32話 友達
大学構内には、許可の申請を忘れたとのことで入れず、僕たちは近場のサイゼリヤで話すことになった。
「人生はどのような職業に就くかでかなり変わる。就職が重視されるのは当然のことだとあたしは思うけど」
「それと教育機関である大学を結びつけるのは違うってわたしはそう言っているんだよ」
「そうは言っても、大学を卒業すればほとんどの人は就職するわけだから、大学だってその就職というイベントを重視するのは道理じゃない?」
「大学の本分は高度な知識や技術を学生に習得させることである。これがわたしにとっての大前提。この本分を第1に考えないなら、わたしはそれを大学とは呼ばない」
現在、目の前では2人の女性が舌戦を繰り広げている。僕と相原さんは目を合わせると互いに苦笑した。
「なんか、うちの先輩がすみません……」
「いや、こっちこそだいぶ年上なのに熱くなっちゃっててごめんね」
そんな僕たちの会話は気にも留めず、女性陣は口論を続ける。
「真っ白は今の社会の在り方をわかってないんじゃない?」
「わたしは、社会の在り方なんてものに学道が影響されていることが間違ってるって話をしてるの」
「社会という地盤がないと大学は成り立たないって」
「だから、大学が社会の影響下にあること自体が間違いだって言ってるの」
「真っ白は現実が見れてないよ」
「だーかーらー、現実の方がおかしいって話をしてるんだってば!」
サラさんは呆れたようにため息をつき、先輩は「むぅ」とふくれた。
僕と相原さんはアイコンタクトを交わし、僕は先輩を、相原さんはサラさんをそれぞれなだめ始める。
「平行線な感じがしますね。先輩とサラさんでは捉え方が違うみたいですから、これ以上言い合っても無駄ですよ」
「んー。この、なんか議論にすらなってない感じ、嫌い。こう、話が通じないっていうか。サラサラとは友達になれるかなーって思ってけど、間違いだったかな」
なんとなくその気持ちはわからないでもないけれど、ここは一応フォローに回るべきだろう。
「ちょっと意見が合わなかっただけじゃないですか」
「意見が合わなかったのが問題じゃないんだよ。議論にならなかったのが問題なの」
議論にならない。話が通じない。そういう相手とは友達になれないというのはわかる。
「言いたいことはわかりますけど、サラさんは話は通じないタイプではないと思いますよ。今の話だって、もう少し落ち着いて、前提と主張を明確に伝えれば通じるんじゃないですか」
「うーん……」
「まぁ、先輩が心底合わないって感じたなら、友達である必要なんてないとは思いますけど」
「そういうところ。やっぱり、蒼くんとは友達でいられそう」
なんだか知らないけど、先輩がふくれっ面から笑顔になったのでよしとする。
「そりゃよかったです」
なんとか先輩をなだめることには成功したらしい。相原さんの方に目をやると、そちらも落ち着いた様子だった。
「真っ白、なんというか、大人げなく言い過ぎた。真っ白の言いたいこともわかる。ただ、実際に大学に通う身としては、わかってないと感じたんだよ。それにしても、大人げなかった」
サラさんはそう言うと先輩に向かって頭を下げた。相原さんが僕の方を見て笑った気がした。それに対して、僕は相原さんから目をそらす。だって……。
「わたしは、サラサラにわたしの言いたいことが通じてた気がしない。論点おかしかったし」
相原さんは和解に向かわせたのに、僕は決裂を後押ししてしまった。申し訳ない……。
「相手が謝っても謝らないんだね、真っ白は」
「だって、わたしは自分が間違ってるなんて思ってないから」
「はぁ。真っ白、人としてどうかと思うよ。……でも、うん。 あたしはそういう、人としてダメなタイプ、嫌いじゃない。うん。真っ白はそれでいいよ。あたしが悪かった。ごめんごめん」
「……別にいいけど」
人としてダメとか盛大なディスりを入れつつ、謎の仲直りをする2人。なんだったんだよ、さっきまでの口論。
「さて、話がのっけから脱線し続けてたけど、今日はあのアンケートの集計結果のために集まったんだよね」
サラさんがそう切り出し、サイゼに入店して30分ほど経ってやっと本題に入ることができた。
「まだあんまり集まってなくて、分析もできてないから今のところの平均点だけね」
「調査対象は高校生のみですか?」
「うん。小中学生はまた別。道徳に関しては、高校生が1番冷めた見方をしてるかな。小学生は道徳の授業が好きって子の方が多いんだよ。まっ、算数とか国語とかと比べてってことなんだけど」
それは"好き"ではなくて"嫌いじゃない"だろう。小学生の頃に自分が道徳についてどう思っていたかなんて覚えてないな。
「とりあえず、結果をご覧あれ」
僕たちはサラさんから1枚の紙を受け取った。そこには前に回答したアンケートの設問と、その平均点が記されていた。
次でとりあえず5章完結ってことにする予定です。