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スロードールライフ  作者: 嘉川 みのり
1章)桃源郷
3/20

03 蝦蟇

 二人が礼を述べて出発しようとした矢先、男が良を呼び止めた。

「これ、渡しといてくれねぇか?」

 手渡されたモノは、長さが一メートル弱ほどもある細長い袋だ。手に取った感触から中身を察した良は、不思議そうに男を見た。なぜこれを? と視線が問いかけている。

「実はよ、俺も式に呼ばれていたんだが、すっかり忘れてちまってたんだ。それはせめてもの侘びで、俺からの祝いの品だ。くれぐれも途中で開けるんじゃねぇぞ」

「人への贈り物を開けたりなんかしないさ。間違いなく本人に手渡そう。ところで、おれは良というが、貴殿の名は?」

 名前を聞いておかなければ、受け取る側も困るだろう。そう思っての遅い自己紹介後の問いかけだったが、肝心の相手は、折鶴とたわむれている少女を見ながら、

「それを渡してくれりゃあ分かるさ」

 と言っただけだった。


 しばらくは行きと変わらない平坦な道が続いた。そのうち、轟々と大きな音が聞こえ、じきに大きな川が姿を見せた。上流で大雨が降った直後のような濁った水が、勢いよく流れている。辺りには橋がなく、船すらない。

「参ったな……」

 良がどうするかと考え込んでいると、

「何やってるの、早く来なさいよ」

 少女は良の手を引いて、スタスタと歩き始めた。勢いよくうねる川岸間近で止まり「行くわよっ」と声をかける。足に力をためて、

「ちょ「えいっ!!」」

 少女に引っ張られ、共にジャンプした。目測で二十メートルはあろうかという川を、ジャンプで――しかも少女の足で飛び越えられるはずがない。

 良は水中に叩きつけられる覚悟をしたが、彼を待っていたのは、足の裏で感じる土の――着地の感触だった。

「……は?」

 後ろを振り返ると、川幅わずか二十センチ程の小さな川がチロチロと流れているだけだ。自分の頬を引っ張る良に、少女はいぶかしみの視線を向けた。

「遊んでいる暇なんてないんだから、早く帰りましょ!」

「ああ……だが、慎重に進んだほうがいい。この道は想像以上に厄介みたいだ」

 と、赤く腫らした頬で真剣に言った。

 少女は呆れた顔を見せた。どこに警戒する要素があるというのか。ゆっくり、優雅に先導する折鶴を呼んで指の上に乗せた。

「ねぇ、もう少し急いでくれない? 厄介な道って聞いたけど、大した事なさそうだし」

 鶴は了解した、というようにクルリと少女の周りを旋回し、先ほどよりスピードを上げて飛び始めた。心なしかご機嫌に見える。

「さ、行くわよ!」

「おい! だから慎重にって!」

 駆け出した少女を追って、良も走り始めた。

「あ!」

 突然、薄いだいだい色が躍り出た。と思ったら、

「あーーーーー!!」

 折鶴をパクリと食べてしまった。少女は帰れなくなる事を一番に心配したが、

「…………狐?」

 良は、先ほどの幻を見せた相手ではないかと警戒した。古来から狐は人を騙す存在と言われている、との理由もあるが、見つかったか! と良は素早く少女を背に庇った。いざとなれば彼女を抱えて逃げるなり、迎え撃つなりしなくてはならない。

 仙人の領域に迷い込んでしまったのは、はっきり言って失態だった。相手によっては領域から出してくれない輩も居ると聞く。だが、先の男は間接的な知り合いで、話の通じる相手であった上に、帰る手助けまでしてくれた。幸運だったとしか言いようがない。

 警戒すべきは帰り道だ。仙人が提示した最短ルートとは、様々な世界が掛け合わさって出来た境界を渡っていくルートだ。つまり大神実の領域へ戻る為に、他者の領域を幾つも踏み越えて行かなければならない。最短コースなのだから、このルートを行くメリットは大きい。が、いつその地の主や眷属が出てきてもおかしくはない、危険なルートでもあった。そして、領域を持つ存在は、何も神や仙人ばかりではない。

