樋口くん
次の日の夕方、まだ帰らないはずの時間にかずやはバタバタと帰ってきた。
『すぐ前の空き地に車停めたからすぐ行こう。』
っていうから私は慌てて出かけることになった。
『あや!俺、ツレと待ち合わせしとぉ〜けん。そいつ今日ヒマらしいけんさ
引越し手伝ってくれって頼んだら、かんまんてよ。メチャついとったな(笑)』
『え〜っ!!引越しって!?・・・。ツレっていわれても・・・。』
『この車に荷物なんか、ほとんど載らんだろ。アイツので運んでもらうんよ。』
かずやが言うまで私、荷物の運搬のことなんて全く考えてもなかった。
旦那に自分のもの運び出せといわれても、パッと浮かんだのは私の服や化粧品や
小さなものばかりで。
正直言えば、旦那のもとから、県住から、去っていく覚悟なんてしているわけもなくて。
旦那とは、売り言葉に買い言葉で・・・。
なのに、なのに・・・なんだか・・・。
急にすごく不安になってきた。
『かずや!そのツレの人さぁ、絶対びっくりするよ!!県住連れてったらさ・・・
引越しっていうか・・・まるで夜逃げ!!それも主婦の夜逃げの手伝い!?って!!』
『いけるよ。大体説明しといたし。確かにアイツびっくりしたけど(笑)』
津島の大学通りを走り、レンタルビデオ屋の駐車場に入った。
一人の男の人が車の横に立ってタバコすってるのが見えた。
車が停まった途端、その人がこちら側に歩いてきた。
かずやが窓を開けると、
『こんばんは。』
って挨拶してきたから、慌てて私も挨拶を返した。
ちょい薄暗くて顔はよく見えなかったけど背が高くて
がっちりした感じの人。
かずやも車を下りてタバコ吸い始めた。
二人でなにか話してて、窓は開いてるけどカーオーディオの
せいでよく聞こえなかった。
突然その人が
『あのぉ、何歳なんですか?』
って聞いてきた。
『えっとぉ・・・26です!!』
『へぇ〜』
ニヤリとしてかずやを肘で小突いてる。
かずやが
『あやぁ〜そうやったっけぇ?(笑)』
『ウソ!!29なんですよ。私・・・』
って言ったら
『ぁ・・・えっ〜!?』
覗き込んで見る姿に爆笑。
『俺、樋口って言います。よろしくです。』
『神野あや子です。ほんとに・・あの今日は突然すみません・・・。』
『ぁ、いえ・・・』
『んじゃあ、そろそろ行こ!!樋口ぃ、ついてきてな!!』
かずやはそういうと車に乗り込んできて、私に携帯を差し出した。
『もぉ、かけといたほうがえんちゃう?』
『そ、そうだね。』
かずやの携帯は液晶になってて、かけるのに戸惑ってる私を
見かねてさっと携帯を取るとサッサっと操作してまた渡してくれた。
呼び出し音が鳴って三回ほどですぐ旦那が出てきた。
『もしもし・・・これから行こうと思うんけど・・・』
『わかった。すぐか?』
『ううん。三十分くらいで着く・・・。』
『後10分したらワシは出とく。終わったらまた電話せえや。』
『わかった。』
つっけんどうな言い方で淡々と用件のみ話して切った。
『なんて?』
かずやが聞いてきた。
『旦那そろそろ家、出とくって。』
『ふーん。』
かずやは差し出した携帯を受け取りながら
『樋口って俺の大学んときのツレでな、俺ら大学は違うんけど
同じガソリンスタンドでバイトしとって・・・。アイツは愛媛出身なんよ。
同じ四国やけんってのもあってスゲぇ仲ぇ〜やつでさ・・・』
そのあたりまでは言ってたのを覚えてる。
『な、あや!?聞いとぉ?』
『へ!?あぁ・・・うん。』
その時、私はまた胃の辺りがキリキリ。
心臓はバクバクして、かずやの話を聞く余裕なんてなかったんだ。