5話 クラスメイト
結局、勉強会には1度も出なかった。
今更クラスメイトと一緒に和気藹々とお勉強というのは、まぁ、端的に言って無理だ。
僕はいてもいなくてもいい奴になりたくはあるが、現状はたぶん、いない方がいい奴だろうから。
試験も残すところ1科目。道徳。どうも、道徳を最後にするというのは決まっているらしい。
試験開始とともに問題に目を通す。初めは変わってない。誰でもわかる選択問題。
さっさと腕の運動を終わらせる。
そして、以前記述問題だった部分は、
ケーススタディーか。
ケーススタディー。具体的な状況が書いてあり、あなたならどうするかを訊く問題。
確かに、学習指導要領に具体的な状況の解説なんかは載っていない。
しかし、なんと言うか、安直だ。
結局、学習指導要領に載っていることを定理と見立てた応用問題に過ぎない。状況から、どの定理が使えるかを吟味していけばいいだけだ。
幸いにして、現代文の読解問題は得意だ。
これも結局は道徳の問題ではない。現代文の読解力に、学習指導要領に関する暗記力と、その応用力、言ってしまえば、詭弁を弄する能力を試しているに過ぎない。
これでは、中間試験の時と解答方法はほとんど変わらない。
考える余地はできたが、それは道徳について考えるのではない。言葉の使い方を、文章の繋げ方を、説得力の持たせ方を、考えるのだ。
思ってもいない詭弁をただ書き連ねる。これでいいはず。これで点は取れるはずだ。
果たして、僕が道徳の試験の答案に、本心を書く時は訪れるのだろうか?
*
試験は終わった。返されるのは例によって月曜日のLHR。
試験が終わったという達成感と、少しの燃え尽き感を味わいつつ、帰るかと伸びをした時だった。
「あーおくーん」
1年2組の教室に、なんかヤバい人が現れたのは。
僕が部長と話しているところはクラスメイトにも何度も目撃されているわけで、彼らの視線はすぐに僕に向いた。
嫌だなぁ。他人のふりしたいなぁ。
「はぁ。なんですか?」
「初っ端ため息? テストダメだったの?」
その質問はそんな嬉しそうな顔でするべきものではない。
「割とできてるかと」
英語で凡ミスはしたけど。
「そっかー、よかったね」
その感想はそんな悲しそうな顔で言うものではない。
「蒼くん、この後、お昼どう?」
なんか前にもあったな。
「紅林さんを含めて3人でですか?」
「ざんねーん。今回は大くんも誘ってあるから4人だね。両手に花はお預けだよ」
文芸部全員か。それは悪くないな。
「なら、行きます」
「おー! 妹ちゃんに勝った!」
今日も家には誰もいない。まぁ、平日の昼間なんてそりゃいない。
「じゃあ、一旦パソコン室前ね」
部長はそう告げると去っていった。
わざわざ2階下がって2階上がるパソコン室まで行くのか。ちょっと面倒だな。
荷物を持った僕は、昇降口集合でいいのにという不満を持ちながらも、パソコン室へと向かった。
*
1食299円という安価なレストランで、僕たち文芸部は食事をとっていた。ちなみに、全員が299円の品を注文した。
「具体的な計画はビリの人が立てるとして、夏休み、みんなはどこ行きたい?」
話題は夏季合宿(仮)だ。
「あっ、海は却下ね。わたし泳げないから」
「じゃあ、山っすか?」
「楽に登れるならありかなぁ。登山は無理だよ。わたしの体力のなさを舐めるなー」
これ、もう部長が計画立てないと即却下されるのでは、とは思っても言わない。
「何泊を想定してるんでしょうか?」
「うーん。2泊くらいかな。みんなは?」
「それくらいじゃないっすか」
「まぁ、2泊ですかね」
「わかりました。えっと、乗り物酔いとかする人はいますか?」
紅林さん、結構ちゃんと考えてくれるみたいだ。
「はーい! バスとか車の長時間の移動は辛いでーす」
担任の言う通り、部長、欠点多い。
「あ、なるほど。体力を使わなくて、長時間の移動がない、ですか……」
