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スロードールライフ  作者: 嘉川 みのり
1章)桃源郷
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02 神様と仙人

 いつの間にか、桃ではなく様々な果実が、入れ替わり立ち代わり現れては消えて行った。見たことがある景色だ、近くなってきた、と少女は言うが、良にはサッパリだ。自分の感覚が当てにならないと知っていたので、黙って付いて行った。

 暫くすると、暗くなってゆく景色と反比例するように、新たな光の粒が、地面にいくつも瞬き始めた。満月に隠された星々はここに隠れていたのかと思わせる程だ。それらが集約し、新たな道がいくつも織り成されてゆく。

 その中でひときわ光る道が良の目を引いた。暖かな光を放つソレがとても魅力的に見えたので、少女に尋ねてみた。

「君はあの道が見えるか?」

「なんのことよ」

 やはり少女には見えていないらしい。あちらに進みたいのだと、どう説明しようかと考えを巡らせていると、

「あっちに何か、ある?」

 ちょうど良が行きたいと思っていた道を走り始めた。追いかけて行くと、明るい場所に出た。再び夜空に月が姿を現し、小さな湖が見えた。風の無い静かな水面は鏡のようだ。ひっそり月を映している。

 湖の傍に小さな家があった。煙突から煙が立ち上っており、少女はこれに気づいたのだ。

 入口をノックすると男が出てきた。

「なんだぁ? いい気持ちで寝てたのによ」

 今まで眠っていたらしく、生あくびを噛み殺しながら目をこすっている。

「あ、ごめんなさ……」

 謝ろうとした少女は、次の瞬間、素早く自身の口と鼻を覆った。目の前の男から、強烈な酒気が漂ってきたのだ。良の比では無い。だらしない大人その二の登場に顔をしかめたが、こちらが訪ねたのだからと思い直して、

「神様のお家を知ってますか?」

 と、丁寧な口調で尋ねた。

「あぁん? 神様だぁ? はっ、こいつぁいい! ガハハハハ!」

 男が大声で笑うと酒気の濃さが増した。アルコールに免疫のない少女はそれだけでクラクラと目を回しそうになる。

「お嬢ちゃぁん? わざわざ人を起こしておいて『神様のお家をご存知ですか?』はねぇだろう?」

 少女はカァッと顔を赤くした。この笑みには覚えがあった――変なことを言う子だと、子供を馬鹿にするときの大人の顔だ。

「だ、だって、ちょっとしか見てないけど、神様は本当に居たし、本物の妖怪も見たし、後ろの良だって……」

 モゴモゴと言い訳じみた言葉を並べたあと、そうだ、鬼の良が一緒だった! と、期待に満ちた目で後ろを振り返った。が、

(そういえば、この人、鬼を自称してるだけだったー!!)

 とても重大な事実を思い出して頭を抱えた。うわぁぁあぁあ! と内心で『変な事を言う変な子』に見られる羞恥に悶えていたのだが、

「「ブハッ!!」」

 二つの声が重なった。

「面白いお嬢ちゃんだなぁ! ガハハハハ!」

「ブッ……クッ……ククククッ」

 一人は大声で笑い出し、もう一人は声を押し殺して――実際は押し殺せていないが――笑っている。少女は頭を抱えて振り回していた自分に気づいて、そっと手を下ろした。

「変な事を言ってごめんなさい。道を聞きたいんです」

 至極冷静に振舞っているが、真っ赤な顔をしてプルプルと震えている。この少女はよっぽど意地っ張りなんだろうな、と男は緩い笑みを浮かべた。

「言い方が悪かったな。お嬢ちゃんが言う神さんはどこの神さんだ? って聞こうと思っただけなんだよ」

「え?」

「クッ……だから、神と一口に言ってもな、ククッ、おれたちが来た桃園の神以外にも沢山いてな……ブッ!!」

 どうやら神様とは沢山いるらしい。では先程の聞き方は「人間のお家はどこですか?」とも置き換えられる、とても大雑把な聞き方だったのだろうと少女は理解した。が、その前に。

「あんたいつまで笑ってんのよ!」

 いくらなんでも笑いすぎだ。男も「あんちゃん、ゲラかぁ?」と呆れている。少女はやり場のない怒りを拳に乗せて、良の腹にてい! とぶつけたのだが、

「いったー!」

 鉄板でも仕込んでいるのか? と勘違いしそうなほど硬い腹筋によってアッサリ返り討ちにされた。更に腹を立てた少女は――止めておけばいいのに――今度は彼の向こう脛を思いっきり蹴り上げた。

