juliet -63- ~日輪 蓮side~
「…………え?」
「だからっその、嘘を……」
「あんなに嫌がってたのに?」
わけがわからないよって顔で平井さんは俺を見る。
「うん。君には、聞いて欲しい」
「……いいよ」
「俺の嘘は
ガチャッ
急にドアが開いた。
そして、キィっと少し耳障りな音をたてながら、徐々に開いていく。
そこから1本の腕がのび、封筒を床に置く。
そしてすぐに手を引っ込めた。
「っ! 待て!!」
後を追おうとしたけど、もうそこには誰もいない。
呆気にとられずに、もっと早く駆け出していれば……。
「くそ……っ」
封筒を拾い、中を見る。
1枚のカードが入っていた。
『日輪様 中庭へお越し下さい』
…………そうか。
次は俺だ。
カードと封筒を乱雑にポケットにしまう。
「ねぇ。何が書いてあったの?」
少し、心配そうな顔してる。
「ちょっと行ってくる」
彼女の質問に答えず、俺はドアを開けた。
「待って! 私も行く!」
そう言って俺に駆け寄ってくれる。
だけど……。
「……1人で大丈夫だよ」
笑顔で言ってみせる。
平井さんは顔をほんの少し歪ませ、俯く。
「…………分かった。早く、帰って来なさいよ。」
俺の裾を掴んで言う彼女の手は、少し、震えていた。
「大丈夫だよ」
裾から手が離れ、俺はドアを開けて外に出ようとして、少し止まる。
「平井さん。耳、閉じて」
顔に疑問の色を浮かべながらも、両手を両耳にあてる。
やっぱり……恥ずかしくて言えない。
けど、言おう。
彼女に背を向け、耳を閉じていなくても聞こえないような声で、俺は言った。
「僕は、君を守る。それが、僕の嘘。 『好きな人を、守る事』」
「えっ……」
「それじゃあ」
ドアを閉めた。
彼女の顔も見ずに。
彼女1人を置き去りにして。
言われた通り、中庭に来た。
中庭といっても、両開きのドアがあるし、ドーム型の天井があるし、四方から入れる作りの、円形の部屋だ。
真っ直ぐ、中央に向かって進む。
床は今までのフローリングではなく土で、中央まで緩やかな谷になっている。
深さは俺の膝位。
その地面に直接植物が植えてある。
一面に広がる、色鮮やかな花畑。
綺麗だけど、綺麗すぎて不気味に感じる。
部屋の中央、山のようになっている所に来ると、十字架の石碑があった。
いや、これは……
墓だ。
その近くに紫の液体が入った小瓶と、カードが置いてある。
『This is poison.
You must drink if you want to lose this.』
………………………
言葉が出ない。
これを飲めば平井さんは……皆は、この毒に侵されずにすむ。
けど、その代わりに俺が…………。
小瓶の蓋を開け、中身を飲み干す。
しばらくすると、効果が出てきたのか、眠くなる。
墓にもれながら腰を降ろす。
どうせ俺の墓になるんだ。バチはあたらないだろ。
意識を手放しつつも、色々な事を思い出す。
ガキの頃や高校当初、ふられた時、その後の引き篭もり生活、そして今回の事。
…………これが走馬灯ってやつか。
そのままゆっくり、目を閉じた。
『……さ…、……………。ク………ご………す』
もう、
アナウンスが何を言ったかもよく聞こえない。
けれど、クリアだって事は察した。
だって『好きな人を、守った』んだから。
あ………………れ…………?
何で、生きてる?
視界には花畑と青い蝶の群れ。
その奥にドーム型の天井が見える。
天国じゃない。あの場所と変わってない。
それに、さっきまで無かった水が、俺の腰辺りまである。
体が動かない。
それでもパシャパシャと水音をたてながらも動こうとしていると、段々動くようになってきた。
それと同時に、何か腹に重みを感じるし、手に何かまとわりつく物に気付いた。
手に、長い、黒い髪が、まとわりついていた。
「ひっ………………」
体を何とか起こして、その髪の毛の持ち主であろう、重みの正体を見た。
………………何で?
……何で?……何で?
何でなんでナンデ
その正体は、平井さんの……死体。
覆い被さるように、俺の腹部に上半身を委ねていた。
力なく開かれた口からは血がこぼる。
やがてその血は、青い蝶になった。
さっきから舞っているのは、彼女の血、だった……。
認めたくない。認めたく……なかった。
だけど、認めざるを得ない。
だって、触れる彼女の体は、恐ろしく、冷たいから。
彼女の手には、小瓶が握られている事に気付く。
守れなかった。クリアじゃなかったのか。あれを飲めば、毒はなくなるんじゃなかったのか!
「………………っ!」
嫌な事を思い出す。
“lose this”
“これを無くす”
…………“これ”って事は、俺が飲んだやつ以外にも……毒は、あった………………?
俺が飲んだのは、意味がなかった?
平井さんが手に握っている小瓶には、赤い液体が残っていた。
ーーーーーーーーーっ!!!!!!
声とも叫びともならない音が、俺の口から吐き出された。
そして同時に、未だかつて経験したことの無い絶望感が俺を包む。
平井さんがナイフを持っている事に気付き、それに手を伸ばす。
鞘から抜き、そして、首に構える。
何だろう。
こんな場面を、俺は知ってる。
……そうだ。
立場逆だけど、ロミオとジュリエットだ。
あの話は嫌いだ。
確かに高い評価をされるのは当たり前で、俺なんかが批評していいものじゃない事も分かってる。
けど、あの2人は最終的に結ばれる。
お互いの為に死ねる。
それが酷く、羨ましいから。
天を仰いで目を閉じ、ナイフを首に突き刺した。
口から、首に作られた新しい口から、鮮血が溢れ出る。
その血は俺の上空で、徐々に赤い小さな魚へと変わり、そのまま水に落ちた。
そして優雅に泳ぎ始める。
その姿は、無様な俺とは似ても似つかない。
蝶は俺の周りを、魚は平井さんの周りを舞い、泳ぐ。
その光景を見ながら俺は、視界が闇に覆われていくのに、身を、委ねた。
今回は英語が入っています。
間違っていたらすみません。
※正直、今回の話が私は1番好きです