4話 正義の味方はたぶんコミュ力低い
1話前にエイプリルフール企画が投稿してあります。
暑い。6月も末、もう初夏から真夏になろうとしている。
基本、家では自室で勉強をする。が、自室にはエアコンはおろか、扇風機すらない。もう、ダメだ、暑い。パソコン室の涼しさが恋しい。
暑さにやられた僕は勉強道具を持っていそいそとリビングへと向かった。
騒がしい中で集中するスキルは色んな場面で役に立つ。
「リビングで勉強? うわぁ、鬱陶しいなぁ」
リビングでは、妹がテレビを見ていた。
「なら、エアコンをくれ」
妹の部屋にはエアコンがついている。兄妹間の差別はやめていただきたい。
「そんな一生懸命勉強しなくてもいいんじゃない? 兄さん頭いいんだし」
「お前はもっと勉強しろ。受験生だろ」
妹の部屋にエアコンがついている1番の理由は、今年受験生だから。なのに、こいつはリビングでテレビを見ている。
「私も兄さんの妹だから、それなりに頭いいんだよ。一浜くらいなら余裕、余裕」
「うち受けるの?」
一浜、僕の通う一浜高校を指していることは間違いあるまい。
「今の所は第1候補かなぁ。近いし。兄さんがいないなら即決かも」
僕としても妹が入ってくるとかちょっと嫌だな。近いのはわかるが。家から歩いて10分という点はかなり魅力的だ。
「もっと上もいけるんだろ?」
「それ、兄さんが言う?」
まぁ、そう思うよな。一浜が安全圏だったのは僕だって同じだ。
……部長とかなんで一浜にいるんだろう? もっと上でも余裕だったのではないだろうか?
「まぁ、しっかり考えろ。近いってだけで選ぶと後悔するぞ」
「後悔してるの?」
そう尋ねられると、僕の高校生活は悪いものでもない。そう思う。
「僕は別にしてないけど」
「後悔する要因はやっぱり兄さんがいることかなぁ」
妹はこちらを見て言う。僕だって、妹が入ってきたら後悔しそうだ。
「ああ、僕がいるから別のところにしておけ。じゃあ、僕は勉強する」
「考えとく。じゃあ、私はテレビ見る」
妹に小さくため息をつき、僕は勉強を始めた。
やっぱりエアコンは偉大だ。涼しい。
「ねぇ」
話しかけられているが、気にするな。無視だ。いつも部長にしていることを思い出せ。
「昨日、いじめの話したでしょ」
無視だ。今は勉強、勉強。たぶん、妹は僕の邪魔がしたいだけ。
「私、実はいじめられて」
「は?」
「単純」
思わず妹の方を向くと、妹は舌を出していた。なんだよ、ちょっと本気で心配しただろ。
「私はコミュ力あるし、教師受けもいいし、ついでに顔もいいし、いじめにあうわけがないけどさ。ちょっと興味が出て、各クラスにいじめがないか調べてみたんだけど」
「1日で? 何やってんの?」
「3年生6クラス中、いじりって言うよりはいじめっぽいって感じの雰囲気があるクラスが2クラスだった。教師は特に動こうとしてないって」
「あぁ、そう。まぁ、学校なんてそんなもんだろ。特に中学は」
「酷いよね。私がたった1日で調べられたことを、わかりませんでしたって平気な顔で言うんだよね学校って」
憤る様子も悲観する様子もなく、どうでもいい世間話のようなトーンで言う。酷いなんて思ってないよね、たぶん。
「まぁ、そうな。わかってて放置しましたってわけにもいかないからな」
「そこに、教師受けのいい私が介入したら、いじめは解決するかな」
しない。そんなこと、わかってるくせに。そう思った。妹の言いたいことが、わからなかった。
「やめておけ。たぶん解決なんてしない。正義の味方になろうなんて思い上がるな。お前はただのコミュ力があって、教師受けがよくて、ついでに顔もいいだけの普通の中学生だ」
「兄さんが私のことをべた褒めしてる」
「してない」
即座に否定しても、妹は特にリアクションはしない。こういう普通のやりとりをしてると、部長が変人であることが改めてわかる。
「まぁ、やらないけどね。知らない誰かがいじめられてても、まぁ、関係ないかなーって感じ。正義の味方はたぶんコミュ力低いからね」
まぁ、僕の妹らしいといえばらしい主張だ。
「そうか」
「でもさ、コミュ症気取ってる兄さんも、ちゃんと見捨てろって選択できるんだね。やっぱり、兄さんはやればできるんじゃん」
「なんか、棘がないか?」
「きっと、誰も見捨てられない人はコミュ症なんじゃないかな。兄さんが前に言ってた手品師みたいなね」
「なんか違くないか?」
「そうかな? まっ、勉強頑張って。じゃあね。おやすみー」
まだおやすみって時間ではない。
「お前も勉強しろよ、受験生」
「はいはーい」
妹は部屋へと引っ込んで行った。あいつは部屋にエアコンあるからな。いいな、エアコン。
*
答えがわかっている質問を、なぜ何度も繰り返すことができるのだろうか。
「今日は部活があるので」
「そうですか。あの部、学習環境としてはとてもいいですからね。特に、蒼井くん、君にとっては」
どうやら担任は、僕という問題児に対して、ある程度踏み込んで対処するという意思を固めたらしい。
「僕が学習するという面において、ここよりも文芸部の方が適しているとは思っています」
「真白さんに頼りすぎると、来年困りますよ」
「依存しているつもりはありませんよ」
「利用している」
無表情に平坦なトーンでそう言われると、なんかそんな気もしてくるのでやめてほしい。
