きつねと初詣
その日は綿雪の舞う冬、いつもと同じ冬の日。
神社の石畳に小さなブーツをちょこんと乗せて、せわしなく動かしているのは小さな女の子。真っ赤なマフラーを巻いた女の子。
女の子は、その小さな手を掴む大きな手に引っ張られて、腕を頭の上まで精一杯伸ばしながら、ぱたぱたとその周りを駆けている。
真っ赤な頰は微笑みでいっぱい。
女の子はせわしなく、初めて訪れた神社をきょろきょろと見回す。白と黒と、真っ赤に燃える篝火の明かり。暖をとる人々の背中が真っ黒に歪む。月明りにあいまいに浮かび上がる白い雪と、炎がうごめく度に歪む人影。
女の子はふと立ち止まって頭の上を見上げる。おや、と下を向いた人影の、闇に沈んだ目元がちらりと光る。
女の子は目を丸くして慌てて視線を逸らす。何かが、するりと女の子の目の中に入ってきそうだった。
女の子はあまり長くない列をどんどん進んで、大きな建物に近付いてゆく。真っ赤に塗られた柱は一面だけ明るく輝き、あとは真っ黒に沈んでいる。
言い知れないおそれが女の子を包む。
建物は大きくなってゆく。
女の子はもう走らない。篝火を背に、三列になって粛々と前に進む。目の前に誰もいなくなって、女の子の前に何もない暗い闇が落ちる。
握りしめた金色の硬貨を差し出し。
渾身の力で手を合わせ。祈りを、捧げる。
きつく閉じた瞼が完全な暗闇を呼ぶ。
怖い。
閉じた瞼を開けるのが怖い。
ふと、闇に金色の光が走った気がした。
女の子は恐る恐るそれを見つめる。
もう一度、光が走る。それはよくよく見るときつねだった。
鬱金色の光をもったきつねは、歪なほど鮮やかな夕焼け色の瞳を女の子に向けて走る。
女の子はもっとよく見ようと一歩足を踏み出す。
「よし、お願いごとは済んだかい? さあ、お守りを買いに行こうか」
はっとして女の子は目を開ける。そこには変わらず暗い建物があるだけ。
ぼおっとしたままの女の子の手はしっかりと握られ、右手の方へと歩いて行く。明るい電灯の下までやってきた女の子の目には、もうきつねの姿は見えなかった。
篝火が生んだ、踊る闇も溶ける。
女の子はホッとして、また笑顔になった。
帰り際、石柱の上には、きつねが空洞の目を開けて優雅に佇んでいた。女の子は心の中で、もう一度お願いごとをした。
初詣に行ったので、少し感受性の高い子供を想像して書いてみました。練習作です。