虫との戦争、兵器は殺虫剤
長方形に削り取られた入り口は、無限の地の底へ通じているようにも見えた。それは恐るべき虫の大群が占拠した要塞である。連中は古代の神秘を隠し、今か今かと毒牙の犠牲者を待ち構えているのだ。と、少なくとも大和は思っていた。
「俺らと奴ら! どっちが勝つか!戦争だよ!」
そう鼓舞して、先ほど薬局で購入した兵器を取り出した。大和は威力と攻撃範囲を重視した燻蒸型殺虫剤だ。蓋をとって中の突起をこすると、発煙筒のように白い煙が吹き上がった。これが敵兵を死滅させる。人間相手に毒ガスは使えないけれど、虫なら何をしてもいいのだ。
「ケミカル兵器! くらえ!」
ありったけの力で暗闇に投げつけた。煙は風に舞い上がり、火の燃えるごとき雲模様とあいまって、まるで山火事だった。
「敷島君! 足元! ムカデ!」
「ひぃっ!」
情けない声を上げて、露子の後ろに隠れた。彼女を盾みたいにして、指示を飛ばす。
「よし! 薙ぎ払え!」
露子はおっかなびっくりスプレータイプの殺虫剤を、這い出てきた生き残りにくれてやった。ムカデ、ゲジ、ヤスデ……刺々しい足を悶えさせ、ひっくり返り、もがきながら積み重なって死んでいく。
大和は全身にぞわりぞわりと鳥肌を立てたが、露子だけに任せるのも格好がつかないので、自分でも応戦した。彼は「防空壕なんて役に立たねえんだよ」だの「一匹たりとも逃さねえぞ」だの、恐ろしいのを隠すように、わけのわからないことをべらべらと叫ぶのだった。
白煙の中に、虫達の魂は掻き消えるようで、細い体をよじり、足は小刻みに震えている。
「いい加減みんな殺したか?」
大和が尋ねると、露子は一歩踏み出して、恐る恐る煙にかすむ入り口をのぞき込んだ。
「いいみたい」
「完! 全! 勝! 利! 幸先いいじゃねえかよ!」
スプレー缶を天に突き出し勝利を祝う。その矢先、死に体のムカデが彼のくるぶし付近に這いより、その毒牙を突き立てた。
「いってぇ! うわ! うわわ!」
声にならない叫びを上げて走り回り、足を振り回して虫をふっ飛ばした。露子がびっくりして、心配そうに駆け寄ってきた。
「このっ! いつまで生きてんだよぉッ!」
虫の息のムカデを狂ったように踏みにじりながら叫んだ。そのあまりの剣幕に露子はちょっと引いてしまった。
「し、敷島君、もう大丈夫だよ。 薬、買ってきてよかったね」
その場を少し離れ、露子が治療を施した。念の為に虫刺されの薬を用意してきたのが役立った。少女のようなと言っていいほどに白く細い足首が、ぷっくりと赤く膨れて痛々しい。
「くそっ! 無駄な抵抗しやがって!」
「あの、敷島君……行ける?」
柔らかな指先がくるぶしをなでた。治癒の祈りを込めるみたいに、そっと足首に手を当てる。その時、顔をしかめた大和と目があった。ぱっちりとして端正な目が、露子の心臓をわしづかみにするようだ。彼女は夕焼けのように顔を染めて、はっと手を離して立ち上がった。
「ありがとう。これくらいなんともねえよ。突入だよ! 古代遺跡によぉ!」