その条件、厳しくないですかね。もう、誰かの家で2泊3日でゲーム三昧とか、そんなのになっちゃいますよ……。
「電車なら大丈夫! たぶん」
「普通に観光地行きますか? どこか有名なところを廻って、夜は旅館とかでゆっくり、……高そうですね」
全員299円のお昼を食べている集団が行くには、確かに高そうだ。
「全員で考えても指針すら立たないのに、これ、ビリの人が1人で計画立てるんすか?」
「いやぁ、方針さえ決まれば、細かいところは1人でできるよ、たぶん。ほら、宿の予約とか、そういうの」
「最初に確認するべきでしたけど、予算はいくらでしょうか?」
確かに、それを最初に確認するべきか。
「うーん。交通費と宿泊費で3万円以下」
「俺もそんな感じっすね」
「3万円は厳しです。2万円くらいに……」
「私も、3万円はちょっと……。なので、予算は交通費と宿泊費で2万円以下ということにしましょう。すみません」
紅林さんが謝るのであれば、僕も謝るべきか。
「すみません」
「いーよいーよ、安いに越したことはないもんね」
「俺も3万はちょっと見栄張ってた。すまん」
「小説とかだと、誰かの親戚っていうのが定番なんだけどねー。誰か、民宿とか旅館をやってる親戚いないの?」
「いないっすよ」
「いません」
「いないです」
まぁ、普通はそんな親戚はいない。
「そっかぁ。普通そうだよねー。無人島に別荘持ってる友達なんていないしなー」
そりゃいないだろ。さっきの親戚よりもずっとレアだ。
「民宿で1泊、1人あたり5千円はしないくらいみたいです。安いところを選べばもう少し安くもできそうではあります」
スマホで調べながら、紅林さんはそう言う。
「2泊で1万円? だと、交通費1万円以下っていうのはすごくハードル低い気がする」
2泊3日だと、2万円で結構どうにかなるのか。旅行とか行かないので、知らなかった。
「それなりに近場なら、大丈夫そうですね。関東圏で、行きたい観光地とかありますか?」
「鎌倉とか? ごめん、超テキトーに言った!」
「いいんじゃないっすか鎌倉。俺、行ったことないし」
「かなり近い気もしますが、まぁ、その方が予算的に優しいですし、いいと思います」
「では、鎌倉ということでいいですね。あとは、ビリの人が詰めるということで」
なんかトントン拍子に決まった。もう、紅林さんが全部やってくれればいいのに、有能なんだから、と思わなくもないが、それはズルいというものだろう。
「紅ちゃん、旅行とか好きなの?」
「私というよりは両親が」
うちは家族で旅行なんて行ったことあっただろうか? 祖父母宅以外にはない気がする。
「へぇ。俺、家族で旅行とか親の実家しかないな」
大白先輩の家はうちと似たような感じか。
「うちもそうです」
「うちは、わたしが行くの拒否するからなー」
家族で旅行をするのは紅林さんのところだけだった。部長のところは、拒否されるご両親が少し不憫だ。
「楽しい旅行になるといいですね」
「楽しい旅行にするんだよっ! だから、ビリの人は本気でコース考えてね」
「誰になるでしょうね」
「いやー、たぶん俺なんだよなぁ。くそっ、なんであんなミスしたかなぁ……」
大白先輩は自信なさげだが、さて、どうなることやら。部長がビリになるのが1番面白いのに、まぁ、ないだろうけれど。
*
当たり前だが、試験の結果はもったいぶることもなく返された。
蒼井 陸斗 1年2組 1番
科目 得点 クラス順位 学年順位
英語I 93点 1位 3位
国語総合 96点 1位 2位
数学I 100点 1位 1位
数学A 100点 1位 1位
物理基礎 100点 1位 1位
生物基礎 100点 1位 1位
世界史B 100点 1位 1位
保健 90点 1位 4位
家庭科 91点 2位 3位
情報 100点 1位 1位
道徳 96点 1位 2位
