11話 でも友達?
下校時刻少し前、僕はなんとなく伸びをすると、そのタイミングで先輩が口を開いた。
「今日はこのあたりでお開きにする?」
「あー、時間もいい頃合いっすね」
そう言って、大白先輩も僕と同様に伸びをした。外に目をやれば、日はとっくに落ちて暗い。もうすぐ冬になることを感じさせる。
「はぁ。今日はあんまり捗らなかったなぁ」
先輩はそうため息をつきつつ荷物をまとめ始めた。
「蒼くん、あの質問に来た女の子たちって、蒼くんの何?」
「クラスメイトです」
僕も参考書なんかを片付けながら先輩の問いに答える。
「ただのクラスメイトがわざわざここまで質問に来るの? テストまで1ヶ月あるこの時期に?」
先輩はいったい何を勘ぐっているんだ。僕がクラスに友人っぽい相手がいるのがそんなに不満なのか……?
「あれでも今回は勉強を頑張るつもりみたいで。自分で言うのもアレですけど、僕がクラスで1番勉強できるので、まぁ、先生の代わりですよ」
「ふーん。蒼くん、案外クラスメイトに頼られてるんだ。へぇー」
……先輩は何が不満なのだろう。帰り支度を終えた僕たちは職員室へと向かいつつ話す。
「いえ、質問に来るのはあの人たちくらいですけど」
「じゃあ、あの子達が何か特別なの?」
先輩が謎に僕を問い詰めるのを紅林さんと大白先輩が一歩後ろから見ている構図。最近こういうのが増えた気がする。先輩の制御を僕に押し付けないでほしい。
「中間の時に成り行きで勉強を教えたので、その流れで」
「成り行きねー。結局、あの2人って蒼くんの何なの?」
「だからクラスメイトですって。友達と言えるか微妙なくらいの距離感のクラスメイトです」
「ふーん。蒼くんにわたしたち以外の友達がいたんだー」
「いや、いちゃ悪いですか?」
「別に悪くないよー」
そう言いつつも先輩はどこか不満げに見える。僕の人付き合いを先輩にどうこう言われる筋合いはないはずだけど。
「でも、あの子たち、たぶん蒼くんと話 全然合わないんじゃない?」
「まぁ、合いませんね」
「でも友達?」
「だから、友達と言えるか微妙な距離感なんですよ」
職員室に到着して大白先輩が鍵を返し、僕たちは昇降口へと歩き始めた。
「微妙なかぁ。話してみて、悪い人じゃないんだろうなぁとは思ったけど、わたしはああいう人たちと友達にはなれないかなぁ。話が通じなさそう」
「先輩の言うこと、よくわかりますよ。本当、成り行きだけで現状があるんで」
考え方が違う。普通が違う。そういう相手と話ができるとは、僕だって思ってない。
「あっち側は、わたしたちとも話が通じるって思ってるのかな?」
「さぁ? あの人たちがどういう風に考えているかなんてわかるわけもありません」
「正論だねー。蒼くんが女の子と仲良くしてリア充してるのかと思ったら、全然そんなことないみたいだね。むしろ面倒?」
「面倒は面倒ですよ。でもリターンもあるので」
「リターン。……女子と会話ができること?」
「あの、僕ってそんなことのために面倒を許容する人間に思われてます?」
結構心外だ。後ろの2人がクスクスと笑うのがより気に障る。
「じゃあリターンってなんなのさ?」
「期末試験。道徳の問題でクラスメイトとの関わりに関する問題が出るらしいんですよ」
「うわ、ものすごく蒼くんっぽい答え。……なんだ、蒼くん全然変わってないじゃん。テスト勉強はどんな感じ?」
「まぁ、ほぼいつも通りです。順調といえば順調ですよ」
「なら大丈夫だね。負けないから、負かしてね」
「言ってることめちゃくちゃですよ」
先輩の表情から不満の色は消えていた。結局、試験勉強もそこそこにクラスメイトと遊んでると思って不満げだったのだろうか。
昇降口を出たところで、駅へ向かう3人とは別れる。軽く挨拶をして、僕1人別の道を歩く。
「はぁ」
なんとなくため息が出ていた。なんでだかはよくわからなかった。
歩いてすぐの家へと帰り着き、靴で妹がいるのを確認しつつとりあえず洗面所へと向かう。受験生がいるので、風邪なんかひけばなんと非難されるかわかったものではない。
手洗いやらうがいやらを終えて、リビングへと、正確にはキッチンの方に向かった。リビングでは、そこで勉強するのが日常化した受験生が参考書を広げていた。
「あ、おかえり」
「ただいま」
それだけの言葉を交わして、僕は冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「なんか疲れてる風?」
妹は勉強を中断してこちらに言葉を投げかけてきた。
「別に。受験生より疲れてるなんてことないよ」
「いや、絶対兄さんの方が勉強してるからね……」
「勉強量より気疲れって面では受験生より全然」
「周りの雰囲気は確かにピリピリしてきてる。嫌だよね、たかが高校を決めるだけの試験なのに」
「それ、美月は安全圏だから気楽に言えるだけだろ」
たかが高校を決めるだけの試験。しかし、学生にとっては学校は世界のほぼ全てで、たかが学校を決めるだけなんて思えるものでもないだろう。
「お母さんじゃないけど、高校なんて大学へのステップでしょ? どこでもいいとまでは言わないけど、必ずここじゃなきゃってわけでもないかなって思う」
「公立は1校しか受けられないからな。落ちれば私立。金銭的な面で公立じゃないとって人は結構多いだろ」
うちはそれなりに裕福だが、私立なんてって家はそれなりに多いと思う。
「なら、安全圏の公立にすればいいのに。美月は頭良くていいよねとか、そんなこと言われたらなんて返せばいいのかわかんないし。私、別に平均よりちょっとできるだけで、頭良くないし」
「愚痴? 別にいいけど、学校の友達についての愚痴を言われても、へぇとかふーんとかしか反応できないから」
「ごめん、つい。私も疲れてるのかなー。チョコ取って」
要求されたので冷蔵庫からチョコレートを取り出す。ついでに自分の分の飴も出す。
「ん」
「ありがと。兄さんもこの後も勉強?」
「まぁ、試験あるから」
「まだ先でしょ?」
「1ヶ月なんてすぐだよ」
「あー、受験まであと3ヶ月? 早く終わんないかなぁ」
僕たちはそのまま愚痴の言い合いのような雑談に興じてしまい、勉強のために部屋に向かったのはそれからしばらく後だった。