1話 僕は道徳が嫌いだ
初投稿です。よろしくお願いします。少なくとも第1章が終わるまでは毎日投稿をするつもりです。
僕は道徳の授業が嫌いだ。
1ヶ月ほど前に高校生になったが、高校でも道徳は必修科目。あと3年、これは付いて回る。月曜日の1時間目にそれはある。週始めの最も憂鬱な時間に、最も憂鬱な授業があるのは精神的疲弊が大きい。
特に今はゴールデンウィーク明けの最初の授業。それが道徳。僕はひたすら時計を眺めて、早く終わらないかと思うのだ。
担任が話すどこか空々しい道徳観を何も考えずに機械的にノートに書き写す。
道徳は必修科目だ。その点、英語や数学と変わらない。つまり、成績で1を取れば進級できないし、大学への進学を推薦で考えるなら良い成績を取らねばならない。
だから、いくらやる気がなくても、ノートを取りはする。ノート提出があるのだから仕方ない。毎回ワークシートの提出がある上にノート提出もある。その時点で面倒だ。
今日の授業資料は『手品師』。絵に描いたような自己犠牲。はっきり言って気持ちが悪い。
担任は手品師の行動を賞賛するが、名も知らない子供のために自分の将来を犠牲にすることが正しいわけはあるまい。自分の将来を棒に振ることが正しいと未来ある高校生に教えるなどどうかしている。
しかし、僕がどう思おうが、担任が賞賛する以上、ここでの正解は手品師の行動を肯定することであるのは明らかだ。そんなことはこの教室にいる誰もが理解している。
だから、今日のワークシートでは誰もが正しい答えを書けることだろう。
『あなたが手品師の立場だったらどのように行動しましたか?』
答えは当然、『手品師と同じ行動をとる』だ。僕は平然と、当たり前のように、心にもないことを書く。それが正しい答えなのだから。
僕は道徳が嫌いだ。
*
月曜日は道徳以外にも家庭科や芸術、LHRと主要教科が少ない。そのお陰でいつもより少し軽いバッグを背負って、放課後に僕はパソコン室に向かった。部活の活動場所がパソコン室なのだ。
パソコン室は職員棟の3階。職員棟と生徒棟は1階のみで繋がっていて、僕の所属クラスである1年2組の教室は生徒棟3階。2階分下がって、2階分上がることになんとなく不満を持ちつつ、パソコン室へとたどり着いた。
パソコン室のドアを開くとそこには赤の上履きが1足。パソコン室は土足厳禁だ。入室の際はここで上履きを脱ぐ。つまり、ここで上履きを見ればパソコン室に何人いるのかがわかる。それに、上履きを見ればその持ち主の学年もわかる。青が1年、赤は2年、緑は3年だ。最後に、この部は各学年に部員が1人ずつしかいない。
だから僕は、パソコン室にいる人物を見なくとも誰がいるのかがわかる。
「大白先輩、こんにちは」
そう言いながら僕は上履きを脱いでパソコン室に入っていった。入り口から最も遠い位置からこちらを振り向いたのは、当然に大白先輩だった。
「うっす」
「部長はまだですか?」
「ああ、なんか今日は遅いな」
大白先輩と対面すると未だに緊張してしまう。なんというか、顔が怖いのだ。それに180cmを超える巨体。気のいい人だとはわかっているのだが、なんとなく威圧感がある。
さて、いつもなら部長は僕より先に部室にいる。うちの担任はホームルームが長い。
僕は大白先輩が座るパソコンから4台離れたパソコンの前に座り、立ち上げた。ここがすでに定位置となっている。
僕は文芸部に所属している。活動内容は基本的に読書。文化祭の時に文集を作るとか、そういう文芸部らしい活動はない。ただ本を読む部活。
パソコンを立ち上げて、文芸部のクラウドにアクセスする。ここには図書室にある本がデータ化されておいてある。学内からしかアクセスできないが、図書室にある本が読み放題。ラインナップは微妙なのだが、本好きとしてこの環境は最高だ。
