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スロードールライフ  作者: 嘉川 みのり
2章)桃瀬町
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05 蟠桃

 真琴には霊感があって幽霊が見える。というのは、信じる者は信じるし、信じない者は信じない。家が神社だからという理由で納得してしまう者もいる。その程度の認識だった。

「何それ、どこ情報?」と、由佳が聞いた。

「学校の掲示板よ、最近はソレで持ち切りじゃない! 真琴さんは知ってますよね?」

 ただし、真琴自身はあまり公言していない。高校生にもなって「実は霊感があるんだ。朝から落ち武者の霊を見ちゃってね」などと誰彼構わず言っていたら、ただの痛い構ってちゃんである。それに最近では美容関連の相談の割合が増えてきた。やはり関心が高く、努力している方面で褒められると嬉しいものだ。

 真琴は自分の容姿が恵まれていると、きちんと理解していた。そんな自分を着飾る事も、可愛いモノも大好きだ。母に言わせればナルシストが入っているそうだが、母もそうなので遺伝だと開き直っている。なにより、お洒落は変身だと思っている。綺麗な自分、可愛い自分に変身した時は最高に気分がいい。

「あたしも知らなかったわ。不老不死の仙桃ねぇ……」

 不老不死など胡散臭い話と一蹴できるが、フィクションでならよくある話だ。有名どころだと、月に帰る姫が、育ててくれた老夫婦に不老不死の薬を差し出した竹取物語だろうか。そういえば蟠桃も聞き覚えがある、と、真琴が記憶を探っている傍らで、

「暇だねぇ」

 と、由佳が呆れたように呟いた。

 教師たちには内緒の、生徒御用達の電子掲示板システム――掲示板は、常に誰かが匿名で情報を書き込んでいる、フレッシュな情報の宝庫と言える。だが殆どが他愛のないお喋りだったり、学校の悪口だったりと、有意義な情報など無いに等しい。そんな掲示板の一つに、菜々美お気に入りのオカルト専門板がある。学校で持ちきりだと言っているが、いくらか話を盛っているなと由佳は判断した。

「蟠桃って西遊記に出てきたんだっけ?」

「さすが真琴さん!」

「え、そんな話あった? 西遊記というと、三蔵法師と孫悟空、猪八戒、沙悟浄が天竺を目指して旅をする話でしょ?」

「旅に出る前の話なの。昔の孫悟空ってすごくいたずら好きで、色々悪さしててね。とうとう神様を怒らせて、何百年も幽閉されちゃうのよ。その罪を許してもらうために、三蔵法師の弟子になって天竺を目指すっていうのが西遊記のあらすじかな。蟠桃が出てくるのは孫悟空がやったいたずらの一つで、神様が所有する不老不死になる仙桃の蟠桃を食べちゃったってくだり。蟠桃会っていう神様たちの宴会に呼ばれなかったものだから、大暴れして台無しにしちゃったのよ」

 菜々美は本でも読み上げるようにスラスラと語った。

「それも掲示板情報?」

「イエス!」

 古来から桃は魔よけの力があると言われているのよ! と、手に持った携帯画面を見ながら情報を付け加えた菜々美は、自分の手柄のように胸を張った。

「さっき蟠桃会って言った? それ何?」

 まさかここでもその単語を聞くことになるとは。真琴は目を丸めた。

「え? はい、ちょっと待ってくださいね。えーと、崑崙山の最高位の女仙・西王母のお誕生会の事で、お祝いに訪れた仙人や神様に不老不死の仙桃を振る舞うんだそうですよ」

「それが蟠桃会……」

「それで? その仙桃がどうしたの?」

 由佳が尋ねると、菜々美は待ってました! とばかりに、携帯画面を付きだした。

「ほら、ここ見て! 不老不死の仙桃がこの町にあるんだって!」

「この町に!?」

「いくらこの町が桃の町や桃源郷って言われてるからってねぇ」

 ハッキリ言って眉唾モノだ。物の怪達が言っていた蟠桃会が物語のままではないだろうし。都市伝説ならぬ、田舎伝説じゃないかと真琴が言うと、由佳も同意した。

「もうっ! 二人とも夢がないなぁ」

「「夢?」」

 真琴と由佳は揃って首を傾げた。年配の――言い方は悪いが、棺桶を間近に感じるようになったお年寄りや、始皇帝ならぬ時の権力者、仙人を志すマニアックな者達を除くと、誰が……棺桶には程遠い、若さ溢れる女子高生が不老不死にどんな夢を見るというのか。