「僕はそんなこと言っていません。先生、やっぱり酷いこと言いますね。では」
担任の前を去る。
今度は、利用しているか。実際、利用はしている。部長は大いに僕の役に立っている。
しかし、都合のいい道具として使っているわけではない。部長を辞書や参考書と同列に見てはいない。
そんなことを滔々と考えながらパソコン室にたどり着いた。
「あっ、蒼くん、ルーズリーフ持ってる?」
入室直後にそう言われると面を食らうものだ。
「え? あ、えっと、持ってません。ノート派なので。計算用紙として、いくらかコピー用紙は持ってますけど」
「じゃっ、それでいいや。紅ちゃんにあげて。なんか、勉強用のノート消えたんだって」
「すみません」
申し訳なさそうにこちらを見る紅林さんに、「いえいえ」と返しながらコピー用紙を渡した。
消えたという表現に、あまり深い追求をしたくないと思った。
「そういえば、文芸部のメンバーって全員ノート派なんですね」
それ故か、そんなことを口にしていた。ルーズリーフを使う人も珍しくはないはずだが、文芸部の面々は皆ノートを使っている。
「部屋に使い終わったノートが積み上がってくのが楽しいからねっ」
「俺、ルーズリーフだとなくすし」
「ずっとノートだったので。特に思い入れがあるわけではないです」
三者三様にノートを使う理由を答えた。
「蒼くんは?」
「紅林さんと同じですね。まぁ、部長の言うこともわかりますけど」
実際、積み上がったノートを見ると、これだけやったと思えて試験前なんかは落ち着ける。
「いやぁ、小学生の頃のノートから積んであるから、部屋にノートが溢れる溢れる」
「いや、それはさすがに捨てましょうよ」
「えぇー。だって、昔やったことが必要になることってよくあるしぃ」
「小学校で習ったことを当時のノートで復習なんてしないと思いますけど」
「しないねー。そんなの引っ張り出すにはノートの山を崩さないといけないし」
部長の部屋、どれほどカオスなことになっているのだろうか……。
「さぁーて、テストまで日がなくなってきたねぇ。ラストスパートだっ!」
まだ、5日ほどあるし、多くの科目で試験範囲が終わっていないわけではあるが、ラストスパートと言われれば、まぁ、それでもいいかとも思う。試験までの部活の回数は今日含めて後2回だし。
「さてさて、ビリになるのは誰かな? ペナルティー、忘れてないよね?」
部長は楽しそうに、僕たちのことを順番に見た。
「飯おごれとか、聞いたこともない話じゃなければ、忘れてないっすよ」
大白先輩、ジュースおごらされたことを微妙に根に持っているのかもしれない。
「夏休み、楽しみだなぁ」
部長はすでに負ける気もないのだろう。実際、部長に勝てる気はあまりしない。
さて、計画を立てるとか面倒なことはやりたくないので、しっかりと勉強するか。
勉強中、紅林さんが申し訳なさそうにコピー用紙を使うのが、少し居心地が悪かった。
1枚あたり1円しないのだし、気にしなくていいのに。
*
蓋を開けてみれば、全ての科目で試験範囲はきっちりと終わった。教師は、試験には土日を挟むわけだし、ギリギリに終わっても終わればいいのだ、と思っているようだった。
「今日は部活でしたね」
担任も文芸部の活動曜日を覚えたようだ。
「はい」
「今回の試験でもまた学年トップを取れそうですか?」
「今回は1科目、道徳は捨ててますが、他は中間並みには勉強してます。それでトップが取れるかはわかりませんけど。周りは中間よりも勉強しているみたいですし」
「ええ、勉強会なんかを実施して」
「先生もしつこいですね」
「クラスにも馴染んでほしいんです。蒼井くんは真白さんの背中を追ってるのかもしれませんが、できれば真白さんよりも大白くんの方を追ってほしいです」
部長の背中なんて追ってない。あんな風になりたいなんて、全く、一切、ほんの少しも思ってない。しかし。
「その言い方は教師としてどうなんでしょうか。部長を非難しているように聞こえますよ」
「彼女は優秀ですが、それはもう飛び抜けて優秀ですが、欠点も多いです。教師は時には生徒の欠点だって指摘します。集団に馴染めないのは彼女の欠点の1つです。そして、君もそうなろうとしている」
欠点の指摘を当人以外の生徒にしないでほしい。
「僕は部長の背中を追ってなんていませんよ。あんな変人になりたいわけがない。では」
「あと、紅林さんはどうですか?」
立ち去ろうとするとそう問われた。どうですかってなんだ? アバウト過ぎてわからない。
「えっと、何の話ですか?」
「変わったところはありませんか?」
「先生方が知らないことは、僕もきっと知りません」
そう。僕は知らない。
「……そうですか」
「では」
「勉強会は試験日にも実施しますから、ぜひ」
担任も、僕みたいな生徒の相手をしないといけなくて大変だな。教師は激務だ。やはり、教師にはなりたくない。
*
「はぁ。担任の言うことも聞いてやれと私は言ったよな。紅林、蒼井」
パソコン室にて、本当のラストスパートをかけて勉強していたところ、顧問が乱入してきた。この人、普段は全く部活に口を出さないのに。
「確かに仰ってました」
「はい、仰ってました」
「だよな。なのにだ、お前ら、なんで変な所で頑固なんだ?
