始まりの時間
毎日を過ごしているということに違和感がある。なぜ明日が来るのだろうか。特別なことではないのかもしれないが毎日は当たり前のように来て当たり前のように過ぎている。人間いつ死ぬかわからないと言われているが、まだ死なずに今まで生きている。そんなことに、違和感を覚えている方がおかしいと思うが、普通そんなこと気にせずそれが当たり前として過ごすものである。
では、何故俺が違和感を覚えた方というと、説明などできない何となくそんなことをふっと思っただけであり、ただ歩いているときにひまだったから思っただけだ。
春の陽気にしては暑く、きちんと着こなした制服を今にでも脱いでしまいたかった。桜の花びらが舞っている中を新しく入る学校に向かって俺は退屈な道のりをしょうもない違和感とともに歩いている。この答えは出そうにないのですぐさま頭を切り替えこれから起こることを考えることにした。これからは入学式がありクラスでの自己紹介もあるであろう。自己を紹介するほどの人間ではないことは自分がよく分かっているがそれでも、やることになるであろう。今までがそうであったからだ。中学の時みたいに自己紹介で滑るやつが高校にもいるのかは多少の楽しみにしておくとしよう。
気付くともうすぐ校門だ。これからどんな生活が待ち受けているのだろう。不安も楽しみも持たないまま俺は校門をくぐった。
長い一日だった。終わった後ではあっという間と感じるが振り返れば長い一日である。入学式では返事をするだけで出番は終わり後は、禿げた校長の長い話で入学式は終了。それから教室に戻り自己紹介をした。クラスのみんなが自己紹介したのは確かだが名前も顔もすでに忘れてしまった。
それからこれからの予定を先生が話て終わった。すぐさま帰ろうかと考えたが何となく教室に残り、何をするでもなくぼけっとしている。さっそくお友達を作ろうと奮闘している人が沢山いてすごいなと軽く感心している状態だ。到底真似することなどできない。
こうやって、何もせずにいるとまるで話しかけられるのを待っているみたいではないか。そんなことに気付いてしまい、そう思われたら恥ずかしいので退散することにしカバンに手をかけ席を立とうとしたその時、声をかけられた
「伊藤くんだよね?もう帰るの?急いでなければ連絡先交換しない?」
声の主を見ると顔立ちの整った子で先ほどからクラスの人に話しかけていた人だった。俺にも話しかけてくれるこの人はとてもいい人なんだろうと思いつつ、二つ返事でオッケーを出し連絡先を交換した。
恐らく人生で初であろう女の子と連絡先を交換するのは、中学時代は携帯を持っていなかったので高校生活の最初でこんなハッピーなイベントがあるなんて思いもしなかった。終わってから残っててよかった。
名前は小川 千春さんと言っていた。連絡先を交換した後、クラスの専用のグループに招待され、何となくだが入っておいた。大事なクラスでの連絡はグループを通じて行われるはずだし、入っておいて損はないだろう。学校初日から可愛い子に話しかけらるなどこれは夢の青春の始まりなのではないかと考えつつ俺は家路についた。
授業が本格的に始まったのは入学式から三日ほどたってからだった。それまではなぜかテストの連続である。高校入ってからすぐテストは辛かった。クラスの雰囲気はぎこちないが、部活が同じもの同士、すぐに意気投合した人同士のグループが既にできていた。学校生活におけるグループの所属場所は結構大切みたいで今後の学校生活が決まると言ってもおかしくないらしい。らしい、というのは俺はそうやって誰かのグループに入ったことがなく、いままでそれぞれのグループと仲良くしていたからだ。どこにも所属しない理由はなく何となくいつもそうやって過ごすことになるのだ。今回もそういう風になるのかは怪しいが。
ちなみに俺は部活動には入らない。グループに所属するには手っ取り早いしすぐに友達もできるという利点が部活にはあるが練習は非常にめんどくさいものなのでやりたくはない。現時点では友達はいないがそのうちできると信じている。小川さんと仲良くはなりたいがそれはおそらく不可能なことだ。こんな底辺な男など彼女は相手にしないと思う。出席番号順に並んだ席で窓際の前から三番目の席でひそかに友達募集、話しかけてきてオーラを出すことにしようと決意し日々を過ごすことにした。話しかけてきてくれた勇者とも呼ぶべき心優しい人が現れたのは入学から一週間と二日ぐらいたった時だった。