「もし本物なら凄いお金になりますよー!」

「「そっち!?」」

 二人同時にツッコんだ。拝金主義は結構だが、逆に夢がない気がする。

「あと今話題なのが、さまよう女の幽霊と、何でも願いを叶えてくれる人形で……」


「不老不死なんて、いませんよ」


 騒がしく騒ぐ三人の後ろに、一年とわかる赤いスカーフを身につけた、制服姿の生徒が立っていた。長い黒髪を後ろで一つに束ね、眼鏡をかけた陰気そうな少女だ。

「誰? 一年?」

 菜々美が声をかけた。一年が先輩の話に入ってくるんじゃない、と声に含まれた刺が物語っている。しかし彼女は気にした風もない。

「不老不死なんて、幽霊や神様と同じです。いるわけないじゃないですか。そんなの小学生だって知ってます。いい年して恥ずかしいと思わないんですか?」

「イキナリ何? ケンカ売ってる?」

「いえ。ただ道の真ん中であまりにもバカバカしい話をしていたので、邪魔です、って忠告しようと思っただけです」

「なんですって!?」

 そのケンカ買ってやる! と掴みかかろうとした菜々美を由佳が制した。

「まぁまぁ、私たちが邪魔になっていたのは確かなんだから。一華ちゃん、ごめんね?」

 一華と呼ばれた少女は大きな鞄を抱えていた。道を塞ぐ三人をすり抜けて行けなかったらしい。

「こちらこそ言いすぎました。すみません」

「由佳! なんで私たちが下手に出なきゃなんないのよ!」

 いくらこちらに否があったとしても、彼女の言い方にも問題がありすぎる! と、菜々美が吠えた。

「大体ねぇ、貴女がバカって言った不老不死も幽霊も神様だって、未だかつて『いる』と証明されていないだけなのよ? 裏を返せば『いない』とも証明されていないの。ただ科学的に証明されていないだけで、幽霊や神様を見たって人なら昔から山ほどいるじゃない。それはどう説明するつもり?」

「虚言か、幻覚です」

 心霊否定派の常套句が出たと、菜々美はウンザリした。この手の輩は例え証拠だと心霊写真を出しても合成だと言い切り、見たと言っても錯覚だ、幻覚だと言い張るのだ。

「そりゃあ見てもないのに見たと言い張る人がいたかもしれないけど、見たくもないのに見てしまった人までわざわざ嘘をついたって言うの? そうかそれは幻覚って?」

「そうです」

 予想通りの返事だ。彼女はきっと自分で経験しなければ信じないタイプの人間だろう。目に見えない世界もあると信じている菜々美と彼女では、どこまで行っても平行線だ。

「そうだ真琴さん、以前、人を祟る人形を供養したって話をしてくれましたよね」

「……したわね」

 真琴の家は神社であるから、人形供養を頼みにくる参拝者もいる。菜々美は、以前聞かせて貰った話を思い出した。

 桃瀬町は昔から人形作りが盛んな町であった為、人形供養の需要も多かった。藩公が人形浄瑠璃を好んでいたから盛んになったとも、参拝客への土産として作られ始めたとも言われている。そのような町であったからか、神社の御神体に人形が祀られているとも聞いた。

「あなた、動く人形を見た事がある?」

 この場で心霊体験をさせるのは難しい。だけどこの生意気で頭の硬い一年をギャフンと言わせたかった菜々美は、真琴の了承を得たと受け取り、とっておきの話をする事にした。

「それはよくある着せ替え人形だったそうよ。ある日持ち主の女の子が学校から帰ってくると、なぜか机の上に人形が座っていた。その時は家族のイタズラだと思って、元通り押し入れの奥に片付けたの。だけどそれが何日も続き、家族は誰も知らないと言う。気味が悪くなった女の子はゴミに出したの。でもいつの間にか捨てた人形が机の上に座っている……。堪りかねた女の子は親と相談して、神社でお祓いして貰う事にしたの。そのお祓いの時、持ち主の女の子もご家族も、ここにいる真琴さんまで人形の悲鳴を聞いたそうよ。これも幻覚……幻聴って言える?」

 その場にいた全員が同じ幻覚(幻聴)を経験したとは言い切れないだろうと、菜々美は勝ち誇ったように言った。

「先輩は、催眠術をご存知ですか?」

「は?」

「催眠術とは、暗示を与えて催眠状態に導く手法です。よくテレビで、振り子にした五円玉や蝋燭の炎を見てください、とやっていますがあれはテレビ用のショーとしてのスタイルで「待ってまって、催眠術くらいは知ってるわよ。それが何?」」

