8話 ……友達だろ?
「百瀬くん、少しいいですか?」
昼休みに百瀬くんに話しかけた。別にLINEで言えばいいとも思ったが、直接話した方が心象はいいかと思い直した。
百瀬くんは黒崎さん含む5人で談笑していたが、僕が話しかけるとすぐに顔をこちらに向けた。
「蒼井が拓人に何の用なわけ?」
しかし、返答してきたのは黒崎さんだった。あなたに用はない。
「黒崎さんには関係のない話なので」
「悪い、ちょっと席外すな」
剣呑な空気になりかけたところで、百瀬くんはそう言うと僕を連れてその場から離れ、廊下に出た。
「で、用って?」
一連の流れから嫌な顔1つせずにそう尋ねた百瀬くんは、それだけで僕よりも人間ができていると思わせる。
「中間試験でやった勉強会を期末でもやろうという流れになってまして」
「もうか。まだ、テストまで1ヶ月くらいあるけど」
「生徒会役員はいい点を取れって言われたらしいです」
「あぁ。でも、悪い。さすがにこの時期から部活は休めない」
「サッカー部って休日ないんですか?」
百瀬くんが不参加だと男子1人になる。なんとかして招集したい。
「休日という名の自主練習日なんだよ。自主練、試験2週前くらいからは休むけど、今はまだな」
「大変ですね」
「いや、好きでやってるんだ」
すると、あと2週間くらいは百瀬くんは参加できないと。さて、どうしたものか。
「2週間前になったら参加してくれますか?」
「ああ、空いてる日には参加するよ。中間テストの時と同じ感じなんだろ?」
「まぁ、今のところメンバーまでまったく」
「生徒会が部員の成績で部費を増額とか言い出したし、頑張らないとな」
「まぁ、そうですね」
あれ、会長が先輩に媚を売るための政策なわけだが……。
「なぁ、蒼井」
「なんですか? あぁ、用件はもう済みました。時間を取らせてすみません」
「いや、そうじゃない。佐伯さんと茉莉のことだ。長谷川先生からちょっと相談されてさ」
「そうですか。頑張ってください」
面倒ごとっぽいので、すぐに打ち切る。
「他人事じゃないだろ?」
いや、他人事だ。僕には特に関係はない。真面目な顔をする百瀬くんに僕ははっきりと言う。
「僕には関係ないことだと思いますけど」
「蒼井は佐伯さんの友達だろ?」
「……どうでしょうね? まぁ、仮に友達だったとしても、人間関係に口を出すようなことはしませんから」
佐伯さんと黒崎さんのことは、当然に佐伯さんと黒崎さんの問題だ。どこにも僕が介入する道理なんてない。
「蒼井は、どうすればって悩まないのか?」
「何の話ですか?」
僕はここ1ヶ月ほど、結構悩んでいたと思う。百瀬くんがそれを知るわけはないけれど。
「俺がもっと何かをしていれば、クラスはこんな風にならなかったんじゃないかって」
「その想定は無意味ですよ。カオスとか、蝶の羽ばたきが竜巻を起こすとか、そういう話はよく知りませんけど、たかが人間にパラレルワールドを正しく予想するなんてできません」
コンピュータどころか悪魔にだって無理だとされているのに、人間にそれができるわけがない。
「そうやって割り切れるのか」
「いいえ。中間試験の時のミスなんかは今でも引きずってます。答えを書き換えれば明白に結果が変わりますから。でも、何かをしていたらなんてそんな無限通りの可能性を追うのは、間違いなく現実的ではないですよ」
「蒼井と話してると、どこか煙に巻かれている気がするな」
「僕は特に整理せずに思ったことを口にしているだけなんですけど」
整理していないから、テキトーな言葉で誤魔化しているように聞こえるのかもしれない。
「俺と蒼井を足して2で割ったら結構ちょうどいいかもな」
百瀬くんは苦笑気味にそう漏らした。そんなことはないと反射的に言いそうになるのを飲み込んで、僕は戯言を返す。
「人間の間には、加法もスカラー倍も定義されてません」
「そういう空気を読まない言葉をすぐに平然と返せるのは、正直羨ましいと思うこともある。でも、蒼井みたいになりたいかと言われるとやっぱり違うんだけどな」
百瀬くんはまた苦笑していた。
「僕は百瀬くんみたいになりたいとはまったく思いません。ものすごく疲れそうです」
「疲れそうか。案外楽しいものだよ。友達と一緒にバカやるような青春も」
「……友達と一緒にバカをやるという面では、僕もそれに類することはしている気もします」
文芸部内での勝負とか、傍から見れば結構バカみたいなことなんじゃないのか?
「へぇ、それはちょっと意外だな」
「僕に友達がいることがですか?」
「いやいや、蒼井は青春なんてバカみたいとか思ってると勝手に思い込んでた」
「あながちそれも間違いじゃないかもですけど。僕は最近、色々と自己矛盾しててめちゃくちゃですから」
言ってから、なんでこんな話を百瀬くんに話しているのだと疑問に感じた。これではまるで、僕が彼を友人だと思っているみたいだ。
「自己矛盾か。そうか。蒼井も悩むんだな」
「人間ですから。評価値関数を決めて機械的に動ければ楽なんでしょうけど」
「人間より人工知能になりたいって?」
「さぁ?」
AIになりたいと思ったことはない。人間って面倒だと思ったことならある。
「まぁ、人間はやめられませんから」
「そうだな。さて、長く君と話してると茉莉がうるさそうだから戻るよ。佐伯さんと茉莉のこと、俺にどうしょうもなかったらまた頼るかもしれない」
「百瀬くんにどうしようもないことが僕にどうにかなるわけないでしょう?」
「それでも、話くらいは聞いてくれ。……友達だろ?」
「友達ではないと思ってますけど」
「いや、俺はたぶん、クラスで2番目か3番目には蒼井と仲がいい」
「それ、僕と仲のいい人間が全然いないってだけなんですが……」
「そうかもな。とにかく、俺はもう戻る。あと、よろしく」
百瀬くんはそう告げて教室へと戻った。一体、何をよろしくされたのだか。
とりあえず、勉強会の参加をどうするか、もうちょっと考えるか。
僕は教室には戻らず、廊下でぼーっと考えを巡らせ始めた。