「ッ~~~~~!」

 少女は二人に背を向けてうずくまった。意地なのか、声は漏らしていない。ある意味けなげな姿に、良は、

「グッ……ダメだ、我慢できん」

 腹を抱えて笑いはじめた。本人は至って真面目に行っていただけに、大変ツボだったようだ。ここにきて少女もようやく自身の不毛な行動を理解したらしい。

「あの、あっちのバカは放っておいて、道を教えてください」

「おめぇら、漫才を披露しに来たのか?」

「違います!」

 少女はキッパリ言い切った。


「さっき、桃園って言ってたなぁ。もしかして、大神実(オオカムヅミ)の所か?」

「オオカムヅミ……さま?」

 大神実は、桃園の主を尋ねられると、真っ先に思い浮かぶメジャーな神らしい。古くは神話にも登場する由緒正しい霊桃の神だ。

「真っ白いヒゲと眉毛はやたらと立派だが、頭毛がほぼ死滅してるジジイだ。なんだかんだと文句ばっか言いやがる頭の硬い奴でなぁ……そいつか?」

「分かんない。ほんのちょっとしか見なかったし……」

 相手は神様だ。どこか恐ろしくもあり、式の時、少女はまともに顔を向けられなかった。

「なら、お前は?」

「今日はかなり嵩張った格好をされていたからな……」

 暗に顔を見られなかった、と言った。

 ちなみに、いくら良の友人の上司とはいえ、これまで対面した事はなかった。友人は公私をきっちり分ける性分であったし、良とて別にミーハーでは無い。時たま友人の口から「お(かみ)の頑固さには困る」だの「偏屈なおひとだ」と、溜息混じりの評価を聞いたことがある程度だ。

 だから今日は絶好の機会と言えたが、主役ではないものの、威厳を示す為にあのような格好をされていたのだろう。末席にいた良は、顔を見ることができなかった。

「ふん、ジジイも隠す事を覚えたか」

 だが、男は別の捉え方をしたようだ。

「何を?」

 少女が不思議そうに尋ねると、男は哀愁を含ませて、

「男はな、常に未来の恐怖と戦ってんだよ。お嬢ちゃんも人の頭なんてちっちぇえことは気にするんじゃねぇぞ」

 と、さらに少女の混乱を招くような答え方をした。同じ男として分からなくもないが、それはともかく。と、良は一つ咳払いをした。

「大神実で間違いないさ。青の桃園の主だ」

「やっぱじーさんの所か。にしても、お前ら自分の神を見たことがねぇなんて、よっぽど下っ端なんだなぁ」

 男は良たちを大神実の神の部下――眷属だと考えているらしい。

「いや、おれたちは宴に招かれたただの客でね。宴会場から離れたら帰れなくなってしまったんだ」

「宴なんてやってたのか! なんでオレを呼ばなかった……ん? 宴?」

 宴会=酒宴=いい酒が飲み放題、という図式が瞬く間に頭の中で展開された男は悔しそうな表情を見せたが、しばらく考え込んだあとピーッと指笛を吹いた。すると家の中から白い鳥が飛んできて、男の手に止まった。

 少女は目を見張った。鳥と思ったものは、紙でおられた折り紙だった。

「……ヤベェ、今日だったのか。勿体ねぇことをしたぜ」

 男は折り紙――元は手紙だったらしい――を解いて暫く眺めたあと舌打ちをした。

「今日は坊やの結婚式だったんだな。あんたらはその客か」

卯槌(うづち)を知っているのか?」

「こーんな小さな頃からな」

 男は親指と人差し指を広げたが、その幅はせいぜい十センチやそこらだ。つまり、古くからの知り合いと言いたいのだと、良は苦笑した。

「ここから桃園へ行くにはいくつかあるが……俺のお勧めは、最も時間は掛かるが、一番平坦なルートだ」

「じゃあ、平坦な最短ルートで」

「んなもんはねぇ」

 良の提案は冷たくあしらわれた。自分たちはどうやって来たのか、と問われたら適当に進んできたとしか答えられなかったため、帰るには男の示すルートを選択するしかなさそうだ。