いつものようにテキトーに決めた本を読んでいると、パソコン室のドアが大きく音を立てて開かれた。
「やぁー、真白菜子が来ましたよー!」
部長のご登場だ。
「遅かったっすね、部長」
「こんにちは、部長」
「おお、大くん。わたしが遅かった理由を聞いてくれるかな?」
部長は大仰にそんなセリフを言いながら、大白先輩の2つ隣のパソコンの前に荷物を置いた。そこが部長のいつもの場所だ。
「別に聞いてもいいっすよ」
部長と大白先輩が並ぶと、部長が大白先輩を大きく見上げる形になる。部長は140cm弱、大白先輩は180cm強あるのだ。これで部長の方が先輩には見えない。
「わたしはね、この部の未来に会っていたのだよ!」
部長は飛び跳ねながらそう言った。この人は、外見も仕草も小学生にしか見えない。部長は子供っぽいと言うとものすごく怒るのだが。身長が低いのを気にしているらしい。なら、まず言動に気をつけろと思う。
「どういう意味ですか」
未来ってなんだ。来年度の予算申請とかか。まだ、5月なのに? 早すぎる。
「ふっふっふっ。なんと!文芸部に新入部員が入部したしましたー。パチパチパチ」
部長はパチパチと口に出したが、拍手は起こらなかった。それが気に入らなかったのか、再度部長はパチパチと言い、仕方なく僕と大白先輩は手を打った。部長はすぐに満足そうに笑顔になった。可愛らしい、もしくは、微笑ましいと形容されるような笑顔。
「この時期に新入部員ってのは珍しいっすね」
もうゴールデンウィークも明けた5月。確かに珍しい。
「わたしの努力の賜物だね」
部長は胸を張ってそう言った。
「部長、勧誘とかしてたんすか?」
「ううん。ぜーんぜん」
部長はまたしても胸を張ってそう言った。
僕も勧誘されて文芸部に入ったわけではない。文芸部は勧誘活動を全くしていなかった。部長は、興味のある人が勝手に入ればいいと思っているタイプだ。僕も司書さんに文芸部の存在を聞かなければ、その存在すら知らなかっただろう。
「それで、その新入部員はどこっすか?」
現在、パソコン室には僕たち3人しかいない。
「あれぇ?紅ちゃんは?」
「いや、知らないっすよ」
「知りませんよ」
すると部長は、ダッダッダッと口で効果音をつけながらパソコン室から出て行った。なんて騒々しい、いや、愉快な人なのだろう。
大白先輩の強面はともかく、部長のテンションには本当に1ヶ月経った今でも慣れない。
パソコン室から出て行った部長は数秒で舞い戻った。今度はちゃんと新入部員と思しき女生徒を連れていた。前髪が長く、なんとなく内気な印象を受ける。文学少女然とした見た目と言えるかもしれない。
「さぁ、紅ちゃん、文芸部にようこそ!」
両手を広げてそう宣言する部長。見た目が小学生なので、まったく様になってない。
「は、はい……えっと」
女生徒は見るからに困っていた。こう、自己紹介とかに慣れていないのだろうし、部長のテンションに翻弄されてもいるのだろう。
「さぁ、紅ちゃん、ここが文芸部本部だよ!」
なんだか部長はとても楽しそうだ。まぁ、部長は基本的に楽しそうだが。
文芸部にはもちろん支部なんてない。口には出さないけれど。
「その部長はちょっと頭がおかしいんだ。今はわけわからんと思うけど、まぁよろしく」
「わたしがわけわからない人みたいに言うなー」
大白先輩がせっかくまとめかけたのに、部長はそれを引っ掻き回す。
女生徒は女生徒で大白先輩に少し怯えているようにも見える。そして、困ったようこちらを見た。こちらを見られても困る。だが、このままというわけにもいかないので、話が進むように声はかける。
