16話 自学自習をしていない人間との勉強は御免
放課後になり部活に向かうと、パソコン室前に会いたくない人物がいた。
「やぁ、蒼井後輩」
無視して大丈夫だろうか? うん、無視しよう。
完全にスルーして前を通り過ぎようとするも、肩を掴まれた。
「いい加減、君がそういう対応をするのはわかってきたよ。今回はボク個人ではなく、生徒会としての話なんだ」
「どっちにしてもお断りです」
「話も聞かずに」
「話なら大体佐伯さんから聞きました。その上で、お断りします」
手を振り払い、パソコン室へと入ろうとすると。
「蒼井、私からも頼む。話を聞いてくれ」
後ろから、いつも通りに白衣を着た顧問が現れた。
「なんで先生が」
「私は生徒会の担当だ。正直、紺野がこんなに仕事を持ってくるとは思ってなかった。これなら、お前たちに生徒会をやらせた方がまだマシだったかもしれん」
「大変ですね。では、僕はこれで」
「あぁ、奇遇だな。私たちもその部屋に用がある」
顧問が噛んでくるとやりづらい……。追い返すというのも、うちの部の顧問である以上正当ではないし。
「先生はともかく、こっちの人は出禁なので」
そう言って、僕はパソコン室へと入った。顧問はそれについてきて、残念なことに生徒会長もそれに続いてきた。
「む! 部外者は入室禁止だよ!」
生徒会長が入った瞬間、中にいた先輩が立ち上がり、ビシッと指をさして言った。とても失礼な物言いだが、あれが相手なら別にいいだろう。
「お前たち4人に頼みたいことがある」
顧問は先輩の言動なんて全く気にしない様子で話を切り出した。まぁ、先輩の扱いとしてはたぶん正しい。
「今度、試験前に生徒会主催の勉強会を行うことになったんだが」
「参加ならしないよー」
取りつく島もない。先輩は話を聞く様子もない。
「よし、わかった。真白は不参加な。じゃ、大白、蒼井、紅林の3人は頼む」
「なに、ナチュラルにわたしを仲間外れにしてるのっ!?」
「そりゃ、真白は参加しないって言うからだろう?」
顧問は慣れた様子で先輩をあしらい、先輩はムキーと怒る。なんだ、この漫才……。
「僕も不参加でお願いします」
「あの、私もそういうのはちょっと……」
「俺はどっちでもいいっすけど」
文芸部の中で参加してもいいと言ったのは大白先輩のみ。まぁ、概ね予想通りか。
「だそうだ、紺野。よかったな。1番まともなのが1人確保できたぞ」
顧問としては僕たちを無理に参加させる気はないらしい。
「生徒会で2年生の人員は足りてるので、3年生と1年生を確保したいんですけれど」
生徒会長は、これで終わりだろと言いたげな顧問に反論する。
「真白先輩、蒼井後輩、紅林後輩、ダメでしょうか? あなたたちの知性を貸していただきたいんです」
「はぁ。あのさ、そもそも、生徒会主催の勉強会なんて今までやってないわけでしょ? それをやりたいっていうのは別にいいよ。やりたいことやろー、賛成。でも、それに人を無理に巻き込むのはさ、ねー?」
先輩を使おうなんて無理な話だ。この人は制御できない。
「真白なら面白そうと言ってくるかもと思ったんだがなぁ」
ため息混じりの顧問の言葉に、先輩は耳ざとく反応して口を開いた。
「参加者がうちの部員みたいな人たちばっかりなら、うん、面白そう。でも、試験前に教科書持ってきてここがわからないとか言い出す人とかはちょっとかなぁ。それだと、まず問題がつまんないし。生徒会主催の勉強会っていうくらいなんだし、全生徒対象で、結局下位層に合わせることになるんでしょ? 絶対つまんない」
「お前、その言い方、嫌われるぞ?」
「わたしを嫌いな人は、わたしもその人嫌いだからいいや」
「はぁ。まったく……。まっ、勉強会の場にお前がいても雰囲気悪くなるだけな気はするか。紺野、とりあえずは大白1人だけでいいんじゃないか? 1年生はお前の妹と佐伯、あとは2年の役員の誰かをサポートに回す。3年の方は受験直前なんだし、定期試験のための勉強会って雰囲気でもないだろう」
「いや、でもですね、文芸部さんは今みたいに4人で勉強会をしてとても優秀な成績を取っているわけで、これを全校規模にしたいというのが、この企画のそもそもの起こりですから、文芸部さんにはぜひ参加してほしいんですよ」
いや、そんなの僕たちからしてみれば知ったことではないのだが……。
「こいつらのやり方を全校生徒にってのは無理があるだろ。そんなことができるなら、教師なんていらなくなる。一応言っておくと、紺野、お前が思っている以上にうちの生徒たちは勉強はできない。教師が懇切丁寧に教えないとわからない者たちもたくさんいるんだ。そんな奴らの中にこいつらを放り込んでも、話が噛み合わなくて両者イライラするだけになる」
教師たる顧問は、その辺のギャップについてはわかっているわけだ。
「……わかりました。とりあえず、大白同輩にだけ頼むことにしましょう」
苦虫を噛み潰したような表情とは、こんな顔を言うのだろう。生徒会長はそれはもう残念そうだった。そこがもうなんとなく嫌いだ。
「あぁ、そうだ蒼井後輩」
「……なんですか?」
「佐伯書記の学力向上、頼むよ。彼女はなんといっても、生徒会唯一の1年生だから」
「学力向上なんて、本人の努力しだいなんで。まぁ、佐伯さんは大丈夫だと思いますよ。頑張ってるみたいですから」
言外に、僕には関係ないと返した。
「そうかい。あと、妹のこともよろしく」
「はい?」
なんだ、よろしくって?
「仲良くしてやってくれ程度の意味だよ。ボクは随分嫌われてしまったみたいだけど、妹は関係ないだろう?」
「まぁ、はい。わかりましたから、もうお帰りください」
「はは、容赦ないね、君は。真白先輩、また来ます。では」
「もう来なくていいよー」
先輩が雑に返した言葉を受けて、生徒会長は去っていった。顧問もそれに続いて、やっといつも通りの文芸部へと戻った。
「あの会長、面倒くさい。なんでうちに雑用持ってくるの?」
「あの人は仕事をするのが好きらしいので、他者に仕事を振るのも、これ楽しいから一緒にやろうよって感じに考えてるのかもしれません」
「ふーん。自分が面白いって思うものを勧めるのはいいけどさ。もう、わたしには関わらないでほしいなー。わたしは雑用って大っ嫌いだし」
生徒会長はなんとか先輩に関わろうとして、その度に先輩から嫌われていた。人間性が合わな過ぎるのだ。
「それに、勉強はさ、自分1人でやる時間が十分にあるから、会でみんなで勉強するのに意味が生まれるんだよ。会のメンバーは厳選しないと、無駄な時間になっちゃうよ」
先輩は自学自習をしていない人間と勉強というのは御免らしい。まぁ、わからないでもないか。
「さて、愚痴も言ったし、勉強しよっか」
「はい、そうですね」
生徒会の勉強会なんてものは忘れて、僕たちはいつも通りに勉強を始めた。この4人だからこそ、この場がこれほど居心地がいい。文芸部という居場所は、僕にとってやはり特別なのだ。