13話 受験生
勉強会については保留のままに数日が経ち、週末を迎えた。期末試験まであと約3週間。
佐伯さんは勉強をするという意思はしっかりしているようで、僕や百瀬くん、紺野さんに対して度々質問をしていた。しかし、既習範囲に穴が多く、あまり順調とは言い難い感じだ。
まぁ、それでも3週間で平均点なら取れるようになるとは思う。それくらいは大丈夫だと思わせるくらいには佐伯さんは勉強するようになった。理由があると、あの人は苦手なことでも頑張れるらしい。
土曜日である今日も自分で勉強しているようで、グループトークには質問が投げかけられていた。
『A.Saeki: 数Aの教科書の章末問題の1〜3の答え教えて』
『NAKO: 章末問題なら教科書の最後に答え載ってるよー』
『A.Saeki: それ読んでも何言ってるかわからないから、もっと丁寧な解説ください』
『A.Saeki: お願いしますm(_ _)m』
『NAKO: わかってると思うけど私には無理だよ』
基本問題すら解けなかった佐伯さんが章末問題に手を出している時点で成長を感じる。解説読んでもわからないのだから、本当に手を出しているだけだけど……。まぁ、章末問題レベルの問題が解ければ、うちの高校では平均点はたぶん余裕で取れるだろうし、今これが解けなくても問題はない。
解説を全部打ち込むなんて面倒くさすぎるので、ノートに書いて写真を送ることにした。問題自体はすでに何度か解いているのですぐに解ける。それでも、行間がないように解説をつけるとそれなりの時間がかかった。
『蒼井陸斗: とりあえず解いたものの写真を送ります。不明なところがあれば質問してください』
そして写真を送信。既読はすぐについた。
『A.Saeki: ありがとー!! これ解ければもう80点くらいいける?』
『蒼井陸斗: 70点強くらいなら章末解ければいけると思います』
『A.Saeki: 9割取る人って、やっぱりおかしい』
勉強を教えると度々、「これがわかるのは変」とか「そんなの覚えてるとかおかしい」などとおかしな人認定される。僕からしてみればおかしいのは佐伯さんの方なのだが、そう言って反論するのはなんか先輩の後を追っている感じがしたのでやめた。
そもそも、佐伯さんとの価値観の違いを語るのに時間を使うなんて時間の無駄遣い以外の何物でもない。せっかくの土曜日なのだから、僕だって勉強をするべきだ。
僕は過去問を取り出して試験勉強を始めた。
*
勉強をしていると瞬く間に時間が進む。うちでは昼食は各自勝手に作れという感じなので、昼時になっても特に声をかけられることもない。それゆえに、気づいた時には時計は14時過ぎを指しており、僕は昼食のタイミングをスルーしていた。
一旦休憩にして、僕は何かしらを食べるためにキッチンへと向かった。
リビングでは例によって妹が勉強をしていた。食事をするからテーブルを空けろとは少し言いづらい。
僕は冷凍庫を開けて冷凍チャーハンを取り出してレンジで温める。
「今からお昼? もう14時過ぎてるけど」
レンジの操作音を聞いて、妹がキッチンにやってきた。こいつ、リビングで勉強をしていると、何かきっかけがある度に中断する。
「勉強してたらなんかタイミングを逃した」
「お腹空かないの?」
妹は別にキッチンに用があるわけでもないようで、ただ立って雑談に興じ始めた。
「飴はずっと舐めてたし」
「飴でお腹ふくれる?」
「あんまりふくれてないから今から昼ごはん食べるんだよ」
「ふーん。じゃ、私はおやつにしよっかなぁ」
妹はそう言うと冷蔵庫の前を陣取り、中を漁り始めた。
「美月はお昼食べたの? いや、食べたんだろうけど」
「2時間前には食べた」
妹は料理は全くしないが、うちの冷蔵庫には冷凍食品が大量に買い溜めてあるので食事には困らない。僕も面倒なので料理はあまりしない。
温めが終了した音が鳴り、僕は皿を持ってテーブルへと向かった。テーブルにはノートや参考書が広げてあるが、スペースがないわけでもない。
「あっ、邪魔だった? リビング勉強の弊害かも」
ゼリーとスプーンを手に妹もテーブルについた。ノートと参考書を重ねて、できたスペースでゼリーの蓋を開けた。少し汁が飛んだが、ノートや参考書は無事のようだ。
「なんか、受験生にしては気楽っぽいな」
「そう? 兄さんは受験生でもないのに必死だよね。私は勉強よりご飯が優先だなぁ」
「いや、僕だって食事の時間を惜しんで勉強する気なんてないから。気づいたらこの時間だっただけ」
冷凍チャーハンは特別美味しく不味くもなく当然にいつも通りの味で、僕はただ機械的にそれを口へと運ぶ。
実際、食事を楽しもうなんて考えは持っておらず、単に栄養を摂取するための作業。そういう面では食事を蔑ろにはしているかもしれない。
「兄さんの場合、気づいたら夜だったとか本当にありそうなんだよね。なんか、今更感すごいけど、あんまり頑張りすぎない方がいいと思うよ」
妹はゼリーを口に運びながら、どうでもよさそうにそう言った。
「少なくとも食事と睡眠はちゃんとするよ」
「もっと兄さんがダラけてたら、私的には気が楽なんだけど。兄さんと比べられるのは、ほんとプレッシャーだし」
そんな風に考えているのか。でも、僕はプレッシャーになるような優秀な兄ではない。
「いや、言い方が嫌味っぽいかもだけど、僕なんて勉強ができるだけだから。人間性って面では、美月が僕に劣るところなんてないでしょ」
「兄さんって、自己評価が高いんだか低いんだかよくわかんないよね。まっ、私だって社会性とか人間性で兄さんに劣るなんて思ってないけど、……うちで大事なのは学力だから」
結局……。
「母さんの話は話半分くらいに聞けばいい。美月は僕みたいに勉強と読書しかない人間じゃないんだから」
「でも、今は兄さんにも、類友っぽいけど仲良い友達がいるみたいだし、勉強と読書だけってこともないんじゃない? わかんないけど。案外、私の方が友達とは上辺だけかも。最近ちょっと微妙だし」
なんか空気が重くなってきた。
「色々大変そうだな」
「まぁ、受験生だから。私も友達も」
「受験、さっさと終わるといいな」
「でも、兄さん見てると高校入った後の方が大変そう。それに……大学受験はお母さんも色々言うだろうし」
「今から先の心配をし過ぎるな。とりあえず、高校受験。まぁ、一浜なら大丈夫だろうけど」
僕はチャーハンを食べ終わり、空になった皿を持って席を立った。
「兄さん、一浜高校っていい学校?」
「僕にとっては、なんだかんだでかなりいい学校なんだろうとは思う」
その言葉に嘘偽りはたぶんなかった。