「部長、その人、明らかに困ってますよ」
そう言うと、部長は女生徒の方を振り返り、「えっとね!」とわざとらしく話の転換を試みた。やっと話が進む。
「この子が文芸部の新入部員の紅ちゃんだよっ」
その女生徒の身長は160cmほどだろうか、まぁ、少なくとも部長よりも随分高く、部長がこの子なんて言うとかなり違和感がある。
あと、その紹介だと名前がわからない。
「はい。えっと、紅林 葵です。よろしくお願いします」
女生徒はそう言って頭を下げた。紅林とはかなり珍しい苗字だ。それでいて、名前が僕の苗字と同じ音。絶対に忘れない名前だ。
「大白 空也。2年だ。部長の取り扱いについて困ったらなんでも訊いてくれ。よろしく」
「わたしは危険物なのか!? 取り扱い注意なのか!?」
大白先輩の自己紹介に、部長は手足をバタバタとさせながらそう言った。
しかし、部長のそんな物言いは無視することにして、僕も自己紹介をする。部長の取り扱いの基本は無視だ。
「蒼井 陸斗です。1年生です。同じ1年生なのでお互いにわからないことも多いと思いますが、文芸部は大変な部活ではないので楽しんでいきましょう。よろしくお願いします」
僕はそう言って頭を下げた。
「なんか、新任の顧問みたいな挨拶だな」
大白先輩にはそう言われてしまったが、当たり障りのない挨拶だったと自分では思う。
「よーし、これで一応自己紹介は終わったね」
「あ、あの、私、まだ部長さんのお名前を知りません」
それを聞いて、部長は「貴官はわたしに名前を尋ねると言うのか!」などとよくわからないキャラを演じ始めたので、サラッと他己紹介しておく。
「部長の名前は真白 菜子さん。3年生の部長で、まぁ、こんな感じの人です」
部長を紹介するには実物を見せるのが1番早い。と言うより、言葉で説明するのは難しい。強いて言葉で説明するなら、『変な人』だろうか。
「蒼くん、本名ってのは簡単に教えちゃいけないんだよ」
「どのネタですか」
本名を教えてはいけないとか、ありがちな設定だから出典当てができない。
「まぁ、そんなことより、真白菜子でーす! よろしくねっ!」
普通に本名名乗ったし。
「文芸部の活動について説明するね。本を読む! 以上! 文芸部の活動内容はそれだけー。あとは自由」
なんて自由度の高い部活だろうか。その高い自由度を、僕はとても気に入っている。義務は少ない方がいい。
「文集とかは作らないんですか?」
同じ質問を僕も入部当初にした記憶がある。文芸部というとやはり文集を作るイメージがあるのだろうか。
「昔はしてたらしいけど、今はしてないかなぁ。作りたいってことならできると思うけど、今年は予算申請してないから無理かなー」
それを聞いて、紅林さんは「なるほど」と気の抜けた返事をした。活動内容が読書のみ、よく部活として認められているものだ。
「あと、活動場所はここね」
そんなテキトーな部活が、パソコン室などという一等地とも言える活動場所を与えられている。向かいの書道室で活動している漫研に申し訳ない。
「よし! 説明終わり!! でさぁ、せっかく4人になったんだし、トランプやろうよ。大くん、配って配って」
「はいはい」
部長はそう言ってバッグからトランプを取り出し、それを受け取った大白先輩が華麗にリフレシャッフルをする。本当に自由だな。紅林さんが再度困ったように目線を送って来たので、僕はただ肩をすくめてみせた。
その後。部長のノリだけを理由に始まったトランプ大会だったが、それがなかなかに白熱し、下校時刻まで続いた。このお陰で紅林さんもかなり打ち解けたので悪くはなかったと思う。けれど、いったい何部なんだよという感はある。