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24話 無責任


「つまり、えっと、兄はあのちっちゃい先輩のことが好きってことですか?」


 会長候補と文芸部のやりとりをかいつまんで説明すると、紺野さんはそう尋ねた。時間は17時半を過ぎ、この公園から僕と紺野さん以外の人はいなくなっていた。


「その好きが、loveだか、likeだか、respectだか知りませんけど、ファンだとは言っていました」


 なんでこんな話を真面目なトーンでしなくてはならないのか。紺野さんはこの下らない理由を聞いても、真剣に何かを思考しているようだし。


「ファン……ファンってどういうことだろ……お近づきになりたい……お兄ちゃんが……」


 そんな呟きは聞こえていないフリをした。あの会長候補の役員の選び方はテキトーなものだと言いたかっただけなのだが……。


「その、あのちっちゃい先輩って、どんな人なんですか?」


「ちっちゃいって言われると激怒するような人です」


「えっ、ごめんなさい」


 別に僕は先輩をちっちゃいと言われても激怒なんてしない。事実として小さいし。


「どんな人って言われると返答に困りますが、一言で言うなら、変な人です」


「……その言い方は怒られないんですか?」


 少し思い返すも、先輩が変人だと言われて怒る姿は思い出されない。あの人は、何を言われたら怒るかを、たぶん明確に決めている。そういう風にキャラを作っている。


「変人って言っても怒りません、たぶん。あの人は、個性的で優秀という形容がこの上なく似合う人です。加えるなら、自己中です。僕以上に」


 これ、先輩の悪口を言っている感じになってないか? 悪くいうつもりはないのだけれど、先輩を形容するならやはり自己中は外せない。


「その、蒼井くんの女性版みたいなイメージでしょうか?」


「……先輩の同類と括られるのは慣れましたが、その言われ方には異議を申し立てたくなります。僕と先輩は同類だとしても似てはいません」


 僕は自分というものを意識的に作ろうとはしない。僕と先輩はその思考様式が近いというだけで、言動には大きな差がある。


「すみません。……蒼井くんはその先輩さんとは親しいんですよね?」


「仲は悪くないつもりです。話も結構合いますし。まぁ、趣味が近いってのもあると思います」


 僕には読書と勉強しか話せることなんてなく、そんな話題で盛り上がれる高校生はレアだ。僕にとって文芸部が心地よい場所である要因として、そんな話題で盛り上がれるというのは間違いなくあるのだろう。


「なるほど……。……結局、兄は生徒会で何がしたいんでしょう?」


 紺野さんは何かに思い至ったという反応をしてから、そう訊いてきた。

 職員室に従属しない生徒会なんて題目を唱えてはいたが、それが本気かは知らない。


「何をしたいというより、何かはしたいんじゃないですか。たぶん、生徒会役員として過ごしたこの1年間に納得がいっていないんでしょう」


 こうじゃない、そんな思いはあったのだろう。優秀らしいし、自分ならもっとできるとか思っているのではないだろうか。そういう意識高い系に巻き込まれるのはごめんだ。


「兄は確かに……」


「確かに?」


 紺野さんは一度口籠ったが、そのまま話を続けた。周りは暗く、真夜中みたいな気分になったが、時計に目を向けるとまだ18時にもなっていなかった。


「確かに、目標が決まってないと、とりあえずやれることを手当たり次第にやろうとするところはあります。良くも悪くも行動力のある人なので。と言うより、何かしていないと落ち着かないタイプです」