 ふむ、と顎に手を置いた良は少女を見て、

「それなら「平坦じゃなくてもいいから早く帰れるルートを教えて!」」

 小さな女の子を連れて行くのだから、時間がかかっても平坦なルートを選ぼうとしたのだが、本人に却下されてしまった。

「いいのかぁ? ちぃと厄介だぜ?」

「だって、お母さん、きっと心配してるもの。早く帰らなきゃ!」

「んーー、まぁ、おれがいるからいいさ。最短ルートを教えてくれ」

 自分がついているのだし、間違いは無いだろうと、良も了承した。

「よし、分かった。地図でも書いてやらぁ。待ってる間に茶の一杯でも飲んでいきな」

 男は上がって行けと家に招いてくれた。一応客扱いもしてくれるらしく、二人は好意に甘えることにしたが、入口をくぐって――呆気にとられた。

「きったない! 何これ信じらんない!!」

 沢山の山があった。ただしそれは、乱雑に積み上げられた本の山、ゴミと一体化した服の山に、中身のないタバコケースがうず高く積み上げられた山などだ。コンビニ弁当やカップ麺の容器で形成された山からは、悪臭が漂っている。唯一開いた空間は、先程まで男が寝ていたであろうベットの上だけだ。足の踏み場もないとはこのことか。

 まさにゴミ屋敷といった有様に、

「どこでお茶を飲めって言うのよ! もういい、帰る!」

 少女が金切り声をあげた。母親を思い出して気が急いているのか、早く帰ろうと良をせっつき始めた。だが、地図を書いて貰わなければ帰るに帰れない。良は少女をなだめた。

「うっせーなぁ、ちょっと待ってろよ」

 男は二人を外に追い出し、扉を閉めた。

「いいぜ、入んな」

 僅か数分で何が変わったというのか。早く帰ろうと渋る少女の背を良が押し、二人が中に入ると、

「え? え? えぇぇえええ!?」「ほう」

 少女が叫び、良も感嘆の声を上げた。

 二人が驚くのも無理はない。先程までの男臭いゴミ屋敷が一転、ピンクとローズが溢れるラブリーな乙女部屋に、劇的で摩訶不思議なアフターを遂げていたのだ。

 何ということでしょう。

 少女はワケがわからないといった顔で、丹念に部屋をチェックし始めた。

「なんで? どうして?? 全然違う……。このカーテンも、ソファーも、クッションも、みんな……みんな、可愛いーーーーー!!」

 クッションを抱きしめて叫ぶ少女に、男がニヤリと笑った。

「気に入ったようだな」

「あなた凄いのね! あなたも神様なの?」

「んな大層なモンじゃねぇよ。一応仙人と名乗っちゃいるが。ま、この位は朝飯前だな」

 男は胸を張って自慢したが、少女はきょとんとした顔で「へー」と軽い感想を述べた。

「このカップも可愛い! お茶入れるね!」

 と、これまた可愛らしく、なぜか間取りまで劇的に変化したキッチンへ向かった。

 男はリビングの椅子に静かに腰を下ろした。期待したリアクションが得られなかったからか、若干落ち込んでいるように見える。

 隣の椅子には、良が先に座っていたが、どことなくソワソワしている。ちなみに一言で椅子と言っても様々な種類がある。

「………………」

「………………」

「………………居心地がわる「言うな」」

 男も少し後悔し始めたところだ。女の子が訪ねてくるのは珍しいからサービスしてみたものの、ガタイのいい男が二人、可愛らしいカフェ用のテーブルとチェアー――ちなみにモチーフはハート――に、まるでカップルのように座っている様は実に痛々しい。

「……さっさと終わらせるか」

 男はどこからともなく墨と硯と筆を取り出し、どこからともなく取り出した紙に向かってサラサラと筆を走らせた。

 地図かと思いきや、完成したソレを良に渡すでもなく、折りたたみ始め――。

「これの後について行きゃ辿り着けるだろ」

 ふわりと折鶴を浮かび上がらせた。

「助かる。お嬢さんはよく分かっていないようだが、その鶴や部屋も仙術か? 凄いな」

 男は自身を指して仙人と言った。着崩れた作務衣姿に、片目が隠れるほど伸びた髪と無精ひげ、その上だらしない酔っ払いで、元の部屋はゴミ屋敷。およそ聖人君子たる仙人のイメージとはかけ離れているが、力は本物だ。

 お茶を運んできた少女の肩の上に折り鶴が止まると「わぁ」と嬉しそうな声を上げた。

「んな大層なもんじゃねーよ。この程度なら見習いの弟子でも出来るってな」

「弟子がいるのか?」

「今は居ねぇよ。部屋が散らかって仕方ねーから、新しい弟子が欲しいんだよなぁ。カップ麺とコンビニ弁当ばっかにも飽きてきたしなぁ、へへ」

 この、まるでダメな男発言は褒められた照れからだろうか。しかしつい、良の頭に、ダメ亭主に愛想を尽かして出て行った奥さん――もとい弟子の姿が浮かんだ。



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