中間よりいいのか悪いのかよくわからない。消しゴムは6個。とりあえず半分は取れた。ただ、100点取らないと1位取れないのか。英語はミスった気もしてたけど。
そして、気になるのが、家庭科のクラス2位。まぁ、家庭科だしと思わないこともないが、下に見ているとまで言われたクラスメイトに負けるとか……。
返却の様子を見ていると、黒崎さんが担任から消しゴムを受け取っていた。僕にはビニール袋に入れてぞんざいに「はい」って感じだったのに、黒崎さんには「頑張りましたね」と労いつつ丁寧に渡していた。
副教科の詰めが甘かったな。黒崎さんに負けたのが結構悔しい。他にも、3位ってのはなぁ……。
うーむ、いい出来なのはいい出来だ。6科目で満点を取っていて不出来だったなんてふてくされることはしない。が、悔しい。
僕は、紅林さんに負けることは許容していたのだろう。しかし、それ以外に負けるのは、許容できてなかったんだろうなぁ。結果、負けまくってるけど。
下に見ている、か。実際、下に見ていたのか。対等に見てなかったから、こうも悔しいのかもしれない。
中間試験の結果で傲慢になっていたのだろう。
今更だが、勉強会、1回くらいは出るべきだったか。いや、そんなことないか。
後悔すべきは、副教科の詰めが甘かったこと。あとは英語か。そして、無意識にも鼻を高くしていたこと。
反省すべし。反省、反省。
*
「顔色が悪いですね。 学年トップの秀才くん」
放課後、勉強会はもうないはずなのに担任が話しかけてきた。嫌味まで言って。無表情なら何言っても許されると思ってないか?
「はぁ。なんですか?」
「黒崎さんに負けたのは悔しいですか?」
煽ってるのか? 担任の顔はいつもの通り。ただの無表情。もうその無表情が嫌なんだが。煽るなら普通に煽れよ。
「まぁ、家庭科ですからね」
「そうやって言い訳するんですか?」
「煽ってますか?」
言ってしまった……。
「いいえ。蒼井くんが、クラスメイトの存在を意識するきっかけになってくれればと思いまして、追い討ちをかけにきました」
追い討ちをかけにきたって言ってるし。煽ってないのか、それ?
「追い討ちって、悪い結果ではないでしょう?」
「ええ、学年トップですね」
紅林さんには勝てたらしい。
「なら、追い討ちという言い方は」
「でも、悔しいのでしょう?」
そんなに顔に出てるのか、僕は。単純なんだな、僕は。まだまだ子供ってことか。
「前に、クラスメイトを下に見ていると言いましたが、あれは撤回します。蒼井くんは、クラスメイトを下に見ていたのではなくて、いないもの、いわゆる空気として扱っていたのでしょう。見てもいなかった」
なっ。
「そんな風に思っていた相手に、家庭科であっても負けたんですから、悔しいのは当たり前です」
「先生、やっぱり酷い言い方しますね。クラスメイト全員空気とか」
「実際に蒼井くんはそういう態度をとってましたから。クラスメイト全員を無視しているわけですから、傍から見れば蒼井くんが無視されているようにも映ります。でも、そうではないですね。蒼井くん、君が何と言おうが、君は真白さんに似てますよ」
心外だ。僕はあそこまで子供ではない。
「もう少し認識を改めた方がいいです。できれば、真白さんや紅林さんにもそうしてほしいですね」
「文芸部、問題児ばかりですね」
「それが優等生なのがまた厄介です。大白くんは問題児ではありませんけれど」
「顔が怖いぶん、コミュ力が常人より必要だったんでしょうね」
「蒼井くん、それは失言ですよ」
冗談を言っても、担任は終始無表情だった。
「今日も部活ですか?」
「はい」
「では、さようなら」
「はい。失礼します」
やはり教師は激務だ。だが、別に生徒を煽るなんて業務はこなさなくてもいいと思う。
唐突に出てきた鎌倉ですが、自分が行く機会あったので鎌倉になりました。旅行記は実際に行ってみないと自分には書けません。