不穏の時間
「取り調べみたいなことされちゃって、困ったのよ」
校門をくぐったとこで磯貝が話し始めた。それまでは、小川さんに俺と何の話をしたのか、冷静で興味ないふりをして近づいてくるから気を付けてねとあることないこと喋っていた。それまで大した話をしてなかったが学校から離れ始めた時に遅れた理由に関係する事を語ろうとしていた。
「それはよかったな。友達といなさ過ぎて心配されたか」
「それで呼び出しされたことないよ。クラス全員が対象だったんだよ。ホームルームで一人ずつカウンセリング用の部屋に連れいかれて、質問されたんだよ」
磯貝のクラスだけそういうことがあったのか。駅に向かいながら歩き、この二人を見送るために遠回りして帰らないといけないのかと思い少し気持ちが落ち込んだ。
「お前ならすぐに呼ばれるだろう」
「どういう内容で呼び出されたの」
俺と小川さんが同時に質問をぶつける。そういえば、もったいぶってるのか具体的な内容には触れられていなかったな。
「それがね、どうやらいじめがあったみたいでさ。今一人の女子が全然学校来てなかったんだよ。不思議に思っていたけど、そこまで気にしていなかったんだ。その子との関係について色々聞かれてさ。でも、入学したてで全然知らない子だから特に何も答えられなかったんだよ。先生たちは一応いじめが無いか調査してるみたいだな。ちなみに遅かったのは出席番号順じゃなくて、廊下側からの席順だったんだよ。若い番号は窓際だからほぼ最後だったんだよ。取り調べは三分もしなかったよ」
入学してすぐに学校に来なくなる人なんているんだな。よく言われるのは五月の連休明けからとかじゃないのか。五月病にかかってこれなくなるということとは違うのか。高校生になる前からいじめにあってて生活を新たに学校生活を送ろうとしてもうまくいかずに不登校に逆戻りなんて話もよく聞くから珍しいことじゃないんだろう。
「学校来れないなんてなんでなんだろう。ちょっと気になっちゃうな」
大きい交差点で信号が青になるのをまつ。車の通りが激しく切り替わるのには時間がかかる。
「やむを得ない事情ってのがあるんだろう。本人的に色々と難しいんだよ」
「それにしても、わざわざ呼び出すのは変じゃないかな。やむを得ない事情ってやつがあるなら、そもそもいじめのこと疑って生徒をいちいち調べないんじゃないかな」
事前にその生徒がどんな子かを先生たちは知らされているような話は聞いたことがある。注意しないといけない人物には目を光らせているはずだから、過去に色々あったならそれを加味して対応するはずか。小川さんに言われたことを頭の中でもう一度考え直し、納得する。
「小川さん流石だね。俺もそれを疑っているんだよ。つまり、その女子は何の問題もないような子の可能性が高いんだよ」
「て、いうことは、実際にいじめられて学校に行けなくなっちゃったのかな」
信号がようやく青に変わる。ここの信号は青の時間が短いから自然と早足になるように自動的に学習されている。三人とも渡りきったときに丁度信号が点滅された。早足は終わり、またゆっくりと歩き始める。太陽が落ちるのは少し先のようだ。夕方をゆっくり味わえるいい季節だ。
「いじめられてる感じはしなかったし、いじめるような人がいるとは思えないんだよな」
「そんなことわからないでしょ。私も女子のいざこざに巻き込まれて面倒になったことがあるから女子の闇みたいのはよく味わってるよ」
小川さんのようなかわいい人は人から勝手に嫉妬や恨みを買いそうな感じはするな。それなりに苦労してきたんだろう。理不尽を乗り越えながらでも色んな人に優しくしているような人だ。女神か聖母なのかこの人は。
「表立っていじめることなんてそんなにないだろう。学校も始まってすぐだしこっそり嫌がらせみたいなことはされていた可能性は全然あるだろ」
小川さん側の意見に同意する。小川さんと同じ目線に立てば間違いなさそうだ。
