睨んでから、先輩はバッグから飴を取り出して口に入れた。
「飴、食べる?」
口の中で飴をコロコロと動かしながら先輩が問う。いつもならバリバリと噛み砕くのに。
「いただけるなら」
僕はそう言って手を出したのだが、
「あげないよー」
先輩は飴の袋をバッグにしまって笑った。
「子どもですか……」
「子どもじゃないしっ! 蒼井くんよりも2つも歳上!」
「はいはい」
軽くため息をついて、勉強をしようとバッグからノートを取り出す。
「仕方ないなぁ。ご立腹な蒼くんに、わたしが飴ちゃんと耳寄りな情報をあげよー」
「いや、別にそんなに飴が欲しかったわけでもないんですけど」
そう言いつつも飴は受け取る。レモン味ののど飴。パソコン室は飲食禁止なのでポケットへとしまう。
「それで、耳寄りな情報というのは?」
「うん。なんかさ、1年生の中に万引きで捕まって停学になったおバカさんがいるらしいんだけどさ」
「あぁ、それならうちのクラスにいますよ」
「あっ、そうなの? それで、それを先生たちは案外重く見てるらしくて、次の道徳のテストで、1年生にはそれに関係する問題が出されるらしいよ」
「万引きにですか?」
それはどうにも、僕の持っている情報と異なる。
「蒼くん、前にクラスメイトとの関わりについての問題が出るって言ってたでしょ? そこでわたしの考えた予想問題。
クラスメイトで友人のAくんが万引きをしたとあなたに告白してきました。あなた以外にはその事実を話していないと言います。あなたならどうしますか、理由もつけて答えなさい」
「……『そうか、そうか、つまり君はそういうやつなんだな』と言って縁を切る」
「模範少年的な答えだけど、模範的な答えじゃないねー」
模範解答のつもりは毛頭ない。まぁ、実際にそんな問題が出てもおかしくはないか。
「模範的な答えはともかく、先輩的な答えはなんですか?」
「えぇー。さっきのやつの後だからなー。うーん。……『自信モテ生キヨ。生キトシ生クルモノ スベテ コレ 罪ノ子ナレバ』って言って励ます」
「無理やり絞り出した感がありますね。太宰でしたっけ?」
「たぶん。だって、いきなり振られても思いつかないよぉ」
「別にボケろなんて言ってないんでけど……」
「真面目に答えるなら、わたしも縁を切るかなぁ。そもそも、そんな人とは友達にならないって話なんだけど」
「先輩の友達なら万引きなんてしないってことですか?」
「ううん。わたしの友達なら、わたしにそんな相談はしない」
僕は軽く笑っていた。
「道理ですね。先輩にそんなことを相談するなんて、先輩を知っている人からしたらあり得ません」
「その言い方はなんかカチンと来る! 別に、蒼くんが万引きしたらわたしに罪の告白をしてくれてもいいんだよ?」
「そしたら先輩はどうするんですか?」
「お前は偽物だなって顔を引っ張る」
「……なんか本当にしそうですね」
「まっ、いくら蒼くんでもそんな告白してきたら失望して縁切りだと思うよ、たぶん」
「まぁ、そうなりますよね」
「でも、それは模範的な友情じゃないんだろうねー」
「試験用に作るなら、どうしましょうか」
僕はそう言ってスマホを取り出し、道徳の指導要領のPDFを開いた。それからは、先輩とああだこうだと雑談をしながら、試験用の答案を作る作業に終始した。