手のひらの幸運 2
求人誌の小さな地図だけで、難無く来ることが出来た。
その店の前に着いたのは面接時間の10分前だった。
なのに、店の中は暗くて誰もいない。
どうみても休みの様子だった。
そのまま店のドアの前でしばらく立ちつくしていたものの・・・。
とりあえずドアをガチャガチャやってもみたけど、
勿論閉まっていた。
時計を見たら、もう少しで面接時間の13時だ。
(ウソでしょ〜!?もしかして間違えたぁ!?)
店の正面に出て、慌ててまた小さい地図を開いた。
求人誌の切り抜きを見ても会社名だけしか掲載されてないみたい。
この店の名前は・・・。
店のガラスに白い文字で書かれたロゴを見てかたまった。
COMME des .....
店の名前じゃない!!これ・・・ブランドだ。
どっかで聞いたことある、見たことある。
オートクチュール!?・・・パリコレあたり!?
(やばっ!!間違えてるぅ〜)
泣きたくなった。
その時、私の背中側から
『いやぁ!!ごめんね〜!!ほんとにぃ。』
って男性の大きな声が聞こえて、思わず振り返った。
そしたらマウンテンバイクにそれぞれ乗った男性と女性が
私の方に走って来た。
『面接だってのに、面接官が遅刻なんて最低だよね。
いやぁ、申し訳ない!!』
そういいながら、二人はマウンテンバイクから降りると
急いで、それを店と隣のビルの間に駐車した。
私はただ唖然と眺めていた。
女性は私を見るとニコリと笑って軽く会釈した。
慌てて私も。
全身、黒でまとめた服装。
髪はかわいくアップにしててすごくかっこ良かった。
『こっちのビルの中でしますからぁ。どうぞ!!』
男性にそういわれ、隣のビルの入り口に行くと
そこに、女の子が一人立っていた。
『あっ!!貴方がもう一人の方だね!!ほんとにお待たせして・・・。
今日は、うちの服で来てくれたんだねぇ!!ありがとう!!
それにしてもすごい上手に着こなしてくれてるね〜。』
その子は多分20歳前後だったと思う。
女性と同じく、全身黒っぽい服装のコーディネートは
ほんとにおしゃれでセンスの良さをうかがわせた。
その時点で私はもう白旗を掲げた。
どうやら面接の場所に間違いはなかったらしいんだけど
会社の選択を確実に間違えてしまった。
『それでは、こちらの方から行います。
貴方はしばらく、ここでお待ちくださいね。』
女性がイスを持ってきてくれた。
座ってしばらく、もう緊張もドキドキもしてない私だった。
この私の服装自体、不採用決定確実。
そのとおり!!とばかりに、待ち時間も大して無かった。
そりゃそうだよね。
『どうぞ!!』
って声がしたので私は入っていった。
比較的大きなテーブルが置いてあった。
促された席に会釈して座った。
男性は名刺を差し出して挨拶すると、
再度申し訳なさそうに時間のことを
謝ってきた。
履歴書を渡すと社長は早速広げて一通り目を通した。
『うちを選んで下さったのはどしてかなぁ?』
私は、自分の今の状況を話した。
勿論かずやとの同居以外のことだけど。
なので、なるべく早急に仕事を見つけたいこと、
職種が自分にあって通勤が便利と思ったことなどを話した。
『うちの扱ってるブランドは知ってる?』
多少知ってるけど、今日来てビックリしたって素直に言った。
だってデザイナーが誰かも知らない。
社長は私に、別のブランドもいくつか
デパートに展開しているんだと説明した。
そこに派遣して働いてもらう予定だと。
社長は私に質問こそしなかったけど、
それぞれのブランドのコンセプトがどぉとか
すごく熱く語ってくれたわけで・・・。
でも聞いてて全然窮屈な気がしなかった。
社長はすごくオシャレなうえに
何となく気高そうな印象にも見えたのだけど
話は面白おかしく、ざっくばらんな性格みたいで
とても好感が持てた。
『離婚はなかなか力がいるもんだよね。
実は僕もいろいろ経験してるからわかるんだけど・・・。
でもさぁ、どうなの?
その、元旦那さんというか、まだ一応旦那さんか(笑)・・・
見返すぐらい貴方
素敵になってみたら!?』
『ぁ、はい・・・。』
(ま、そりゃさぁ・・・。)
『今の貴方を見てみるとね・・・。』
社長は大きな目で私をまじまじと見ながら
『率直にいうとね。
なるほど・・・育児してたんだろうかなぁ。
主婦してたんだろうかなぁ・・・
って思える雰囲気も少しまだ持ち合せてるわけ・・・。
ちょっとね、その髪型にしても、もっと貴方には
似合うものがある気がするんだなぁ。
髪型ひとつでガラリとイメージが変わると思うんだよぉ!!
思い切って変えてみたらどぉ?』
『そっ、そうですか・・・。』
(あ〜もう散々・・・。そぉ出来るものならやりたいよっ!!)
『だけどぉ・・・これからぁ
働くことによって、いろんな可能性が広がると思うからね・・・。
だからこそ、是非、貴方を応援したいと思うんだ!!
ウチのほうで働いて頂けたらと思うんだけど
どうですかね?(笑)・・・・。』
『えっ〜!?
ほんとにですか?!』
信じられなかったけど、私は採用になった。
仕事始めは、
私が近々引っ越す予定があると伝えたら
それが片付き次第ってことにしてくれた。
とりあえず三ヶ月間は研修期間で、すぐ近くの
デパートの中にある店で働くことになった。
『もしこれから時間空いてたら、さっき僕と一緒にいた
お姉さんがいるでしょう?あの人と一緒に制服にする服
選んどいてもらえないかなあ。』
こうして、その日のうちに制服まで選んだ。
三ヶ月といえど、働く以上はその店の服で
トータルコーディネートする為、私の制服代は
約5万位になった。
マイナス5万からの出発は確かに厳しかったけど
大きなショップ袋を抱えて帰る
私の気分は明るかった。