1話 期末試験へ一抹の不安を覚えていた
7章スタートです。7章の章タイトルが思いつかなかったので、未定のままにスタートしてしまいました。章区分はあまり息をしていないのですが、思いつき次第つけようと思います。
今後の更新ペースについてはとりあえずは今まで通り週2ペースでいこうと思います。詳しくは活動報告にて報告させていただいてます。
11月5日、日曜日。僕は今日から期末試験の勉強に本腰を入れることにした。
中間試験では先輩に大敗した。そのリベンジ。今回こそは勝たなくてはいけない。というよりは、今回こそは勝ちたい。
前回の敗因の1つは道徳での大失点。採点基準を読み違えた結果、壊滅した。今回はそんなミスは許されない。
教師の望む答えを正確に読み取る必要がある。
僕が自分で思う道徳的解答を書いてもろくな事にならないことは前回で示されている。答えは考え出すのではなく、導き出さなくてはならないのだ。
教科書を開く。偽善だ、欺瞞だ、気持ちが悪い。そんな感想を持つ僕が道徳的でないことは明らかで、そんな人間が思うままに答えを作っても高得点にならないのは仕方がない。
思いやりを持て。誰かのためを思え。ルールは守れ。自然に感謝しろ。集団に寄与しろ。命の尊さを知れ。
そんな当たり前のように正しいとされることが、やはり正しいのだと主張する教科書。
現実を見ろ、その一言で空虚な妄想にしか見えなくなる教科書。
この教科書が正しいのなら、世の中は正しくない。この世界は、完璧に道徳的な人間が生きられるようにはできていない。
僕は悪くない。社会が悪い。
普通に言ったらクズ発言かもしれないが、こと道徳に関してはこれが成り立つ。
道徳の試験で高得点を狙うのなら、現実は捨てて、理想の世界の住人にならなくてはいけない。
僕にとってそれはかなり気持ちの悪い行為だが、そんな感情は飲み込んで勉強を開始した。
今回こそは不甲斐ない点数を取るわけにはいかない。
定期試験でも失敗すれば、僕は完全にアイデンティティを失う。
その思いで、僕はとにかく勉強を続けた。
*
道徳の勉強は楽しくない。そして疲れる。
2時間ほど机に向かって、僕はやる気を失って勉強内容を数学に変えることにした。
主要教科は副教科に比べて勉強するのが楽しい。実生活に根ざしていないところがいい。純粋に知識を得ることや思考を巡らせることを楽しめる。
例えば、今解いている三角比。日常生活で正弦定理や余弦定理は、使おうと思えば無理矢理使える場面もあるんだろうけど、普通は使わない。日常生活に必須なものではない。
人によっては、こんなもの知らなくても生きていけると文句を言うらしいが、僕にとってはその文句はよくわからない。
知らないと生きていけない知識なら、学校で教わるまでもなく習得するのだ。そんなものを高校で今更勉強するなんて、そちらの方がバカらしいだろう。
勉強は知識欲を満たすための行為だ。なら、普通に生きているだけでは知り得ないことを知った方が面白いに決まってる。
そう。主要教科は実生活に根ざしていないからいい。
それに対して、副教科は時に実生活に密接に関わってることがある。家庭科や保健、そして道徳。
実生活に関わるものを勉強すると、どうしても自分だったらと考えてしまう。そして、往々にして、自分だったらと出した結論は、教科書の言う結論に一致しない。だから、嫌になってしまう。
教科書に対して、「いや、お前、そうは言うけど現実ではさ」なんて思いながら勉強するのは楽しくないし、疲れる。
もちろん、先輩に勝つためにはそんな理由で勉強を放棄するわけにはいかない。いかないが、疲弊した状態で勉強しても効率が悪い。楽しんで勉強した方が頭に入るのは言わずもがなだ。
数学の問題をスラスラと解きながら、頭の中ではグルグルと取り留めのない思考が回っている。どうも集中できていない。
しかし、集中できていないことがわかっても、僕は問題を解く手を止めることはなかった。勉強をやめることを、今の僕はどこか怖く感じていた。
中間試験の時とは何かが違っている気がする。
中間試験で失敗した。模試の結果も良くなかった。その2回とも、きっと先輩は僕のことを期待はずれだと思っただろう。
僕はまた期待はずれだと思われることが怖いのか?
勉強が得意である。そのアイデンティティを僕はきっと失いかけている。それを完全に失えば、僕に残るものはなんだ? 勉強と読書が僕を構成しているのなら、ただの本好きが残るのだろうか。
自分の半分を失わないために、僕は勉強をしなくてはならない。
きっと、一度失ってしまえばこんなものかと思えるのだろう。勉強ができなくたって、死にやしない。
でも、今の僕にとっては、それを失うことは酷く怖いのだ。それを失えば、僕を取り巻く環境は間違いなく変わる。
母は僕に失望するだろう。
父は僕を見限るだろう。
妹は僕を憐れむだろう。
先輩は僕に憤るだろう。
大白先輩は僕を励ますだろうか。
紅林さんは僕を嘲るだろうか。
それが僕にはとても怖い。
僕が今、この僕という存在である以上、勉強という方翼を失うわけにはいかないのだ。
集中できないながらも問題集を解き続ける。学校指定の問題集は簡単なので、集中していなくても解法はすぐに思い浮かぶ。計算ミスにイラつきながら、ただ答えを導いていく。
これでいいのだろうか? いや、問題は解けているし、定期試験レベルなら大丈夫なだけの勉強はできている。しかし。
僕は試験勉強1日目にして、期末試験へ一抹の不安を覚えていた。