忘れられない言葉
びっくりするほど人通りの少ない路地だった。
歩いてたのは私一人で、誰とすれ違うことも無かった。
数分歩くと突き当たりで、その建物はパチンコ屋だった。
その横をすり抜けるとそこはもう、西口前の通りだった。
たくさんの行き交う人、行き交う車、あらゆるところから聞こえてくる音。
静かなところから、いきなりその中にほうり込まれた私。
漂ってくるカレーの匂いに包まれて、思わず立ちくらみしそうになる。
とにかく電話・・・。
カレー屋の隣のコンビニの前に電話はあった。
『はい、清野です。』
『キヨちゃん、私。』
って言った途端、
『あやちゃん!!!今どこよ!!?ほんとに心配で・・・いったい何が起こったわけなん?』
そこからはガンガン!!ガンガン!!
キヨちゃんから質問、口撃されたわけなんけど
私もどこをどう説明していいやら頭はもちろん、気力も・・・追っつけずで・・・
キヨちゃんもそんな私から一向に満足な返答が帰ってこないことが
もどかしくてたまらないようだった。
あれからスグに旦那と子供も出かけて、今朝、旦那だけ県住に戻ってきたと
キヨちゃんは教えてくれた。
『で、あやちゃんは今日もその知り合いのとこにおるつもりなわけ?』
『・・・。う・・・ん〜。』
『今日さ、旦那さんは、なに勤務?』
『夕勤。たぶん4時半くらいに出てくと思う。』
『事情はどうであれ、旦那さん今朝帰って来たってことは仕事は行くね。多分。』
『だろうね。』
『ね、あやちゃん!!とにかく戻ってきなよ!!っていうか、うちにおいでや。
とにかく私も話したいしさぁ・・・。ぁ〜私が車運転できたらスグ迎えに行くのになぁ〜。
あやちゃん!!お金とかは大丈夫なん?!』
『一応サイフだけは持ってきたんだ。多少あるかな・・・。』
『じゃ!!とにかく今から戻ってきなよ。ね?』
こっちにいても何もできるわけじゃなかったし、かずやも夜まで帰らないし。
私はそのままバス乗り場に向かった。
県住入り口のバス停に着き、その前の店の公衆電話からキヨちゃんに電話した。
鍵は開けてるから、入ってくるよう言われて歩き出したものの、
なんだか胃がキリキリ痛み、嫌な緊張感に襲われた。
ベランダに洗濯物が干され、開け放たれた窓から掃除機の音が聞こえたり周りは
いつもと何も変わらない日常だった。
でも見上げた私の家は窓もカーテンも閉ざされたままだった。
近くに人がいないとわかると小走りでキヨちゃん家に。
玄関をバタンと閉めたら、キヨちゃんが
『お帰りぃ。』
って迎えてくれた。
『・・・ただいま。ごめんね・・・。』
『どーぞ。今コーヒー入れるな。』
フラフラと上がり込みテーブルにつくと、私はそのまま突っ伏してしまった。
『大丈夫?なんか今日ちゃんと食べた?』
テーブルにマグカップがコトンと置かれた。
私はスクッと体を持ち上げて
『ありがと・・・。』
って言うとキヨちゃんが向かいに座ったと同時に
『彼氏がいるんだ・・・。』
って切り出した。
キヨちゃんは一瞬時間が止まったみたいな顔をした。
『・・・そ、そうだったん。それじゃあ昨日は彼氏のとこに?』
いたって平静にしようと、キヨちゃんは思ったのかもしれない。
『そう。』
『何歳なん?彼氏。』
『24。』
その途端キヨちゃんは平静を失ったらしい。
『2、24!?何で!?・・・
いったいどこで知りあったんよ!!!』
『・・・・・・。』
少しの沈黙の後、
キヨちゃんが突然何か思い出したみたいに
『ね、あやちゃん・・・まさか!?』
『違うんよ!!そんなんじゃなくって!!』
とっさに否定してしまった。
なんだか気まずい空気が流れてキヨちゃんも黙り込んでしまった。
私から
『昨日はほとんど筒抜けだったでしょ?』
って聞いたら
『うん。さすがにね・・・。すごいケンカしてるなって・・・。
そしたら子供の泣き声が聞こえてきて・・・。
私ね、ほんとお節介だと思ったんけど・・・その泣き声聞いてたら
正直・・・頭にきてさ!!
あんたたち何やってんの!?子供の前で!!って。
いてもたってもいられなくなってね、言いに行こうと起き上がった私を旦那が必死に止めててね・・・。
そうしたら、あやちゃんが外に出てきたから・・・』
私は聞きながら涙がボロボロこぼれた。
その後キヨちゃんに昨日のことをありのまま話した。
『だけど・・・このままスグ離婚てのは有り得んと思うよ。
子供だっておるわけやしさぁ・・・。
だいいち、あやちゃんだって、彼氏のとこに
このまま転がり込んで住めるわけじゃねえじゃろ?』
『うん。それはね・・・。』
かずやの住んでる場所のことや部屋の話はしないでおこうと思った。
キヨちゃんがなんていうかなんてリアルに想像できた。
『やめときなよ!!絶対っ無理だから!!』
たぶんね。ううん、確実。
ドタン!! 上のほうから音が聞こえた。
キヨちゃんと顔を見合わせ、ほとんど同じタイミングで時計を見た。
4時20分。旦那だ!!
『やっぱ仕事行くね。』
『子供はどこに?』
『旦那の実家だと思うんだ。お母さん仕事休んでるのかもしれない・・・。』
『子供のことにしても、一時的にあやちゃんと引き離せてもずっとなんて
絶対無理だと思う。旦那さんのお母さんも働いとるわけじゃろ?
子供にはあやちゃんがまだ絶対必要!!』
『・・・でもさ。旦那にとってはそうじゃないかもしれないよ。』
『旦那さんはともかくさ・・・。』
『お母さんが突然おらんようになるなんて・・・子供たちはこれっぽっちも・・・
想像さえ・・・してないと思うよ・・・』
キヨちゃんが言ったその言葉が忘れられない。