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20話 こんな無駄なやりとりに


 614点。それが自己採点の結果だった。614/950≒0.646、得点率64.6%.


 思ったより悪い……。


 数IIBと化学は50点切ってるし、日本史の出来もそれと大差ない。


 勉強しないとマズい。


 定期試験で良い点取れてるからって、調子に乗っている場合じゃない。


 自己採点を終えてちょっと暗い気持ちになってから、僕は晩御飯を食べるためにリビングへと向かった。


「あっ、おつかれー」


 そこには参考書とノートを広げた妹がいた。……なんで自室で勉強しないんだよ。


「ご飯食べるんだけど」


「いいよ、食べて」


 そう言いつつも、リビングテーブルの半分を占拠している参考書やノートをしまおうとしない。


「いや、汚したら悪いし、消しカスとか気になるから……」


「大丈夫、大丈夫。私、消しカスは纏める派だから」


 妹は消しカスで作られたらしき練り消しをこちらに見せた。……まぁ、もういいけど。


 冷蔵庫を開けると、中にはコンビニ弁当が入っていた。今日はこれか。うちの食卓に手料理が並ぶのは週に2回ほど。あとは弁当か惣菜。共働きだし、別に不満はない。


「なんで部屋で勉強しない?」


 弁当をレンジに入れて、待ち時間で妹と雑談をする。


「勉強はリビングの方がいいって、テレビでやってた」


 なるほど。妹は結構そういうのに影響されやすい。


「捗ってる?」


「ぼちぼち。兄さんは模試どうだった?」


「あー、ダメだった」


「え!? 兄さんが!?」


 妹の驚きが演技でないことくらいはわかる。が、そんなに驚くか……?


「お前、僕のこと天才だとでも思ってるの?」


「勉強しか取り柄がないとは思ってる」


 それが冗談でないこともわかってしまった。まぁ、そうかもしれないか。


「センター試験って、難しくないって言われるわりに難しい」


 こう、これはわかるはずなのに、あれ、なんだっけってのが多い。


「へぇ。でも、まだ1年生なんだから」


 まだ1年生、そう思っていていいのだろうか。


「この半年、僕としてはあっという間だったから。このままだとすぐに3年生になっている気がする」


「いいなぁ、半年があっという間。時間が短く感じるってことは、楽しかったってことでしょ?」


 そういうことなのだろうか? あんまり納得がいかない。


「アインシュタインは言いました」


「その口上だけで、なんか意味のあることを言いそうだ」


「同じ時間でも、好きな人と過ごす時間は早く感じるが、熱いヤカンの上に手を置いてじっと耐える場合は長く感じる。これが相対性というものだ。

 私にとってこの半年はものすごく長かった。受験までまだ4ヶ月もあるなんて、耐えられない」


 なるほど。わからなくはない。アインシュタインが言ったというと、説得力も増す。しかし。


「受験生は1年が1番短く感じるなんてのは、よく聞く話だけど」


「短くないよ。苦痛でしかないし。早く2月になんないかなぁ」


 妹の感覚は、今のままでも合格すると思っている故の感覚なのだろう。

 結局のところ、その時間を惜しい、終わってほしくないと思うほどに短く感じるということだと思う。ならば、僕にとってのこの半年は、もっと続いてほしい時間だったということか。


 温めが終わった弁当を持って、妹の前へと移動をする。

 広げられている参考書に目がいく。それは特定の教科についてのものではなく、小論文の対策書だった。


「小論文か。中学生に大したものは求めないと思うけど」


「でも、一応書き方の定型とかは押さえとかないと」


「内容より文章力か。それもどうなんだって感じだけど」


 弁当を食べつつ、参考書に目を通す。行儀はよくないが、うちにそんなことを注意する人間はいない。


「『です・ます』ではなく、『だ・である』でとか、当たり前のことだけど、知ってる知らないで差はつくか。導入、本論1、本論2、結びの構成で、最初に主張をはっきりと書くことね。まぁ、そりゃそうだ」


 こういう定型を押さえてないと、その内容以前に撥ねられると。まぁ、小論文は意見そのものより、その意見をいかに説得的に書けているかの方が重要か。


「小論文の問題ってどんなの出たっけ?」


「中学生らしいのが多いよ。『部活動は強制にした方がいいか』とか、『制服は必要か』とか」


「そんなのだったかもなぁ」


 小論文の対策はあまりした記憶がないので、よく覚えていない。


「だいたいが二者択一形式で、理由を書く系。参考書によると、曖昧な答えはよくないんだって。条件付き賛成とかよくあるのに」


 曖昧な意見はダメか。日本人的には、意見は曖昧に言うのが基本みたいなところもあるけど……。


「『宇宙人は存在すると思うか。理由も含めて600字以内で述べよ』 この問題、どうなんだ?」


 参考書には例題もいくつか載っていて、その中でもこれは異彩を放っている。


「意見はどっちでもいいの最たるものだよね。兄さんならどっち?」


「存在する。我々は地球という天体に住む宇宙人である。存在が確認された以上、宇宙人は存在する」


「屁理屈。宇宙人ってのは地球外生命体のこと」


「真面目に書くなら、存在しないにして、ポパーの反証可能性でも引用するかな。あれは存在するという主張が科学的ではないことの説明であって、存在しないってことの根拠にはまったくなってないけど」


 反証不可能な主張は科学的ではない。それがポパーの反証可能性。あとはいわゆる悪魔の証明と引っ掛ければいい。


「そういう、この学者がこう言ったからってのを知ってると強いよね。でも、自分の意見は特に言ってないという」


「美月がアインシュタインの言葉を引用したみたいに、権威には説得力があるから。何のイドラだっけ? 劇場? 市場? たぶん劇場だったかな」


「それ、ハムじゃなくてベーコンのやつだよね」


「提唱したのはベーコンだった気がするけど、ハムじゃなくてって……」


 ベーコン。フランシス・ベーコンだったか。名前がネタにされることは確かに多いけど……。


「社会の先生がそう言ってたの」


 先生が言ったのか。ハムじゃなくてベーコン……。まぁ、生徒が覚えられるならなんでもいいのだろう。


「中学レベルの小論文なんて、劇場のイドラに頼ればどうとでもなるってことで」


「○○さんは言いましたって書くの、小論文としてはどうなの?」


「さぁ? でも、私はこう考えるってのより、アインシュタインはこう考えたって方が説得力はあると思う」


「それはそうだけど、人の言葉を借りた方がいいってのは、やっぱり違う気がする」


「確かに。引用の方がいいんじゃ、小論文は雑学を問う問題に成り下がるか」


 でも、全部自分の言葉で書いたんじゃ、独りよがりで説得力がないって気もする。小論文か。案外よくわからない。


「宇宙人は存在する。なぜなら、世の中の悪いことは全部宇宙人の仕業だから」


 妹の呟きは、答案としてどうかは置いておいて、僕好みだった。


「僕的にはアリかな。全部宇宙人のせいだって開き直れれば、楽だ」


 昔はよくわからないことは全部妖のせいだったし、最近も全部妖怪のせいにするアニメが流行ったし。悪いことってのは、誰かに責任を押し付けたいものだ。宇宙人とか悪魔とか、押し付ける相手に最適。非存在は証明できないわけだし。


「じゃ、僕の模試が振るわなかったのも宇宙人のせいってことで」


「もしも私が受験に失敗しても、全部宇宙人のせい」


「宇宙人極悪だな」


 食べ終わった弁当の容器を、軽く洗ってゴミ箱へと捨てる。

 夕食前の暗い気持ちは払拭されていた。こんな無駄なやりとりに、僕は案外救われているのかもしれない。


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