「質問された内容が、友達関係のことについてだったからその可能性の方が強いのは確かなんだけどな」
磯貝はいじめがあったのが当然ということはわかっているみたいだ。その上でいじめはなさそうと言った。
「お前は何を気にしているんだ。自分とは関係ないことだろ」
磯貝は何か疑わしいことがあると思っている。なぜそうなのかは全く分からない。いじめが許せないのか、他に気になることがあるのかとにかく不思議だ。
「気にしてるわけじゃないけど、高校生になってうまくいかないって悲しいよな。俺も学校始まって全然友達出来なかったから不安でいっぱいだったよ。もし、うまくいかないのが誰かのせいならちょっと可哀想だなと勝手な同情だよ」
磯貝はわざわざ隣のクラスの俺に話しかけるほど友達が欲しかった。一人で学校生活を送ることに抵抗があった。磯貝は自分自身の行動によってそれを変えることができた。でも、それが他の人から妨害に合ってしまえば学校生活の希望は打ち砕かれるだろう。前を歩いている磯貝の背中が少し悲しみを背負っているように見えた。
「じゃあさ、私達で原因を探ってみることしない」
小川さんの驚きな提案だ。原因を勝手に知らない奴らが探っていいのかわからないが、隣を歩いている小川さんを見る。やる気に満ちた目線を俺と磯貝に送っている。返事を聞くためなのか、帰りの歩みが止まる。もう少しで駅なんだけどな。
「それは面白い提案だね小川さん。色々調べてみたいね」
以外にも磯貝は乗り気のようだ。面倒ごとに首突っ込むようなタイプではないと先入観を持っていた自分の認識を改める。
「関係ない人間がそんなことしていいのか」
女の子のことは誰一人として知らない。まったく知らない連中に気になったから、面白そうだからと素性を勝手に調査されるのは気分のいいものではないだろう。
「それもそうなんだけどさ。困っているなら助けてあげたいよね」
「先生たちが困っていることは解決するだろう。俺達は頼まれてもないし、助けてと言われてもいない」
「なら、本人に確認して手伝えることないかって聞いてみればいいか」
小川さんは何が何でもやりたいようだ。かなり強引な意見で推し進めていこうとする。これは困った確実に面倒ごとに付き合わされそうだ。磯貝も小川さん側だしな。完全に立場が不利だ。
「小川さん、すごいノリノリだね。春も一緒に手伝ってあげよう。どうせ暇だろ」
暇つぶしに人のことを調査しようだなんて罰当たりなことはできそうにないが、この二人の意見に勝てそうにはないな。
「本人から頼まれごとをされたら、いいけどな」
「じゃあ、明日から私が本人に聞いてみるね。その結果次第ではみんなで手伝ってあげようね」
小川さんは何が何でも手伝えるように強引にやりそうだ。それが正しいやり方かは怪しいが、その女の子にも高校生活を安心・安全に過ごす権利と義務の両方を持ち合わせている。こんなボッチ二人と一軍女子で何かできることがあればそれはそれでちゃんとやることはやるつもりだ。まだ、日の光が強く照らされている夕方、三人の悪巧みに近いことが決定された。
悪巧みが考えられてから小川さん独自で動いているみたいだが進展は全然ないようだ。直接本人に話を聞くことは難しいとその日の夜で連絡があった。小川さんは保健室にいる養護教諭の人と仲良くなることから始めているみたいで、毎日通い詰めている。その先生と雑談するまでの中に発展したみたいだが、すでに季節は五月へと変わっており、悪巧みから二、三週間ほどたっていた。ゴールデンウイークをのんびりと磯貝と過ごし、というかほぼ毎日磯貝の家にいき磯貝家の母から熱烈の歓迎をうけ、誕生日以外で食べる機会のないケーキをかなりご馳走になった。夏休みも是非来てねと言われてしまい、磯貝家で勝手に俺が家に泊まる予定を組まされていた。人の家にお邪魔したのは小学生以来だ。久しぶりのことで結構楽しく過ごした。小川さんは別のグループと楽しく過ごしたみたいだ。そのメンバーの一人からいじめの被害者のことを聞けてみたいだ。メッセージのやり取りで教えてくれた。
