記憶のかけら
黄色点滅信号、激しく行き交う車、元気に響き渡る子供達の声。その中に二人の生活は小さく存在し、そして・・・。
結婚してしばらくは子供に恵まれなかった。
ずっと販売の仕事をしていたからそのまま何となく仕事を続けていた。
旦那は三交代勤務の仕事で不規則な生活を送っていた。
どこにでもあるような平凡な家庭生活、平凡な私だった。
仕事にやる気を見入出せなかった私は同じ職場の女の上司に何考えてんだかよくわかんない女という陰口をたたかれ始めたと同時に何の未練も無くあっさりと仕事を辞めてしまった。
しばらくは、はつらつと働く姑の反応なんかも気にはしていたがそれはすぐに解消された。
私は妊娠したんだ。
つわりはことのほかツラかった。
それを乗り越えるとどこまでもどこまでも太った。
きれいなマタニティー生活なんて全く頭になかった。
やがて私は無事男の子を出産した。
子供はことのほか可愛かった。
溺愛という言葉の意味を身をもって知ったのだ。
それと共にだんだん旦那のことが煩わしく思えるようなそんな日常になっていた。
長男が三歳になろうかという頃、二人目を妊娠。
同じようなマタニティー生活を過ごした後、待望の女の子を出産。ますます育児に明け暮れた。
県営住宅には住み慣れてきてはいたけど仲の良い付き合いも無く、仲の悪い付き合いも無く
要するに親しい知り合いも友達もいなかったんだ。
県営住宅のそばには閑静な住宅が並び、まわりはキレイに歩道が整備されていて、それは広い公園、図書館、スーパーなどへと繋がり、毎日天気さえ良ければ子供と私は散歩に出かけた。
散歩からいつものように帰ってきたところで、我が家の下に住む奥さんが声をかけてきた。
その奥さんとは挨拶程度であまり話もしたこと無かった。
その奥さんにはまだ子供がおらず同じ棟内に同じくらいの年齢で同じく子供のいない奥さんとすごく親しげだった。
後で聞いたところによると二人共、不妊の悩みをかかえていたらしい。
『大きくなったね。』
話かけられた日から、何となくちょくちょくと会話をするようになって、そのうち一緒に買い物に出かけたりお互いの家を行き来するようになった。
旦那のことや家族のことまで結構いろいろ話せる仲になっていった。
私は彼女の清野という名字からキヨちゃんと呼ぶようになり一層親しくなっていった。
キヨちゃんはいつもほぼすっぴんでほんとに色白で肌がきれいだった。
ぽっちゃりとしてて丸っこいメガネをかけて優等生タイプのおとなしい印象の女性だった。
家の中も整然としていて私からは大変優秀な主婦の代表に見えた。
『じゃ、そろそろご飯作んなきゃ。またね。本日もお邪魔しましたぁ。』いつもの調子で
重い腰をようやく上げた私にキヨちゃんが
『なぁなぁ、あやちゃん。レディコミってしっとる?』って聞いてきた。
(レディコミ・・・マンガ?)
『なんか・・・そこのスーパーの端っこにあるマンガ?』
『うん、そうそう!!ちょっと・・・てかエッチなやつ・・・読んだことある?』
『ない!!』
『読んでみるぅ?』いたずらっぽい眼差しでキヨちゃんが聞いてきたと同時に私は
『読みたい!!』即答した。
レディコミごっそりの紙袋を片手に子供の手を引き、私は家に帰った。
キヨちゃんとレディコミ・・・。全く似つかわしくない関係。
キヨちゃんはエロとは関わりを持たない。
そんなオーラを放ってるふうに見えたのにな。
旦那には見つかっちゃいけないと思いながら押入れの隅に紙袋を隠し、夕飯の支度をした。
なぜかすごくワクワクして楽しい気分でいた。
初めて開くレディコミはやたらめったらエロい雰囲気をかもし出した。
内容はモチだけどこれをキヨちゃんが読んでたわけだ。
そして私が借りてこうして見てるってこと。
エロ気分MAXに突入した。
一冊、二冊と見るうち、しつこく出てくる広告。そのうちレディコミの内容よりも
その広告内容に自然と私は吸い込まれていった。
(在宅の仕事 テレフォンレディー お気軽にお問い合わせください・・・・・・これって
何?)
興味を持ち始めたらどんどん気になり始めてもう止まらなかった。
24時間受付・・・旦那が夜勤の日を待って私は電話をかけてみることにした。
心臓の鼓動が聞こえてきそうなどきどきの中、私は電話をかけた。
(どんなものなのか聞いてみるだけ。聞いたらそそくさと切ってしまお。)
2、3回の呼び出し音の後
『はい。こちらコールセンターです。』
事務的な男性の声。
(うわっ!!男の人!?まいったな・・・)
即効がちゃ切りしたい自分を半分抑えながら
『あっ、あの・・・お仕事の広告を見て・・・』
『はい。レディコミか何かをみられてですか?』
『えっ、はい!!』
『有難うございます。それでは早速ですがお名前を?』
『あっ、はい!!!神野です!!』
(とっさに本名いっちまった!後悔!!)
『下のお名前もお願いいたします。』
『神、神野あや子です。』
『神野あや子さんですね。お住まいはどちらでしょうか?
県名のみでかまいません。』
『岡山です。』
(なんでそんなに矢継ぎ早に質問してくんの)
『それでは年齢をお願いします。』
『えっ〜、あ〜26・・・です。』
ここらでヤバイっと思った私はとっさにさば読みした。
『それでは干支を?』
(え・え・え・え・え・えとぉ〜!!!!)
『・・・。わかりません。』
『・・・・・。あ、そうですか。えっとぉ、一応これで受付ということで。明日、担当者のほうから直接お仕事内容等お聞きください。明日お電話差し上げてもかまいませんか?』
(ン〜もう!!どうにでもなれ〜)
『○○○○ー22−○○○○です。』
『こちらは岸田と名乗りますので。よろしくお願いします。』
『あっはいっ・・・。よろしくお願いします。』
電話を切ったのに一層心臓はバクバクしてた。
(な・なんだったんよっ。一体・・・。明日電話かかってきたら
断ろっ。)
その夜はなかなか寝付けなかった。
次の日の午前中、岸田と名乗る女性から電話がかかってきた。
『昨日はお電話有難うございました。早速お仕事についてのお話なのですが
失礼ですけれども年齢の件ですが・・・』
(いっ、いたいっ!!)
『本当の年齢をお聞きしても良いですか?』
『あっはい・・・29です。』
『干支は?』
『戌です。』
『・・・。どうして昨日は嘘つかれたんですか!?』
明らかに怒ってるような口調だった。
『あっ、初めてで・・・。動揺しちゃいまして・・・。すみませんっ。
』
『そういうことされますとお仕事して頂けなくなるので・・・。
これからはやめてくださいね!!』
『あっはい。すみません!!』
『それでは・・・
それからの彼女は本当に親切丁寧に仕事内容を説明してくれた。
・・・何か質問等ありますかね?・・・初めてなのでやってみないとわからない部分
もあると思うのでそんな時はいつでもコールセンターに電話をしてくださいね。』
その日を境に我が家の平凡な電話は私の大事な秘密の仕事道具となった。