お昼めしを食べ終えて手持ち無沙汰になったので頬杖をついて窓の外を眺めて飛んでいる鳩の数を数えているときだった。
「あのさ、君いつも一人だね」
またしても不意に声をかけられた、声をかけてくれオーラは今出していたか定かではないのに話しかけてくれた人はだれかと声のする方を見た。そこには男にしては小さくそこらのちょっと大きい女子には背が負けてしまいそうな男が立っていた。
「今背が小さいと思ったろ、初めて話す奴はみんなそのことを言うんだよ」
ちょっと不快そうな顔でそう言った。どうやら背のことは気にしてるらしい、そのことをちょっとでもフォローでもしようと思い。
「高校生になっても背は伸びると思うから諦めない方がいいと思うよ」
と言ってあげた。すると笑いながら
「伸びなかったら責任とれよ」
と言われた。責任などどうやってとるのか全く分からない。まあ、深い意味はないだろう俺も適当に返事をしただけだしな。
「そういえば名前分る?俺の名前」
残念ながら俺は人の名前をすぐには覚えられない。名前だけでなく顔もだが。俺は素直に知らないと答えた。
「俺の名前は磯貝 真、よろしくな伊藤君」
名前を言い、俺によろしくの握手を求めてきたのでよろしくと返し磯貝と握手をした。これが俺の高校第一号の友達の誕生の瞬間だ。実に普通でなんてことはない。だが、不思議なことがある。
「磯貝君は何組なの?」
普通に考えたらわけのわからない質問かもしれないが、彼の名前は磯貝だ。そして俺の名前は伊藤だ。
磯貝が俺と一緒のクラスであれば俺より前の席にいなければおかしい。この席は出席番号順に並んでいる。俺の前の席二人は女子なので彼は他のクラスの人であるということになる。たとえ、前の席の人物が男だとしても流石に名前を知らないことはないであろう。
「そうだ言ってなかったな、俺はお隣の一組だ。あと、呼び捨てでいいよ」
「なんでわざわざ隣のクラスの二組の俺に話しかけてきたんだ、一組のやつに話しかければいいじゃないか」
「そんなつめいたいこと言うなよ。すでに色々なグループが出来ていてさ話しかけづらいんだよ。だから、他のクラスに行って一人ぼっちの奴を探して話しかけたの」
「他のクラスにぼっちはいなかったのか、俺だけだったのか」
「あんまり遠くのクラスだと授業の先生が違ったりするし、お隣だと授業は同じ先生だろ、ちょうど一人ぼっちの君がいて話しかけるタイミングを待っていたのよ。そしたら今日の芸術科目の書道一緒でさこれは運命と思って話しかけたのよ」
芸術科目とは、音楽、美術、書道に別れておりたまたま同じ書道をとっていたみたいだ。そんな理由で話しかけてくるって変な奴だな。それに磯貝は俺から教科書を借りようとたくらんでいるようだ。
「実はさ、俺今まで友達いたことなくてどうやって話しかけていいかわからなくてさ、自然に声かけようと思ってもどうも不自然になると思って声かけられなかったんだよ。かけられるのは得意だけどな。」
磯貝は少し困った顔をしてそう言った。声をかけるのが苦手な人は常にかけらる方の立場になって考えてしまうためいきなり声かけたらキモイよななどと余計なことを考えてしまうものである。彼もその一人であろう。
「それは俺も同じだな、今までで声をかけたことなど手の指で数えられるくらいだ」
それでも友達と言えるものはできたし、案外待ってるだけでもなんとかなるものなのだ。今の状況でそれはあまり通用しないが。だが、磯貝の勇気があったからこそ俺は友達ができた。ありがとう磯貝と心でひそかに感謝した。
「そろそろ、お昼の時間終わるから失礼するわ。それじゃ放課後教室に残っていてな」
そういうなり、磯貝は教室を出て行った。どうやら彼の予定には放課後一緒に俺と帰ることが決まっているらしい。まあ、一人で帰るより話し相手がいた方がいいよな、一人で脳内会議しながら帰るのも飽きてきたとこだしな。
放課後となり俺は磯貝の言うとおりに教室で残っていた。彼は約束通り教室に来た。
「それじゃ帰ろうぜ」
俺はその言葉に従いカバンを持って席を立った。
俺の家は学校と同じ地区にあるのでそんなに遠くはない。磯貝はどこから通っているのか聞いたところ電車で学校まで来ているらしい。満員電車はきついくうんざりしていると言っていた。俺の家は駅には少し遠いのですぐにお別れだなと言うと磯貝は