「キュイーン」

 良の警戒を余所に、狐は人懐っこく擦り寄ってきた。庇われていると知らない少女は、良を押しのけて狐に詰め寄った。

「何て事してくれたのよ! あの子がいないと帰れないじゃない! 吐き出しなさい!!」

 と、怖い顔で狐の口をこじ開けようとする。これは堪らないと、少女から逃げた狐が良の背中に隠れた。あべこべである。

「キューン、キューン、キューン」

 助けてくれと言っているのだろうか。すっかり毒気を抜かれた良は、ヤレヤレと頭に手を当てた。

「無くなったモノは仕方がない。鶴はこっちへ向かっていたから、この方角を進もう」

 少女は未だ納得できない様子であったが、狐に折檻することより、帰ることを優先したらしい。ただし腹を立てていたので、狐を庇った良を放って、一人で進んで行った。


 その後も厄介な出来事が次々と二人――正しくは良一人を襲った。

 彼は、燃え盛る火の海が行く手を阻んだり、空中を泳ぐ魚の群れが鋭い牙で襲ってきたり、頭部のない馬が足を振り上げるたび、大いに慌てた。

 そのつど、先を行く少女が呆れた顔で彼の元へ戻って手を引いた。するとたちどころにそれらは雪のように溶けてなくなってしまう。

「何遊んでいるのよ」

 少女は毎度のように怒った。良も毎度のように説明を行うのだが、残念ながら理解は得られなかった。

 なぜかずっと二人の後を付いてくる狐の仕業ではないかと怪しんだものの、時々狐まで被害を受けて――尾に火が移って慌てて――いたから、その可能性は低そうだと結論付けた。それでも、追い払っても追い払っても付いてくるのは気味が悪かった。

「ねぇ、あれってそうよね? 帰ってきたんだわ!」

 そうこうしている内に、目視できる距離に、桃園の鮮やかな桃色が見えた。

「そうだな……」

 保護者のつもりが、すっかり被保護者の立場となっていた良は、散々振り回されたのもあり、かなり疲れ果てていた。

「情けないわねぇ。ほら、あと少しよ。頑張りなさい」

 少女が良に手を差し出した。

 ――困った事があったら言いなさいね、助けてあげるから。

 ふと思った。彼女は律儀に約束を守っていたのかもしれない、と。何度この小さな手に助けられただろう。

「君は本当にいい子だな」

 彼女の頭を撫でてから手をとった。少女は褒められた理由が分からず首を傾げたが、もうあと少しだと気合を入れ直した。よくよく見ると、元気に振舞ってはいるが、少女も疲れた顔をしていた。それはそうだろう。何しろ少女の体力だ。最短ルートとはいえ、ここまで帰って来るだけで随分くたびれたはずだ。

「君も困ったことがあったら言うんだぞ。おれが助けるから」

 桃園へ戻るという事は、少女は母親と人の世へ帰ってしまうという事だ。もしかすると、二度と会う事はないかもしれない。分かってはいたものの、恩を感じた良は、謝意を込めて言わずにはいられなかった。

