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23話 生徒会に必要としているのは


「えー、本物ないのー」


 パソコン室の前まで行くと、中からそんな不満そうな声が流れてきた。予想通りの茶番が行われているようだ。


「こんにちは」と挨拶をしつつ、パソコン室の中へと入る。3人がこちらに目を向ける。その近くの机には、お菓子が入っているっぽい箱と、その上に置かれた猫のストラップ。


「大くんが、無事に帰還しましたー!!」


 先輩は、まるで死地から生還したかのように大仰にそう言った。まるで、感動の再会のシーンを演じろと言わんばかりなのだが、僕はそれを完全に無視する。


「いや、僕、昨日会ってますから」


「あ、そうなの? なら、大くんがネコを連れ帰るミッションに失敗したことも知ってる?」


 今度は茶番に巻き込まれそうだ。しかし、あまり長居をするわけにもいかない。


「その箱の上にいるみたいですけど?」


「あっ、これ、蒼くんの。はい、お土産ー」


 そう言われて、先輩からストラップを渡された。これは大白先輩から渡されるべきものではないのだろうか? この流れで先輩にお礼を言うのは、やっぱり違うよな。


 僕は大白先輩の方を向いて、「ありがとうございます」と言った。大白先輩は苦笑していた。


「えっと、僕、この後私用があるので、早々に失礼します」


「そうなの? お疲れ様ー。そのストラップ、何かにつけてね。文芸部でお揃いだから。部員の証だよ!」


 なんか猫だけもらいに来たみたいになっているが、このタイミングで帰らないと長くなりそうだし。


「キーチェーンにでもつけておきます。では、また」


 僕はパソコン室を出て、昇降口へと向かう。時計に目を落とすと、16時50分を過ぎたあたりだった。17時半までにはと言ったし、あまり急ぐこともないだろう。


 僕はいつも通りの歩調で、公園へと歩き出した。高校から駅に向かう道には生徒たちが何人もいたが、そこから外れるとその姿はなくなった。公園まで行けば、確かに同級生の目にとまることはないだろう。


 公園に着いたのは、17時10分くらいだった。夕日はついさっき沈んで、あたりはもう薄暗い。

 紺野さんはベンチに座ってスマホをいじっていた。


「お待たせしました」


「あっ、はい。早かったですね」


 紺野さんは僕の姿を認めると、慌てたように立ち上がった。別に慌てる必要なんてあるまいに。


「まぁ、はい」


 テキトーな返事をしつつ、ベンチへと近づく。僕たち2人は人1人分程度の距離を開けてベンチに腰掛けた。


「えっと、相談というのは?」


「えっと、あの、単刀直入に訊きたいんですけれど」


「なんですか?」


「私は生徒会に入るべきだと思いますか?」


 ……どうしてそれを僕に訊く?

 入るべきか。べき、か。『べし』というと、適当・当然・義務そんな意味だよな。


「今のべきってところが、生徒会に入らなくてはならない、とか、当然入るものだ、とかそんな感じの意味なら、そんなことはないと思いますよ。それは自由意志です。義務や当然であるはずもないかと」


 この返答は、たぶんはぐらかしに近いんだろうな。


「べしっとスイカ止めてよ、ですか?」


 その言い方をされれば完全に古文だ。


「なら、意味は適当でお願いします」


 すると先の質問は、"私は生徒会に入った方がいいと思いますか"となるわけで。……そんなの知るわけがない。


「なら、知りません。メリットとデメリットをご自身で吟味することだと思います。僕にとってはデメリットが大きいと判断したので僕は断りましたが、紺野さんにとってどうなのかは、僕はもちろん知るわけがないです」


 これはあんまりな言い方だろうか? しかし、そんなの自分で考えろよというのが正直なところだ。

 そんなおざなりな返答をしているにもかかわらず、紺野さんはなおも真剣な眼差しで僕に問う。


「私は要領が良くありません。生徒会に入っても、兄に迷惑をかけずにいられるヴィジョンが見えません」


「新人が先輩に何の迷惑もかけないなんてことが無理なのは、至極普通のことだと思いますよ」


 場合によっては、なんでもできる新人の方が嫌われるのではないだろうか。


「でも、兄にはきっと、対等な仲間が必要なんです。言うことを聞く部下ではなくて、意見を言い合える仲間が。今朝の蒼井くんのような」


「あんな不毛な口論は必要なわけもありません」


 ただ意見をぶつけ合って、どちらも譲らずに決裂するだけの口論には何の生産性もない。アレはただの無駄だった。僕はそう思っている。


「私はやっぱり、蒼井くんが生徒会に入った方がいいと思うんです。兄と対等に話せる蒼井くんが」


「嫌ですよ。大前提として、僕にはやる気がありません。そんな人間を担ぎ上げたって、結局は何もしない」


「蒼井くんは、責任ある立場になればその責任は果たす人だと思います」


 どうも、紺野さんは僕を過大評価しているらしい。僕は嫌なことからはなにかと理由をつけて逃げ出す人間だ。自分の負わなくてはならない義務はなるべく少なくなるようにする。そんな人間だ。


「紺野さんの人物評価は当てになりませんね」


「そうですか?」


「第1に、僕を過大評価してます。第2に、自分を過小評価してます。そして、第3に、あの会長候補を過大評価してます」


「私からすれば、蒼井くんの評価こそ当てになりません。自分を過小評価してますし、私を過大評価してます。兄については、蒼井くんは兄のすごさをよく知らないだけです」


 これは結局は価値観の話で、自分の価値観を他人に押し付けるのは愚行だ。


「蒼井くんは、多数派の意見や目上の人の意見でも、それが間違っていると思えば否定できますよね。私には、それができません」


「自分の考えを曲げられない、ただの自己中ですよ」


 多数派の意見や目上の人の意見に追従する。つまりは空気を読むとか、長いものに巻かれるとか、そういうことで、僕はそれには確かに無頓着だ。まぁ、先輩ほどではないにしても。


「自分の考えがある。それだけですごいです。私はあまり考えることもなく、周りに流される。兄が生徒会に必要としているのは、そんな私みたいな人間ではないはずなんです。蒼井くんに断られて、自棄(やけ)になって私に声をかけただけです」


「お兄さんが僕や紅林さんに声をかけたのは、もっとずっと下らない理由からですよ」


「下らない理由、ですか?」


 僕はあの会長候補に気を使うつもりなんてさらさらない。だから、その下らない理由を話してしまうことに抵抗なんてなかった。


「あの人、うちの元部長のファンだそうで、ただ文芸部との関わりが作りたかっただけみたいです」


「……えっと?」


 紺野さんが今の言葉を理解するのに、少しばかり時間がかかった。


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