紅林、クラスメイトともっと上手くやろうとしろ。今村先生はお前のことを気に揉んでいるんだ。このままだと、クラスメイトと決定的に決別することになるぞ。
蒼井、お前も勉強会くらい出てやれよ。ここの居心地がいいのもわかるが、部活だって毎日あったわけじゃないだろう? 長谷川先生と毎日話してなんとも思わないのか?
総じて、もう少しクラスのことにも目を向けろ」
やはり教師は激務だ。部活の生徒の生活指導までしなくてはならない。
「タナ先落ち着いて、落ち着いて」
「お前もだ、真白。いや、お前が筆頭だ、真白」
顧問は部長を睨んだ。
「わたしは担任に何も言われてないよ……?」
部長を困惑の表情を浮かべた。話を聞いていなければ、顧問が部長を恫喝しているようにすら見える。
「お前はもうそういうやつだと、諦められてるんだよ! お前は、自分勝手が服を着て歩いているような人間だとな。お前はクラスメイト云々以前に、もっと他者のことを考えるようにしろ。世界の中心はお前じゃない。
最後に、ついでだ、大白」
顧問は部長の態度が気に入らなかったようで、少々エキサイトし、大白先輩へと飛び火した。
「俺もっすか……」
「古典の課題、来週の月曜までだからな。この前みたいな手抜きは許さん。あと、文芸部なんだ、試験では平均よりは上を取れ」
「なんか俺だけ毛色が違う……。俺、理系だし……」
「理系でもだ。この3人に囲まれてるんだ、先輩の意地を見せろ」
「はい」
顧問の説教か激励か微妙なお言葉に、大白先輩はしっかりと返事をした。一方。
「他3人もいいな!」
「うーん、前向きに検討する?」
「善処します」
「気に留めておきます」
僕たち3人の返事はこれだった。
「お前らなぁ……」
こめかみに手を当てる顧問は心底呆れているようだった。
「私だってこんな説教がましい真似はしたくないんだ。少しは素直になってくれ」
「善処します!」
部長が元気よく答えた。
「ふざけてる場合じゃないんだよ、本当。お前らの担任が本当にかわいそうだ。頼むから、素直になってくれ。教師は忙しいんだ。お前らみたいな優等生が問題児にならないでくれ」
顧問の表情は、心底本気に見えた。
「ちゃんと考えますよ」
「はい、ちゃんと考えます」
「お前らのちゃんと考えるは、本当にしっかり考えるんだろうな。考えずに従えとは言わないが、担任に優しくしてやってくれ、頼むから。私はもう愚痴を聞きたくないから」
本当に頼むぞと念を押して、顧問は職員室へと戻っていった。
「大丈夫だよねっ。今回は大くん、古典でも1位が狙えるくらい勉強してるもんね」
「今の説教で、まず俺の話なんすね」
大白先輩も僕たちに呆れているように見える。
「教師って本当に激務ですね」
そう言うと、
「お前らのせいでな」
と、大白先輩に返された。うん、一理ある。
「いやいや、古典の課題を出してない大くんが1番悪い」
うーん、やはり部長と一括りにされるのは遺憾だ。部長は一線を画するレベルでズレてる。
「いや、あれは提出期限月曜っすから。まだ期限前っすから」
「手抜きって前になにをやらかしたのぉ?」
「今、そんなことはどうでもいいんすよ」
大白先輩、少々お怒りだ。部長と1年半も一緒にいて、耐性がついているはずの大白先輩が少しではあるが怒っている。
大白先輩の本気で怒ったったところって見たことない。たぶん、怒ると恐ろしく怖いだろう。怒ってなくても顔だけで怖いし。
「そうだね。今は、来週に向けて勉強だっ」
「なっ、えっと、はぁ、そうっすね。月曜からテストっすもんね」
顧問のありがたいお小言が部長に届いたかはわからない。紅林さんに届いたかもわからない。
わかることは、僕にはしっかりとは届いていないんだろうな。いや、たぶんだけど。
長谷川先生が蒼井くんの担任で、今村先生が紅林さんの担任です。