「せっかくだし駅のとこで遊んでいこうぜ。健全な高校生は寄り道など当たり前だよ」
無駄にいい笑顔で言いやがった。正直家を通り過ぎて駅方向に向かうのはめんどくさいが高校初めての友達の誘いなら断るわけにもいかない。俺は渋々了解した。
一人で帰っても寄り道ぐらいしたことはある。ゲームセンターによることもあればコンビニでお菓子を買うこともした。だが、誰かと寄り道というのは初めてだ。どこに行くのがいいのかわからない。
「どこに行くのか決めてるのか」
「ファーストフードでいいでしょ。オシャレなカフェはハードルが高い」
確かに、駅前にはオシャレなカフェが沢山ある。そこには輝いて見えるいわゆるリア充が多くいる。その中に入っていけば場違い感が出て肩身が狭い思いをする。我々のような地味な少年はファーストフードのような場所がお似合いだ。
俺達は有名ハンバーガーのファーストフード店に入り各々注文し窓際の席に座った。店内は俺達以外の学生も放課後の寄り道を友達と楽しんでいる。少し騒がしく、学校にいる時と気分があまりかわらない。
「意外と人がいるんだな」
席に座ってからお互い無言で気まずいので話を振ってみた。
「やっぱりみんな寄り道するんだな。俺は即帰宅してたからな」
「寄り道したことなかったのか。あんなこと言ってたから当たり前にしてると思ったよ」
「友達がいなかったからな。寄り道するよりゲームをいち早くしたかったからな。だから、こういうのが夢だったんだ」
ずいぶん小さい夢だなと思ったが口には出さなかった。規模の問題じゃないからな夢は。
「ほんとは男じゃなくて女の子がいいけどな。できれば、彼女とかね」
「友達もまともにできない奴が彼女なんて夢のまた夢じゃないか」
「そんな正論で返すなよ。傷つくだろ」
「目標があることはいいことだよ」
フォローになってないよと言われ、そこから会話が途切れた。これ以上会話を広げる事は出来なさそうだ。お互い無言の時間が続いたがそれを気にする様子もなく携帯を眺めている。俺も外で行きかう人々を右から左に左から右に眺めていた。そうやっているとやたらとこちらを見てくる人物がいる。かなり容姿がいいので俺が自然と合わせているのかと思ったがそんなことはない。無理に見ないようにしようと意識するからだ。その人物は俺たちと同じ店に入り、俺たちのいる席に近づいてきた。
「おっすー。何してんの伊藤君」
同じクラスであり、俺が最初に連絡先を交換した小川さんである。
「見てのとおり寄り道だよ。小川さんは帰り?」
「そうそう帰ろうとしたら伊藤君と目があったから声かけちゃった。一緒にいる方は友達?」
「はじめまして。一組の磯貝 真です。よろしく小川さん」
俺の時より元気のいい自己紹介だな。そうなるのは当然と言えば当然か。
「よろしく。私のこと知ってるの?」
「そりゃ、どこでも噂になってるよ。めちゃめちゃ美人で有名だからね」
そうなんだと小さい声で少し引いた様子で返事をした。名前が独り歩きしているのか。怖いな。だが、そんなことを磯貝君は気にしていないようで
「連絡先交換しよ。俺の第二の友達になってよ」
と、言い出した。なんで今まで友達がいなかったのか不思議なコミュニケーション能力である。初対面の女子にいきなりそんなことは聞けない。
小川さんはいいよといい、携帯を取り出し二人は連絡先を交換した。
「おお、ありがとうね。これからもよろしく。」
「こちらこそありがとう。二人ともよろしくね。」
一応俺も友達としてカウントしてくれているのか。なんて優しい方なんだ。クラスでは常に周りに人がいるような方は出来た人間なんだと実感した。
連絡先を交換したら小川さんは注文して席に座った。それから、磯貝のテンションも上がり、俺と二人だったときの静かな時とは変わり積極的に会話をしている。主に小川さんとの会話が盛り上がっていく。磯貝は俺のことを時々思い出しながら話しかけてくれた。俺はたまに小川さんにパスを貰ったり適当に相槌を打ったりして参加した。磯貝が見ていた夢は意外とあっさり叶ってしまったようだ。
まだ、友達といえるかわからないが放課後に寄り道をしておしゃべりをして過ごすことになるとは思いもしなかった。こういう最初の出会いが高校生活、青春の始まりの瞬間なのだろう。何とか俺でもスタートを切れたようで良かった。