33話 もうちょっと悩み続けていましょう
結果は、見せてもらっておいてなんだが、あまり面白いものではなかった。ほとんどの項目の平均点が、小数第1位を四捨五入すると3。つまり、どちらでもない。
「普通ですね」
「だいたいこんなものよ。0.1の違いだって、分析の上では重要なんだから」
そう言われても、目に見えてこの項目がということもないので、この平均点を眺めてもあまりよくわからない。
「平均だけ見てもわかんなーい。分散は?」
「大きくはなかった。2,3,4が多くて、1とか5をつけてくる人は少数。ちゃんとした考察はしてないけど、君たちみたいに道徳に強い想いを持っている人は少ないって感じ」
強い想いというか、単に嫌いだというだけだけど。
「どうせ、真っ白と蒼井は1とか5をたくさんつけたでしょ? そういうのも数枚はあった」
数枚。数枚というと、僕と先輩と紅林さんの3人だけってこともないだろう。少数派ではあるにせよ、僕たちと同様の思想を持っている人はいるということ。
「わたし、1と5しか書かなかった気がする」
「あれは真っ白のか。そうかもとは思ってたけどさ」
「だって、思う思わないの二者択一でいいかなって思ったし」
それから少しアンケート結果について話すも、あまり盛り上がることもなくもういいかという感じになった。アンケートについて話していた時間より、先輩とサラさんが口論していた時間の方が長い……。
「とりあえずこんな感じ。どの項目に相関があるかとかはこれから。さて、もうこれで解散?」
サラさんの問いに、僕と先輩は互いを見やる。正直、これだけだと何しに来たんだよって感じだ。
「蒼くんの進路相談のコーナー!」
「はい?」
謎のタイトルコールをした先輩に疑問符を投げかけるも、先輩は気にせずに話を進める。
「このコーナーは、現在大学で何を勉強しよう、将来どうしようと悩んでいる蒼くんに、人生の先輩のサラサラと……相原さん?がアドバイスをするコーナーでーす」
「うん。相原であってるよ。ちなみにこっちは山吹 更紗ね」
「勝手に本名を明かすとか、相原くんってそういう人なんだ」
「えっ? 何か問題あった?」
説明の時点でグダグダ感の漂うコーナー……。僕は黙って話の流れを窺う。
「別にいいけどね。で、進路相談? あたしは教育系しか知らないから、相談には乗れないかな」
「僕も教育系と数学系しかわからないなぁ」
「結論。教育系に進もう。蒼くん、これで解決だね」
始まって1分足らずでコーナーが終了しつつある……。
「いや、ないですよ。教師とかなりたくない職業筆頭です」
「蒼くん、蒼くん。教育学を学ぶことが教職に就くこととイコールじゃないよ。再三言うけど、大学は就活予備校じゃないからね」
先輩が少し不機嫌そうな口調でそう言うので、僕も考え方を切り替える。
「教育を学問として学ぶのは、まぁ、結構面白そうな気はしますね」
「教職に進む気がないのに教育学科に入るのはやめた方がいいよ。あっ、真っ白ともう1回揉める気はないからね。単純に周りと合わないからさ。教育学科は専門学校に近いところあるから」
「蒼井くんの場合、座学は面白いけど実習は嫌いってなっちゃうかもしれないね。3年くらいになると実践演習系の授業が増えるから、ちょっとつらいかも」
人生の先輩2人は、揃って教育系という選択肢を否定した。
「蒼井くんはもっと理論分野の方が向いてるんじゃないかな? 理学系」
「よし! 人生の先輩のお墨付きももらったし、一緒に生命工学やろう!」
「あたしは哲学とかもアリだと思うな。とりあえず、資格取るのが目標みたいになる学科は違う感じする」
生命工学が理学なのか工学なのかは置いておくとして、資格取得を目指すのは確かに僕向きではなさそうだ。
「蒼井が真っ白の同類なら、社会に関わる学科はやめた方がよさそう」
「社会不適合者だからねー」
「そのセリフを笑いながら言うのはマジで社会不適合者っぽい感じする。まっ、こういう相談はあたしたちなんかより学校の先生とか、塾の先生とか、親とか、そのあたりの人たちにすべきなんじゃないかな」
「塾は通ってないんで。学校は……」
相談するなら担任か? うーん。無機質に対応しつつも親身になってくれそうな気はするが、なんか面倒くさいことになりそうでもある。親ってのはありえないし。
「1年生のうちからそこまで悩むこともないよ。僕が志望校決めたのは3年の夏だったし」
「来年、大学生になった真っ白を通して調査しまくれば、色々わかるんじゃない?」
「なるほどー。わたしに任せなさーい」
先輩は自信ありという感じに自分の胸を拳で叩いた。いや、しかし。
「先輩に交友関係の広さは期待できませんよ」
「……蒼くんのためなら……ダメだなぁ、頑張れる気がしない……」
「真っ白、大学で友達できるの?」
「サラサラが友達。あっ、でも、さっき友達やめようかなって思った」
「はぁ。できなさそうだから、あたしは友達でいてあげる。博士に行く気はないから、再来年には卒業しちゃうけど。相原くんはD進するんだっけ?」
「いや、僕も就職」
D進ってのはドクター進学の略だろう。サラさんと相原さんは修士1年。すでに就職を考えているはずの時期か。
「おふたりとも、卒業後は教員ですか?」
「あたしはそのつもり」
「僕は公務員を受けるかな」
「へぇ。相原くんって公務員志望だったんだ。国家?」
「地方も受けるけど、ダメ元で国家も受けてはみるつもり」
「話脱線しちゃったけど、結論。蒼くんはもうちょっと悩み続けていましょー」
結局、ちゃんと自分で考えないとってことなわけだ。
「悩むのが嫌になったら素直にわたしの後輩になりましょー」
「真っ白、蒼井のこと好き過ぎ」
「違うしっ。大学でぼっちにならないための布石だし」
「友達が作れないなら、友達を入学させようってこと? そんなことするより友達作る努力しなよ」
「努力しないと作れない友達なんていらない」
「真っ白、あんたほんとに女子?」
「わたし、子どもじゃない」
先輩とサラさんはちゃんと友達としてやっていけそうな感じだった。実際、しばらく話して解散となる頃には先輩とサラさんは仲良さそうに話していた。
帰り、1人電車に揺られながら、言われたことを思い出した。
1年生のうちからそこまで悩まなくてもいい。もう少し悩み続けろ。
本当にそれでいいのだろうか? 高校生活は後2年と少ししかない。この1年があっという間であったように、残りの2年もすぐに過ぎ去っていく気がする。
しかし、なんとなくの不安は抱えたままでも、将来のことは先延ばしにして、喫緊に迫りつつある期末試験へと意識を向ける方が賢明なのだろう。
僕はここ最近のモヤモヤをとりあえず棚上げすることにした。
次の期末試験では先輩に勝たなくてはならないのだ。意識を別に向けている余裕なんてない。
これで6章は終了です。7章開始にあたり、来週1週間はお休みとさせていただきます。詳しくは活動報告にて報告しております。