「元々目立つような子じゃない。でも、学校はちゃんと毎日いってた。
友達もそこそこいた。部活動のことは知らない」
「やっと詳しいことがわかってきたよ。名前は佐野 千代ちゃんだって。磯貝君が知らないからちゃんと聞いておいたよ」
磯貝はごめん、ありがとうと送った。小川さんは情報を手に入れられて嬉しいみたいだがわからないことは多いままだ。
「情報から見るとやっぱり、いじめが原因なのかもしれないね」
小川さんの言う通り、友達がいて、毎日学校に行っていた子が突然来なくなる理由は限られている。いじめかそれか家庭の問題どちらかだろう。小川さんからもう寝たいから、また明日と送られてきて、その日はお開きになった。俺も座椅子からベットに移動して、返信せず寝たのが昨日のことだ。ゴールデンウイークが明けて久しぶりの学校にうんざりしながら登校し、早くも後二時間の授業を終えれば帰れる。今はしばし、磯貝とのランチタイムだ。いつも通り、俺の後ろの席を磯貝が陣取り、俺は横向きながら、コンビニで買ったおにぎりを食べる。今日は母親が寝坊で弁当を作れなかったから、昼飯代金を頂いた。半分ほど使って後は貯金に回そう。話題は昨日のメッセージのやり取りだ。
「今日も、小川さんは保健室に行ったのかな。佐野さんだっけ、とりあえず情報はもらえたみたいだけど本人と会えるのかな」
「今のところ、お昼頃には会えてないみたいだな。もしかしたら、五時間目のタイミングで学校に来るのか、放課後かもな」
100円ほどのおにぎりとチョコチップのスティックパンを食べつくし、紙パックのコーヒー牛乳を飲む。お昼ご飯は少なくていい。いつもの弁当は正直少し多いが、意見を言うと文句と捉えられて弁当が無しになってしまいそうだ。お小遣いでやりくりするのはなんだか気が滅入る。
「放課後は小川さんも毎日立ち寄ったみたいだけど、いなさそうだったみたいよ。毎日来てないのかそもそも学校に来てないのかわからんな」
磯貝も持ってきた弁当を片付け、机に肘を置いて、手のひらに顎をのせている。目線は俺を見ているのか黒板を見ているのか判断はできない。
「学校来てなかったら話も何もできないな。しばらく休んでから学校に来てる可能性に賭けるしかなさそうだな」
「学校に行かない選択をしていたら、どうしようもないから小川さんも諦めるだろうね。というか、なんでここまで張り切っているのか春は何でかわかるか」
ここまで執着する理由は何となくはわかるが、磯貝には話せる内容じゃないから、全くわからないと適当に返答しておいた。小川さんは何かしら刺激のある学校生活を送ろうとしている。行動しないよりもとことん行動して後悔しないようにしたいんだろう。
「一組は取り調べのあった日以来はいじめに関する調査はしてないのか」
取り調べ以降俺のクラスでいじめに関する話は聞かなかった。クラスには聞いたが学年全体に周知はしていないようだ。
「取り調べは特にないよ。他の連中のことはわからん。こっそり呼び出しされている可能性も全然あるけどね」
最初の取り調べで磯貝は関わりなしになったんだろうな。接点がない人は一回の取り調べで大体わかるからな。そういえば小川さんはなんで担任には聞かないんだろう。担任の方が養護教諭の人よりも詳しく知っているだろう。細かく具体的な内容は教えてくれないとは思うが、それなりのことは教えてくれそうだし、先生の手伝いとして協力すれば本人に近づく可能性も上がるだろうに何故そうしないのか疑問がわいた。いじめの捜査をしていることを誰にも悟られないようにしているからなのか表立ったの行動は避けているのか。佐野さんに対する配慮なのだろうか。俺は疑問に思ったことを隙があれば聞いてみよう。
この日の放課後に有力な情報を小川さんから聞くことになる。悪巧みがやっと前に進みそうだ。そもそも悪巧みの目的はなんだろうか。そこをきちんと確認してなかったな。