「ワーカホリックですか?」


「近いと思います」


 そんな人が生徒会のトップに立つのなら、それについていく役員たちは相当大変だろう。


「正直に言うと、生徒会に入るなら、蒼井くんみたいに兄に意見ができないと、兄と同じだけの仕事をしなくてはならなくなって、身体がもたないと思うんです」


 そこまでなのか。まるでブラック企業。僕はなんと言えばいいかわからず、沈黙してしまう。


「兄は優秀過ぎて、周りはついていけないんです……」


「紺野さんが役員入りを断ったのは、そういった理由からですか?」


「私は兄についてはいけません。必ず足を引っ張ることになります」


 ここまで聞くと、それなりに得心が行った。と同時に、その役割を僕に押し付けようとしてきた紺野さんにちょっとした不信感を覚える。まぁ、本当にちょっとしたものを。


「この話を聞くと、生徒会役員なんてやらなくていいと言いたくなります。もちろんですが、僕がやるつもりもありません」


「でも、それだとやる人がいなくなるんじゃ……」


「会長候補は優秀なんでしょう? なら、誰かしらの適任を探し当てますよ」


 それはとても無責任な言い草だが、僕が生徒会に責任なんて負う必然性はないのだから、無責任なのは至極真っ当なはずだ。


「いえ、兄の要求に応えられる人はそうそういないと思います……。兄は、本当にすごいので」


 今まで紺野さんはやたらと兄を持ち上げる人だと思っていたが、これは単に過大評価しているのとも違うみたいだ。評価しつつも問題視もしている感じがする。


「なんか、絶望的に会長に向いていない人が会長になりそうな感じに聞こえます」


「兄は、自分が働くということにかけてはそれはもう抜きん出て優秀なんですが、他者を働かせるということには向いていないとは思います。本人が規格外なので、一般人とは感覚が違います……」


 生徒会には色々と問題があるようだけれど、僕の取るスタンスは単純で。


「どうにしろ、僕と生徒会役員の話は関係ありません。それについて悩むべきはあの会長候補であって、僕でも紺野さんでもありません」


 ここでの『べき』は義務。僕にも紺野さんにもそんな義務はない。


「蒼井くんはともかく、私はその会長候補の家族ですから」


「家族っていうのは別に関係ないと思いますけど。結局、紺野さんがどうしたいかでしょう」


 家族だから協力したいならともかく、家族だから協力しなければならないなんて、僕は思わない。


「私の理想を言うなら、蒼井くんに生徒会に入ってもらって、兄を制御してほしいです」


「拒否します。問題を押し付けないでください」


「すみません。なら、私も一緒に入ります。蒼井くんが兄を抑えてくれれば、普通の量の仕事なら私がこなします」


「だから、僕は生徒会に入る気はありませんから。僕に生徒会に入ってほしいという話なら、結論は揺らぎません。もう随分暗いですし、帰ってもいいですか?」


 時間はまだ18時過ぎだが、もういいだろう。ここで2人で話したところで、何か良案が思いつくわけでもなかろう。


「まだ何も解決してません」


「僕たちがあと1時間話そうが、1日話そうが、何も解決なんてしませんよ。この議題は会長及び副会長候補と教師たちで考えればいいことなんですから」


「副会長候補……、そうですね。副会長候補者は当事者で間違いありませんね。えっと、副会長候補ってどなたでしたっけ?」


「覚えてません」


 そもそもが生徒会に興味がないし。役員の構成って、会長、副会長、会計、書記が2人の、計5人だったよな?


「まぁ、僕と話すより、副会長候補者と話す方が建設的でしょうね。少なくとも、関係ないって突っ撥ねられることはないはずですよ」


「わかりました。蒼井くんに入ってもらうという話は一旦諦めます」


「一旦ではなく、完全に諦めてください」


 ブラックな生徒会に入るつもりなんて毛頭ない。


「今日はすみません。こんな場所まで」


 反射的に「いえ、別に」と言いそうになったが、冷静に考えると、その謝罪は適切なものであるように思う。


「まぁ、できれば金輪際、生徒会の一件には関わりたくないです」


「すみません。場合によっては、また話をするかもしれません」


 ここはもう巻き込まないと言ってほしかった。紺野さんの申し訳なさそう表情から察するに、また話をするかもしれないというのは本気なのだろう。嫌だな。


「とりあえず、今日はもう帰ってもいいですか?」


「はい、すみませんでした。またよろしくお願いします」


「嫌です」


 そう言って僕は紺野さんを残して公園を後にした。本当に今日は厄日だった。月以外の星があるのかよくわからない夜空を眺めて、僕は「はぁ」と大きくため息をついた。


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