「うん、分かった。その時はお願いするね」

 はじめを思えば、随分と打ち解けてくれたものだ。少女の笑顔に自然と笑みが浮かんだ。

 ゲコッ

「あたし、お腹減っちゃった。あまり食べてなくて……」

 気が抜けたのか、少女は腹に手を当てて恥ずかしそうに言った。

「勿体無い、どれも美味かったぞ。高級食材ばかりだったしな」

「高級食材って……変な目玉とか、手みたいなの、無かった?」

「目玉に見えたのは果実で、手に見えたのはキノコの一種だ。……たぶん」

「たぶん!?」

 二人共、ラストスパートだと分かっているものだから、疲れを気力で吹き飛ばし、陽気な雰囲気で進んでいた。これで最後かもしれないと、どちらも考えていた。

 ゲコッ グゥゥ……

 先程からずっと変な音が聞こえていた。だが良は、またどうぜ幻聴だと思っていた。水気のない場所で蛙の鳴き声など、不釣り合いもいいところだ。

「それじゃあ、また桃でも食べるか?」

「うん!」

 そう思って取り合わずにいたらパラパラと雨が降り始めた。どうせこれも幻覚だと――。

「雨ね……」

 少女は手をかざして天を仰いだ。雲一つなく、綺麗な満月が浮かんでいるというのに、雨が降っているのだ。

 ゲコゲコッ

 何かが良の足を掴んだ。条件反射で勢いよく足を振ると、褐色の塊が飛んでいき、べしゃりと地面にぶつかった。

「なんだ? ……蛙?」

 これも幻だろうか。良には判断がつかなかったが、あれよあれよという間に雨はその勢いを増し、絶えず打ち付ける大粒の雨が、みるみる大きな水たまりを形成していった。水たまりから湧いたかのように、次々と蛙が姿を現した。大きさは小指程しかないものの、いつの間にか、地面はびっしりと蛙で埋まっている。寒気が走った。

 この際、幻でもなんでも関係ない。良は有象無象に湧いてくる蛙たちを蹴散らし始めた。

「ヤダァ! やめて、来ないでっ!」

 声がする方を見れば、少女が襲われていた。次々と這い上がっていく大型の蛙――蝦蟇によって、袴の紅色は隠され、褐色と黒の斑色となっていた。

 必死の抵抗も虚しく、多勢に無勢な少女は足を取られて転んでしまった。

(しまった!)

 幻かもしれないと考えていた事もあり、少女の存在をおろそかにしていた。

 ゲコッ

 グワッグワッグワッグワッ

 ゲーコゲーコゲーコゲーコゲーコ

 良は引きずられてゆく少女に駆け寄った。蝦蟇を蹴散らし、担ぎ上げる。

「しっかり掴まっておけ!」

 桃園まで走ろうと足に力を入れたが、

「チッ!」

 再び足を取られた。今度は小さな蛙でも、蝦蟇でもない。どこから現れたのか――二メートルを超える巨大な蛙だ。ここまでのサイズともなると、化物と言ってもいい。

「イヤッ!」

 恐怖を感じた少女は良の胸に顔を伏せた。

「大丈夫だ」

 震える彼女を安心させるように言い、腕一本で少女を抱え直した良は、反対の手に持っていた――手渡すように頼まれた袋の口を開ける為、結び目の紐を口で引っ張った。

 ――途中で開けるんじゃねぇぞ。

 仙人はそう言っていたが、今は緊急事態だ。心中で彼と友人に侘びながら、袋から取り出した祝いの品を抜いた。それは二尺七寸(約八十一センチ)もある日本刀――太刀だ。

(……?)

 違和感を感じたが今は構っていられない。良の足を掴む化物の手に思い切り突き立てた。化物ガエルを地に縫い付けた良は、好機とばかりに走り出した。

 桃園はもうすぐだ。

「あと少しだ!」

 少女と自分を鼓舞するかのように大声を上げた。

「その子供を置いていけ」

 疾走する真後ろから声を掛けられた。あとから思えば振り返るべきではなかったのだが、思わず振り返った良を、

「ぅわ!」

 水の塊が襲った。思わぬ衝撃を受けてバランスを崩してしまう。

「っ、しまった……!!」

 倒れそうになった拍子に少女を投げ出してしまった。弧を描いて飛んでゆく小さな身体。捕まえようと懸命に手を伸ばす。

「お前は邪魔だな」

 耳元でまた声がした――男の、声。

 投げ出された少女は地面に叩きつけられた。良は、

「は……くっ……」

 腹から血を流している。いつの間にか、先ほどの太刀が背中から彼を貫いていた。もうダメだ、と覚悟したとき、甲高く狐が鳴いた。


  * * *



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