15話 時間の無駄使い
「蒼井くん」
昼休み、昼食を食べ終わったくらいのタイミングで佐伯さんから声をかけられた。
「なんですか?」
何かしらの質問だろう。そう思っていたが。
「会長が会いたいって」
発された言葉は、質問なんかよりも数段面倒そうな案件だった。
「丁重にお断りします」
「なんで!?」
「文芸部は生徒会長と関わるの禁止なので」
「なに、その意味不明なピンポイントルール!?」
意味不明であっても、別に嘘は言っていない。
「生徒会長にはお断りしますとだけ伝えてください」
「いや、せめて話くらい聞いてよ!」
「あんまり聞きたくないと言いますか……。そもそも、生徒会長が会いたいとか、何かしら面倒なことになるのは明白じゃないですか。嫌ですよ」
「面倒事かもだけど、私を助けると思って。お願い!」
佐伯さんは両手を合わせて頼んできた。会長に会うことがどう佐伯さんを助けるのかは知らないが、僕はそう言われて引き受けるほど人間ができていない。
「僕は自分を犠牲にしてまで佐伯さんを助けたりしません」
「ひどっ!? 友達でしょ?」
「友達だろうとなかろうと、自分の方が優先度は高いですし」
「蒼井くんってそういうとこ、ものすごく素直だよね!?」
「繕っても仕方ないですから」
「とにかく、生徒会に協力してくれない?」
とにかくって、僕ははっきりと断っているのだが……。
「佐伯さん個人にならともかく、生徒会長や生徒会に協力する気はありませんよ」
友人に助力するのと、友人の属する組織に助力するのでは色々と違う。そんな理由を捏ねつつ、実際は生徒会長が苦手なだけなのだろうけど。
「なら、私個人のお願い! 生徒会に協力して?」
「あの、日本語通じてます?」
「今、私のことものすごくバカにしたでしょ! お詫びに生徒会に協力しなさい!」
「もう、理由なんてなんでもいいんですね……」
とにかく、生徒会に協力しろと。
「蒼井くんが協力してくれないと、私がみんなに勉強を教えるとか意味不明な状況になっちゃうから!」
「……はい?」
聞かずに断るつもりだったのに、結局、協力内容を聞く流れになってしまった。
「生徒会主催で勉強会をするって言ったでしょ?」
「あれ、冗談じゃなかったんですか」
まぁ、あの生徒会長ならやると言いそうではある。
「そこで、生徒会主催なんだから先生の手は借りないってことになって、だから、教える役は生徒会役員がって流れになっちゃって」
「なるほど」
頷きつつも、別に先生の手は借りてもいいだろとは思う。
「1年生は私しかいないから、1年生担当は私ってことになっちゃって、でも、私が教えるとか絶対無理!! わかるでしょ?」
「……まぁ、頑張ればなんとかなりますよ」
だから代わりを僕にやれと? そんな面倒事を引き受けるわけがない。
「お願い! もちろん、蒼井くんだけに押し付けるって話じゃないの。会長とも相談して、紅林さん? とか、あの蒼井くんの先輩さんとかに頼んだらって」
結局あの生徒会長の差し金か。なんとしても先輩を引っ張り出そうと。
「文芸部は生徒会には関わりませんよ」
「なんで!?」
「一度引き受ければ、いい下請けとして扱われそうですから。あの生徒会長がワーカホリックで無尽蔵に仕事を生み出し続けることは知ってます」
そう返すと、佐伯さんの顔は目に見えて引きつった。
「無尽蔵は、さすがに言い過ぎじゃない、かな? たぶん?」
「生徒会、大変だとは思いますが、陰ながら応援してます」
「表立って応援して!!」
「それはやめておきます」
「今からでも生徒会に入るとか! 人手不足だし」
「ありえません。人手不足は会長のせいです。人手が増えてもその分の仕事を会長が作るので、人手不足はどうやっても解消しません」
「……蒼井くん、会長嫌いすぎない?」
嫌いというか、苦手というか、なんとなくダメなのだ。
「まぁ、はい」
「否定しないんだぁ……。蒼井くんならしないか。会長、みんなのために一生懸命働くいい人だよ?」
「なら、僕はみんなのために働くなんて御免の悪い人なんで、やっぱり合いませんね」
「蒼井くんってそういう方向の自虐よくするよね。正直、ちょっとしつこいかも?」
リアルな否定をこんな話の流れでしないでほしい……。
「佐伯さんの勉強できない発言も似たようなものですよ」
「私はマジで勉強できないし!」
「僕がみんなのためなんて理由で動かないのも本当ですから」
「それは……確かに」
「話が脱線しましたが、生徒会には関わりません。他をあたってください」
「えぇー……」
これ見よがしに不満げな顔だが、先輩と違って演技なのか本気なのか判断しかねる。
「そんな顔されましても、この結論は覆りません」
「他って誰をあたればいいの?」
「知りませんよ。いないなら勉強会自体を中止したらどうですか? 試験勉強なんて集団でやるメリットはそんなにないですよ」
やる気に満ちた集団ならともかく、そうでもない人間の集まりでは、雑談なんかに興じてしまってむしろ効率は下がる。
「それ、1人で勉強できる人の理屈。みんなとじゃないと勉強できない人なんてたくさんいるんだからね。蒼井くんはもっと常識を知るべき」
「常識って、100%客観なんてありえません。佐伯さんの思う常識は佐伯さんの主観の上での常識であって」
「そういう屁理屈はいいから!」
「屁理屈だと言って相手の主張を根拠なく否定するのはどうかと」
「蒼井くん、理屈っぽいの、モテないよ?」
「論点のすり替えも甚だ……いえ、もういいですよ」
話が通じないとか、汲み取る気がないとか、そうこの問答から感じるのは間違っているだろうか? いや、ない。たぶん。
「蒼井くん、もうちょっと柔らかい言葉で話した方が友達増えるよ?」
「話が通じない相手と友達になっても……」
「うわぁ、拗らせてるね……」
これ、僕の方がおかしいのか? いや、佐伯さんの主観からすれば僕がおかしいんだろうけど。……というより、本題から外れ過ぎだ。
「あの、結論は述べたんで、もういいですか?」
「よくないよくない!! 私が教えるなんていう地獄絵図を想像してよ!」
えぇ、この無駄な問答まだ続くのか……。結論は変わらないって……。
「生徒会の勉強会がどうなろうが僕の知ったことじゃないってさっきから言ってるじゃないですか」
「いやいや、ここで嫌々ながらも引き受けるって方がモテると思うよ」
「僕はそういう判断基準で生きてませんから。僕は他者からの評価を大して気にしてません」
「んー。じゃあ、なんて言えばやってくれるの?」
「やらないって言っているじゃないですか……。はぁ……」
結局、残りの昼休みの時間はこの意味のない問答に費やされた。完全に時間の無駄使い。昼休みの終わりのチャイムを聞き、僕はそれはもう盛大にため息をついた。
はぁ。