26話 なんか嫌い
放課後、パソコン室に向かう途中で面倒な人と出くわした。
「やぁ、蒼井後輩」
さすがに無視をするのはどうかと思い、会釈だけして会長候補の横を抜ける。
「今ちょうど開票作業中で、結果が出るまで暇なんだ。文芸部に遊びに行ってもいいだろうか?」
すると会長候補は横に並んで付いてきた。僕は歩調は緩めずに、一応会話には応じる。
「嫌ですよ」
問いかけには最低限の反応をしてパソコン室を目指す。この人のために時間を無駄にするのは、なんか惜しい気がする。
「そうだ。1ついいお知らせをしよう。ボクが生徒会長になった暁には、文芸部の扱える部費がおそらく増える」
「職権濫用による贔屓ってことですか?」
文芸部は別に部費を求めていないのだが。文集制作費くらいはさすがに通るだろうし、それ以上は使い道もない。あぁ、今年申請されている1000円を何かに使わないとか。
「違う。今まで得られる部費の金額は、その部員数と活動実績をもとに決められていた」
「まともですね。そして、文芸部にはそのどちらもがありません」
部員数は部として存続できるギリギリで、活動実績なんて何もない。部費をもらえなくても文句は言えないというか、もらえなくて当然な気がする。
「そこにボクはもう1つの判断基準を加える。成績優秀者が所属する部を優遇するとね」
「……それ、支持されますか?」
金が欲しければ勉強しろって、生徒からは支持されなさそうな気がする。それで文芸部なんてよくわからない部活が益を得るなんて、さらに不信を招きそうだ。なんか、文芸部が逆恨みされる未来すら見えるのだが……。
「教師陣からはすでに支持を得ている。それにこれは優秀者が所属する部を優遇するというだけで、そうでない部を冷遇するわけじゃない。
というより、ボクと職員室とで話している案を実行して優遇されるのは、現状文芸部だけだ。条件が部員全体で見た評定平均が4.5以上、これをクリアするのは普通は無理だからね。職員室を納得させるにはこれくらい厳しい条件にする必要があった。予算をばらまくわけにもいかないから、仕方がない」
部員全体で見た評定平均が4.5以上。文芸部は問題なくクリアしているだろう。僕と紅林さんは5.0だし、先輩は4.8だ。大白先輩は知らないけれど、4.5を大きく下回っているとは思えない。
この条件、部員数が多くなればそれだけ難しくなるように思う。来年の新入部員によっては、文芸部だって簡単にその権利を失うだろう。
「迂遠な文芸部への贔屓と言えないこともないですが、あいにく文芸部はそんなに部費を欲してません」
「本棚でも買ったらどうだい?」
「どこに置くんですか……」
文芸部が使っているのは部室ではなくてパソコン室だ。私物を置いておくことなんてできない。
「なら、文化祭で漫研みたいに文集を作るとかは?」
「それはする予定です。でも、それくらいの予算なら優遇されなくても出してもらえるんじゃありません?」
出してもらえないとしたら、そもそも文集を作るなんて不可能ということになる。さすがにそれはないだろう。
「優遇予算があれば、全然売れなくても自費負担しなくて済む。売れる作品ではなく、好きな作品を作れる。悪くないだろう?」
そりゃ、余った金があるなら色々と余裕はできるか。まぁ、金がもらえるという話が悪い話なわけもない。いい話かは微妙だが。
「確かに悪い話ではないですね。では、僕は部活がありますので」
気づけばパソコン室の前へとたどり着いていた。とりあえずの会釈をして、パソコン室へと入る。会長候補は無理に侵入を試みることもなくその場を去ってくれた。
「蒼くん、信任? 不信任?」
中に入った途端に多分な省略を含んだ質問。これでは会長候補の話だか副会長候補の話だかもわからない。
パソコン室では僕以外の3人がホワイトボードの前に陣取り、先輩は教師用のパソコンの横から身を乗り出して質問を放ってきた。
「会長は不信任、副会長は信任です」
「はい。文芸部内では会長落選、副会長当選だねー。そうなったら大くんが立候補しよう! 俺が独裁してやる任せとけーって」
「いや、絶対落ちるっすよそれ。てか、今日の会長演説ってそんな感じはありましたよね。あんなこと言わなきゃ間違いなく当選だったろうに」
「それでも当選はするんじゃないですか? 不信任票が半数までいくとは思えません」
僕はいつもの場所に荷物を置いて、ホワイトボードの前へと移動する。ホワイトボードには両候補者に対する得票数予想が書かれていた。何やってるんだ、この人たち。
「わたしが出口調査を行ったところ」
「行ったんですか?」
「みんな関わりたくなさそうな顔で無視するんだよ! 酷くない!?」
それは先輩の普段の行いのせいだとは言わないでおく。
紅林さんと大白先輩はすでにこの話を聞いているようで無反応。僕は「まぁ、はい」とかテキトーな相槌を打って続きを促す。
「それでも答えてくれた心優しい人が2人!」
「少ないですね……」
そんな数では調査とは言えない。精度が低すぎる。
「さらに、廊下でワイワイ言い合っているのを盗み聞きした23人分も含めて」
「多いですね……」
いや、調査の精度という面では少ないけど、23人分を盗み聞きというのは多いだろう。先輩はよくわからない方向に頑張っている。
「25人中、信任21人、不信任4人。これに文芸部票を合わせても、信任22人、不信任7人。……残念ながら、圧倒的に信任でしたぁ」
先輩はふくれっ面で言った。調査としての標本数が十分でないにしても、信任票は不信任の3倍。落選ということはなさそうだ。
「あの会長、何からやるんだろうね」
先輩の呟きに対して、僕は持ち合わせている答えを返す。
「文芸部に部費をくれるそうですよ。正確には、部員全体で見た評定平均が4.5以上である部活に部費をくれるそうです」
「へぇ。蒼くん、よく知ってるね」
「さっきあの人に絡まれましたから」
「うわぁ、災難だったねー」
僕、先輩、紅林さんはあの会長候補に対して、ほぼ同様に関わりたくないという心象を持っている。だが、あの日いなかった大白先輩はピンとこない様子で、「紺野、一体何したんすか?」と訊く。
「部費くれるってのも、そんなに求めてはいないにしろ、ありがたい話じゃないっすか。なんでそんなに嫌うんすか?」
その問いに先輩は「うーん」と腕を組み、考えてますという演出をする。
「嫌い、嫌ってるわけでもないかなぁ。ただ、馬が合わない? いや、反りが合わない? なんというか、……嫌い?」
「よくわかんないんすけど……」
「理由が明確じゃないけど関わりたくないんだよね。なんだろう。あれだ、生理的に受け付けないっ!」
先輩はものすごく酷いことを言ってのけた。僕も嫌いというか苦手ではあるけど、そこまで言うか。
「先輩にもそういうのあるんすね」
「わたしも、自分は人を嫌うのに明確な理由を求めるタイプだと思ってたんだけどなぁ。アレと話すとなんか嫌な気分になるんだよね。明確にここがダメだってのはないんだけど、全体的になんかやだ」
「そうなんすね……」
この完全否定には、大白先輩も顔を引きつらせた。僕はそのなんか嫌いというのに共感できてしまうのでなんとも言えない。
「ってわけで、アレが当選するなら、3人とも生徒会には入らないでねー」
そう先輩からお願いされたこともあり、僕が生徒会に入る可能性は完全に消え去った。
誰から頼まれたら先輩からのお願いを無下にするか。その問いの答えが僕は思い浮かばなかったから。