28話 人生
たぶん、先輩は当初、ハロウィンだから遊ぼーというノリだったのだろう。そういう用意を先輩がしてきた以上、誕生日会なんて雰囲気は全くなく。
「よし、わたしは女優に就職だね」
4人で人生ゲームなんて、よくわからない状況にあると……。パソコン室で非電源ゲームに勤しむ4人。なんなんだろう、この状況。
幼年期から始まったゲームも、やっと就活まできた。もう始めてから1時間近くかかっていて、下校時刻までに終わる気がしない。
就活。なんでゲームの中でまでそんなことをしないといけないのか。まぁ、人生ゲームでの就活なんて止まったマスに書いてある職業に就くだけなわけだけど。
「次、大くんの番。さて、大くんは何になるのかなぁ?」
そう促され、大白先輩がルーレットを回す。くるくると回ったルーレットは4を指して止まった。
「4っすね。えっと、学園祭で作った自主映画がプロの目にとまる。+5万円。就職チャンス: 映画監督」
「おぉ、わたしが女優で大くんは映画監督かぁ」
「安定しない職業っすね」
大白先輩は映画監督の説明を読んでそう呟いた。リアルでもゲームでも、安定しないというのはデメリットだ。
「ならやめとく? 次に2が出せれば医者になれるよ?」
「1だとラーメン屋で3以上だとフリーターなんで、映画監督になっときます」
大白先輩は映画監督の職業カードを受け取った。ゲームにおいては、この就職ゾーンを過ぎれば就職のチャンスはほとんどない。妥協するのも当然。現実では就職のチャンスはいつまであるものなんだか。
「じゃ、次、紅ちゃん」
今度は紅林さんがルーレットを回す。出目は7。
「教員免許状を取得。申請料金5千円を支払う。就職チャンス: 教師」
「安定職だね。医者、弁護士、パイロットの次ぐらいに給料もいいんじゃない?」
教師。現実はともかく、このゲームならあたりか。人生ゲームでは、その職業の就労時間なんかは考慮されない。
「では、教師のカードをもらいます」
紅林さんは特に悩むこともなく教師に就職した。さて、次は僕の番。
ルーレットを軽く回す。出目は8。……8って。
「はい、8! 蒼くんフリーター」
僕の止まっていたマスから駒を8マス進める。就活ゾーンを抜けてしまい、フリーターが確定。ここまでほとんど差がなかったのだが、これでほぼ負け確定か。……職業だけでほぼ負けって、このゲーム厳しくないですか? まぁ、金を稼ぐことが目標のゲームなのだから仕方ないことではあるけど。実際の人生なら、財産の有無で勝敗なんてつかないのに。
嬉しそうにフリーターカードを差し出す先輩から乱暴にそれを受け取る。給料は(ルーレットの出目)×1000円か。紅林さんのなった教師が9000円の安定収入であることを考えると、どうしようもないな……。
と、ほぼ諦めたゲームだったのだが、それからの展開は意外にも白熱した。
給料的に優位にあった紅林さんは自動車事故を頻発し、先輩は大量の株券を買って大損。大白先輩は給料日の出目が悪くて伸び悩み、フリーターとして普通の人生を歩んだ僕と3人の所持金は大差のないままゲーム終盤へ。
ゲーム内での僕たち4人は、運転の下手すぎる教師、株で大損した中堅女優、売れない映画監督、ごく普通のフリーターという顔ぶれ。……ゲームなのにどうしてこんなにも世知辛いのか。
結局、ゲーム終盤のプラスマイナスの大きいマスが連続するゾーンの結果いかんで勝敗が決まるという状況。全員が酷い人生を歩んでいるのに、ゲームとしては盛り上がり、緊迫感がある。
「よーし、回すよ。6出せば勝ち、6出せば勝ち。6、6、少なくとも4と7以外」
先輩は力んだ手でルーレットを回す。全員が固唾を飲んでその回転を見守る。その勢いが落ち、今にも止まらんとするその刹那。
「おい、もう下校時刻過ぎてるぞ! いつまで残ってる!」
顧問の乱入によってゲームは速やかに終了させられた。僕たちは追い立てられるように昇降口へ向かう。
「6だったんだよ! 6だったよね! 6だったんだよ……」
先輩はゲームが途中で中断されたことに不満を爆発させているが、それでもちゃんと足は動かしている。
「わたしの勝ちだったよね! 勝ちだったよね?」
「次の手番で1を出してたらわからなかったんで、無効っすよ」
「むきゃー!! 7/8の確率でわたしの勝ちだったのにー!!」
昇降口を出れば、駅に向かわない僕だけが別れることになる。
「では、また明日……いえ、明日は私用で来れませんでした。また金曜日……は文化の日で休みでしたね。だと、また来週」
そう言って3人と別れる。明日は模試の結果をもらいに予備校まで行かないといけない。
帰路を歩きながら、今日のゲーム展開をなんとなく思い出す。
「フリーターでも案外なんとかなるんだよなぁ……」
そんな呟きが口から漏れた。
それはもちろんゲームの中での話。現実で職を持たないのはなんとかなるものでもないだろう。そんなことはわかっていても。
「就労意欲、ないんだよな」
やりたいことがなく、人の役に立つなんてことに興味もない僕には、そんなものはなくて当然なのだった。