「幻覚や幻聴のメカニズムを説明しますから、最後まで話を聞いてください。オカルトを盲信する先輩にもわかり易く説明しますから」

「なっ……!!」

 あまりの言い草に怒り出そうとする菜々美に由佳が待ったをかけた。「私も聞きたい」と言われた上、真琴も同意した為、菜々美はしぶしぶ続きを促した。

「催眠状態というと特別な状態に聞こえますが、実はありふれた状態です。うたた寝をしている状態、あれも一つの催眠状態ですし、催眠をかける技術は特別なものではありません。最近では心理療法として医学的に用いられているくらいです。しかしあまり知られていないのが、催眠術をかけた時、かけられた側だけではなく、かけた側も深い催眠状態に入ってしまうという事実です。催眠は同調現象を引き起こします。つまり、同じ空間内にいる者たちが、ひとつの臨場感を同調してしまう可能性が高くなります」

 一華は一旦言葉を留めて、三人に視線をやった。理解しているかと問いかけているようだ。真琴は表情を変えず、菜々美は険しい顔をしており、由佳はしきりに頷いている。

「催眠状態とは意識があいまいな状態です。変性意識状態ともトランス状態ともいいます。霊を見たり、声を聞いた、という人が、故意にしろ偶発にしろ変性意識状態だとしたら、周りの人たちも同じ状態に引っ張られて一緒に見てしまう。これがその場にいた全員が同じ幻覚や幻聴を経験するメカニズムです」

「だけど、私は霊を見るって人の傍に行っても見なかったわ……」

 菜々美は小刻みに体を震わせ始めた。確かに筋は通っているように聞こえる。だが――。

「それは、先輩に下地が無かったんですよ」

「下地って!?」

 大きな声が出た。通学途中の周りの者たちがギョッとして菜々美を見たが、菜々美は止まらなかった。いや、止められなかったのだ。

「見た人たちは、見るかもしれない、見たらどうしようと、少なくとも無意識レベルで見ることを望んでいたんです。幼児期の空想世界を現実と錯覚するように、望んで幻を見た訳です。もしこの石が……」

 一華は足元の小石を拾って掌に乗せた。

「祟られる石と言われて渡されたとしても、事情を知らない人にはその辺に落ちている石と大差ありません。祟りは起きないでしょう。でももし、この石が祟りで有名な将門公の墓石だと言われたら? それと同じです。先輩には下地が無かった。本当は霊なんてこれっぽっちも信じていなかったから見なかったんです。不老不死なんていないし、神様も幽霊もいません。人は死んだらそれまで……」

 パンッと乾いた音がした。一華の頬からだ。

 一華はその元凶――自分の頬を叩いた真琴を睨みつけている。だが、真琴は冷えた目で、自分より小柄な彼女を見下ろしていた。

「ご高説は立派だけど、あんたの解釈まで押し付けるんじゃないわよ」

「何の話ですか?」

 真琴は視線を菜々美に向けた。いつの間にか彼女は口を手で覆い、嗚咽を漏らしている。真琴はそれを止めるために、少し乱暴な手に出たのだ。

 この騒ぎに気づいた生徒達からの注目が集まり始めた。自分に注がれる視線を感じた菜々美は逃げるように走り出した。

「一華ちゃん、あのね、あの子も一緒なの。最近お父さんを事故で亡くされて……たぶんだけど、幽霊でも会いたいって思っているんだと思う。だからね」

 目を見開く一華を見た由佳は、苦笑して菜々美の後を追った。

「あんたと由佳ってご近所さんだっけ?」

「……あなたには関係ありません」

「相変わらず可愛くないわね」

 俯いてスカートの裾を握る一華に、真琴は溜息を吐いた。オカルトを盲信している菜々美と、真っ向から否定している一華。同じ見えない身でありながら、見事なまでに対極だ。それぞれの考えでもって、身内を失くした気持ちの整理をつけようとしているのだろうか。

「盲信しちゃいけないってのはあたしも正しいと思う。けど……」

 幼い頃、師の娘であるにも係わらず、見ることすら出来ない彼女を不思議に思って師に尋ねた事がある。

 ――それは仕方が無い。わたし達は、他者と全く同じにように見たり、感じたり、聴いたりする事が出来ない個別の感覚を持って生まれた、個別の生き物なんだからね。

 その時の修司は、苦笑していたように思う。

 ――もしかしたら皆が違う世界を見ているのかもしれない。きみもわたしも一華も、全く違う世界を見ているのかもしれないよ。

 彼は言った。思考を止めず、想像することが大事だ。それが他者を思いやり、受け入れることに繋がるのだ、と。だが彼女はどうだ。

 真琴は苛立ちを抑えきれなかった。

「あんたは思考しているようで、型に当て嵌めて満足してるだけ。修司さんの優しさに甘えて逃げてるだけじゃない。見えないあんたに幽霊を見ろとは言わないけど、現実くらい見なさい」

 と、言い切ったタイミングで。グラリと地面が揺れた。


  * * *



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