うつ伏せ
うつ伏せ
僕の余命が宣告されたとき、誰よりも悲しんだのは姉だった。
「まだお若いのに、かわいそうねぇ」
病棟の廊下で密かに話す声が、冷たい床を通って聞こえてくる。
「そういうことは、言わないほうがいいですよ。ほら、あの人の病室ってすぐそこでしょう。間違って聞こえでもしたら、大変ですよ」
「何をおっしゃるんですか。もう何も聞こえてやしませんよ」
「いや、分からないですよ。そういった部分に関しては、まだ診察されてはいないんですから、もしかしたら」
「いやいや、たとえこの話が聞こえていたしても、ちゃんと言葉を理解しているようにはどうにも思えません。何も心配することなんてありませんよ。それよりも、親族の方に聞かれる方がよっぽど心配すべきことではないでしょうか」
「親族の方、ですか。そういえば、親族の方が一度もいらしてはいないように思いますが」
「そうみたいですね。何しろ両親はとっくの昔に他界しているようですし、弟さんも病気がちでそれどころではないですからね。仕方ないかと思います」
「あれ、そうでしたっけ。とっくに退院しているものかと思っていましたが、あの子もそれほど重度な病気を抱えていたんですかね」
「知らなかったんですか。何やら身体硬化症の病だとか何とかで、結構前から噂にもなっていましたよ」
「さあ。僕はそういうの疎いので。硬化症の患者がいただなんて、今初めて知りましたよ。何号室です」
「確か、いや。ここですね」
病室の扉が開く音が聞こえる。続いて、近づいてくる足音。先ほど話をしていた病院の人たちだということは、考えずともすぐに分かった。
「彼がその、硬化症の少年です」
「どうやら話を聞いていたみたいですね。当然といえば当然ですが。いやしかし、驚いたなあ。硬化症の少年が、うつ伏せになっているなんて」
「たしかに仰向けにして寝かせておいたはずなんですが」
うつ伏せ 終




