3話 わたしの高校生活はこの程度で終わるはずがないっ!
「わたしは大変なことを見逃していました」
部活中、先輩のそんな言葉をいつも通り言葉半分に聞いていた。それは僕だけじゃなくて、紅林さんや大白先輩も同じ。
「大変な見逃しと言いますと?」
とりあえず合いの手は入れておく。先輩はそれだけで満足する。
「学年末試験は、3年生と1, 2年生で時期が違うんだよ!」
「まぁ、普通に考えるとそうですよね」
3年生は卒業するわけだし、受験もある。学年末試験を実施すること自体に驚きがあるくらいかもしれない。
「ってことは、わたしとみんなの勝負は次の期末試験が最後なんだよ!」
最後か。先輩はもうすぐ卒業する。やはり、この1年はあっという間だった。
「なんかこう、スッキリしないんだよね。受験もよくわからないうちに終わっちゃったし。だから、試験でぐぁああってやりきったって思いたいんだよ」
「よくわからないうちにって、指定校推薦を選んだのは先輩自身ですよね……」
「とにかく、わたしは全力を尽くして負けるって体験がしたいのー。そういう高校生活を1年後くらいに振り返りたいのー」
「振り返るの案外早いですね」
なんだろう。先輩は本気で言ってるのかもしれないが、ふざけているようにしか聞こえない。
「わたしの高校生活はこの程度で終わるはずがないっ!」
「そう言って、やりたいことが試験で負けるってことなのが良くも悪くも先輩らしいですね」
「わたし、総合点なら学年トップから落ちたことないんだよ。模試では全国2桁が限界だし、敗北が知りたいとか言える立場ではないけどさ、顔の見える相手に負けたいじゃん」
「じゃんと言われましても、この中で学年トップから落ちたことないのって先輩だけですし」
僕と紅林さんはトップを取り合ってるし、大白先輩は前に顧問があの生徒会長からトップを奪取したって話をしてたし。
「いーなー。わたしも蒼くんにとっての紅ちゃんみたいなライバルが欲しかったー」
「そんなこと言われましても……」
その紅林さんと大白先輩は先輩へのツッコミを僕に丸投げして、なんとなくこちらを見て話を聞いている状態。なんか、先輩の対応をするのは僕だと定着してないか……?
「ってことで、次はわたしに勝ってよ。3人ともね。ラストチャンスだからね」
ラストか。そんなこと言いつつ、先輩ならこの先もなんだかんだと絡んできそうな気もするけど。でも、そう思っていても、卒業してしまえば案外あっけなく疎遠になるかもしれないか。
「先輩も卒業ですか」
「もって、わたしの他に3年生の知り合いが?」
なんとなく語感でもと言っただけなのだが。
「まぁ、妹が中3ですね」
「蒼くんってちょくちょくシスコンっぽい発言するよね」
「先輩は妹の話をするだけでシスコン認定してきますよね」
「妹ちゃん、一浜受けるんだよね?」
僕の発言はサラッと無視して、訊きたいことを訊いてくる先輩。まぁ、先輩は自己中なのだ。それはもう、先輩にとってのアイデンティティとすら言えるかもしれないほどに。
「たぶん受けますね。で、受ければ受かります」
「おー、信頼してるー」
これが信頼? 何か違う気がする。
「ここは安全圏のはずですから」
「一浜、レベル低いとは言わないけど高くはないもんね。蒼くんの妹ちゃんなら余裕だよね。で、文芸部入るの?」
「入りませんよ」
「なら、次の試験でわたしが勝った時のお願いは、妹ちゃんを入部させることだね」
「……いや、無理ですよ。僕がやめれば可能性あるかもですけど」
妹が僕のいる部活に入るというのはありえない。外で家族といるのがなんとなく恥ずかしいという感覚を、妹は普通に持っている。
「蒼くんがやめるのは却下。わたしが勝ったら、3人でなんとか勧誘すること」
「いや、美月が賞品みたいになっているのは変でしょう? 完全に部外者なんですから」
「えぇー。ダメー?」
「無理なものは無理です」
「蒼くんのケチ」
「ケチとかそういう話ではないでしょ……」
僕が「はぁ」とため息をつくと、紅林さんがクスリと笑っていた。よく見ると大白先輩もにやけている。
「なんですか?」
「い、いえ、別に」
先輩の相手を押し付けておいて、この2人は困る僕を笑っているのだろうか。……それは性格が悪くはないですか?
紅林さんは誤魔化したので、今度は大白先輩の方を睨む。
「いや、なんか、このゆるい夫婦漫才みたいなやりとりももうすぐ見納めだなぁとか思ってな」
うん。この人は顔が怖いだけでなく、性格も悪いらしい。気のいい人だと思ってたのに。
「夫婦じゃないしっ! 漫才でもないしっ! わたしはずっと真剣に話してるのに、蒼くんが変にツッコミを入れるからだよ!!」
「僕のせいですか……?」
それは理不尽じゃないだろうか。
「そうだよ! 世の中の悪いことは全部蒼くんのせい」
「先輩、絶対に真剣に話してないじゃないですか」
今の発言がふざけていることは間違いないし。真剣に世の中の悪いことが全部僕のせいだと思っているなら、その考えそのものがふざけている。
「おふたり、仲良いですよね」
「紅ちゃんのその微笑ましげな表情は何!?」
「仲良いなぁって思っただけですよ」
「わたしと紅ちゃんだって仲良しだよね? 友達だよね?」
「ええ、それはもちろん」
紅林さんは戸惑った感じだ。そういう意味で言ったんじゃないのだろう。まぁ、薮蛇はもちろんしないけど。
「よし! 決めた!」
「はい?」
唐突に大声でそう宣言した先輩。一体なにを決めたと?
「わたし、またみんなとどっか行きたい! ってことで、わたしが勝ったら、3人でわたしが感動するような卒業旅行の計画を立てなさーい」
「旅行ですか」
思い出されるのは夏休みの合宿(仮)。あれは確かになかなか楽しかった。……先輩を感動させるというのは、あの夕日みたいな感じを想定すればいいのだろうか。
「まぁ、美月を入部させるよりはずっと現実的ですね」
「わたしが負けたら、わたしが感動する卒業旅行に連れてってあげる」
「……もう旅行に行くのは確定なんですね。計画を立てるのがどっち側かって話ですか」
「あの、中間試験の時に言っていた真白先輩の秘密というのは」
「あれはなし! ずっと秘密!」
「あっ、はい」
そんな風に、中間の時よりは少しゆるい感じに先輩との勝負が始まった。