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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第六章 再び常世の国へ
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桜の森の満開の下 その5

 デスワームはそのしっぽで桜の老木を叩きつけた。折れた枝が真っすぐに遥華に向かっていく。あまり速く突然で、誰も何もできなかった。遥華は短い叫びを上げて、なぎ倒された木々を通り越して、かなり離れた桜の木に叩きつけられた。骨の折れる音が大和たちみんなに聞こえた。デスワームの怒りは収まらず、老木に何度も身を叩きつけている。怒りを大木にぶつけているのだ。もう揚羽はおぼろな存在ではない。自らの意志で名前をつけたのだ。揚羽と引き裂かれた異形の神は、怒りと嘆きの咆哮で世界を揺らした。


 みんなはデスワームから距離をとらねばならないこともあり、遙華に駆け寄った。彼女は致命傷だった。真っ赤な血で花の絨毯が濡れている。腕はひしぎ折られ、制服は破れて肌をさらしていた。そのお腹の部分に、気味の悪い古傷が見えた。それは、Aの肩の傷や文様と同じものだ。

「気……に……なる……? あの馬鹿……の……しるし……子供の頃……事故……で……」

みんなは、押し黙り見つめることしかできなかった。生きているのが不思議なくらいだった。揚羽は悲しそうに遥華と遠くのデスワームを見つめた。


「ああ……痛い……あああっ……ううう……八つ当たり……なんで……私……こんなやつに……死にたく……ない……」

「ハルハル……」

 露子も遥華の痛ましい姿には、胸が締めつけられた。大木が折れる音が響き渡る。残忍で、にこにこ笑って人の弱みを握り、支配し、責め苦を与える女だ。しかし、死ぬことはないと思った。もう誰もしなせたくはなかった。

「揚羽さん……もし……できるなら……治してあげてくれませんか?」

「うん……こんなにたくさんの血……きっと手遅れ……でもやるだけやってみる」

「はる……遥華さん……」

 

 ちょうどその時だ。桜の森に霧生がやってきたのは。みんなは思いもよらない彼女の登場に、動きを止めた。霧生は遥華の拷問で受けた耳の出血の他に、体をあの虫に食われていた。朝日の燻蒸が行き届いていないところを進んできたのだろう。

「か……すみ……」

 霧生はボロ雑巾のようになった体で、遥華の前に立った。そして、手を遥華に差し出した。遥華は怯えたように、かすかに身を引いた。「ひっ……」とかすれた声をあげる。きっと霧生に復讐されると思った。しかし、霧生は遥華の頬にそっと触れただけだった。最後の力で大和たちに向き直って、声を絞り出す。


「願わくば……花の下にて……春死なん……今は……昼だけれど……」

「かすみ……」

 霧生は崩れ落ちて、遥華のことを抱きしめた。遥華の体が痛まないように、できる限り優しい力で。遥華は青い空から、永遠に振り続ける桜の雨を見つめた。

「か……すみ……あ……声が……止んだ……静か……」

 それっきり、遥華は動かなくなった。霧生は腕に力を込めたが、すぐに事切れて、二人は折り重なるように、死んだ。花びらは雪国の冬のようで、二人を覆い隠していく。みんな何も言えなかった。異形の神の遠吠えだけがこだましている。もう、彼の声を聞ける者は、誰もいない。


「なんか気の毒だったな……まあ、しかたないか……」

 老木はすでに破壊されきっていた。デスワームの怒りはとどまらず、こちらを見ているようだった。

「あのバケモノ! 来るぞ! 逃げるぞ!」

 大和は朝日が投げた鞘を回収して、納刀すると、みんなに声をかけた。異形の神は、憎しみをこちらに向けている。大和はやはり露子を抱き上げた。あの実のせいか、いくらか軽く感じる。大和、朝日、揚羽は、力の限り走って、デスワームから逃げた。もだえ苦しみながら、追いかけてくる。


「森を出るぞ!」

 桜の園が終わり、花かんざしの草原にたどり着く。後ろを向くと、森と草原の境界で、デスワームは歯ぎしりをするように、ギリギリと奇妙な音を口からだして、こちらを見ていた。目はないが、確かに悪意と憎しみに満ちた眼差しを感じた。風晴の言った通り、奴は森から出られないのだ。花びらがいつか着地するように、そういう法則なのだと思った。


「ハルハル……霧生先生……」

 露子は桜の森が作り出す、甘い春霞を眺めた。風が吹くと、ゆらゆらと動いてたなびく。心地よい風と優しい陽の光。四人はその穏やかな景色を、黙って見つめていた。


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