桜の森の満開の下 その3
「あらら! そのアイテム、もう期限切れたのぉ?」
「くっそ!」
朝日はさっきみたいに古銭を投げつけたが、回避されてしまう。大和は足を思い切り振り回して、逃れようとする。遥華の顔に焦りが浮かぶ。木の実の功徳か、大和の力が強くなった上、朝日の攻撃のために、力を分散させねばならない。神は老木の周りを廻るように這っている。桜の木が折れて、露子たちの頭上に落ちてきそうになった。朝日の掛け声でなんとか避けたが、まずい状況だ。
「手こずらせるなぁ! 馬鹿神! 好き勝手暴れてないで! 娘さんを誑かす悪い虫をやっつけなさいよ……ああ……うるさい! うるさい! 私のせいだって? ノータリンのくせに! 娘と服の区別もつかないの! うっ!」
「外れた! Aとの区別……? この服か?」
ずっと持っていた買い物袋、その中のセーラー服。これは一日Aが着ていたはずだ。なんだか変な気持ちになるが、あのモンゴリアンデスワームの認知力が低いなら、利用できそうに思えた。
「朝日! ほら! ほしがってたやつ!」
大和は模造刀を朝日に放り投げた。
「俺がモンゴリアンデスワームを引き離す! お前らでイカレサイコ女をやれ!」
「お兄ちゃん! 大丈夫なの!」
「平気だよ! 体軽いからなぁ! 超キモイ虫には絶対捕まりやしねえよ! ほらぁ、パパ! こっちよ!」
大和は手を叩いて、デスワームを挑発して、森の奥へと進んでいった。残された朝日は、刀をかざして、遥華と向き合う。
「霜鳥さん、Aちゃん、下がっていてください!」
怯えて混乱したAと体の小さな露子を戦力としてカウントすることはできない。ここは自分がやるしかないと思った。汗の雫が地の花びらに滴る。
「はぁ……きれーな兄妹愛ねぇ~朝日ちゃん!」
遥華は桜吹雪に身を隠し、千枚通しを飛ばしてきた。朝日は刀を振って叩き落とす。しかし、落ちた千枚通しはまた跳ね上がり襲い来る。狙われやすい急所は辛くも防げるが、肩や足をはじめ全身が傷だらけになる。
「いつまで続くかなぁ? 大和君とそろって調教してあげるね? 陰気眼鏡女は飽きちゃって!」
朝日は近づくに近づけない。なんとか能力を避け、少しずつ少しずつ間合いを詰めていく。挫けない朝日に、遥華もうろたえ始めていた。
「あたし……あたしは……なんなの……! 人間じゃなくて……」
Aはボロボロと涙を流していた。露子は胸がきゅうっと締め付けられた。楽しそうに笑って、いろいろなものに興味を示していたAが、こんな風になっているのが堪えられなかった。朝日も傷だらけになって、戦っている。
「私も……何か……ハルハルの言葉……名前……名前をつける……Aさん!」
「ツユコ……」
「Aさん、Aさんは……私たちと一緒がいいんですよね」
「うん……でも……コワい……うねうねなのに……」
「違います。うねうねなんかじゃありません。もし、うねうねでも、敷島君も朝日さんも、私も、嫌いになったりしません! あなたが優しくて元気で、素敵な子だってみんな知ってるから! だから、名前をつけましょう。言ってたじゃないですか。名前がほしいって!」
露子はAの目を真っすぐに見つめた。黒曜石が露子の真剣な眼差しを反射する。




