桜の森の満開の下 その1
花かんざしの白い花、その絨毯の向こうに桜の雲が浮かんでいた。あの時と同じだ。あの森の桜は、永遠に満開と思えた。そのままピンクの積乱雲のような桜の園に駆け込んだ。無限の桜の雨はひたすらに降り続いていた。春霞を切り裂いて、走って行くと、巨大な桜の老木があった。四方八方に枝を伸ばして、永遠に終わることのない開花に酩酊する森の主。
「しつこいね……大和君……そんなにこの虫けらが好き? ほら、そこらにいっぱいいるよ! あれと同じなのに! ちょっと可愛いからって!」
遥華はPKで桜の絨毯を巻き上げた。見たこともない量の桜吹雪の中に、黒い虫が浮かび上がる。
「朝日! 燻蒸剤! 焚きまくれ! この森は奴らの巣だ! 皆殺しにしろ!」
露子をおろして、朝日に指示を飛ばした。朝日は燻蒸型殺虫剤を手当たり次第に着けて、ばら撒いた。スプレーも使って、森中の虫を弱らせようとする。森が火事になったように、煙がたなびく。
「あーあーそんなに燻して! 神様、怒ってるってさぁ! ああうるさい!」
「うるせぇ! バケモンなんかいくらでも怒らしときゃいいんだよ!」
大和と露子、そして、遥華と拘束されたA。桜の猛吹雪の中で、遥華の漆器より黒くつややかな髪がはためく。
「はぁ……芋虫女、なんかいいなさいよ」
するりと猿轡が解かれた。Aの瞳の黒曜石は、悲しみに砕かれそうに見えた。
「ヤマト! ツユコ! あたし……いちゃいけないんだって! ハルカの気持ち! とってもコワい! あたし、うねうねだったの……ヤマト、うねうねきらいだから……あたし……もう……」
「だってさ! 虫けらは分をわきまえて、消えるって!」
「……あたしコワい! きえたくない! 死にたくない! うねうねなのに! ヤマト、ツユコ、アサヒ! みんなといっしょにいたいのに! うねうね! うねうねだから! 消えなきゃいけないの!」
「一面的なモノの見方吹き込みやがって! A! 俺言ったよな! カルトの言うことに耳を傾けるなって! うねうねだっていいだろ! 芋虫と蝶はちっとも似てないけど、同じ生き物だ! カゲロウって知ってるか? クラゲは? 大人とガキで全然違う! 知らなかったろ! まだ何にも知らないだろ! 苺大福だって食ってねえしよ! それに! もし変わらなくっても! 消えなきゃいけないなんて! そんなことあるものか! 俺とイカレサイコ女、どっち信じるんだよッ!」
「ああ……うるさい……早く来ないかなぁ」
「ヤマト! ヤマト! でも! 逃げて! うねってる! うねうねの大きいのがくるから!」
「さっさと来てくんなきゃ困るの! こいつがどういうものか、知ってる? 大和君に出会って形を持った、生命のかたまり。だから、ちょっとだけ大和君に似てるのね!」
「Aが……? だから何だってんだよぉ!」
「何よ、Aって、馬鹿みたい。敷島君が名前つけないでいるから、こうなってるのに! まあいいよ! 私はね、これからこの子の力をもらうの。うるさい馬鹿神様からね! 無限の生命! 何にでもなれるんだってぇ! だ・か・ら! ここで死んじゃって?」
遥華がまた手を動かした。地面の花びらが舞い上がり、大和の足元に迫る。飛び上がり、それを回避することができた。
「馬鹿神! なんでこんなとこに引きこもってるの!」
遥華は能力を宙にいきなり出現させるのではなく、体から発しているのだ。この異常な量の花びらで、それがわかった。
「やってくるのがわかりゃ! 避けられるんだよ! 地の不利引いたな!」
大和は一足飛びに模造刀で殴ろうとした。すると、目の前に桜の滝が現れた。遥華が花びらを煙幕のように巻き上げたのだ。遥華の姿を見失った。
「うっげぇ!」
大和の足に、千枚通しが突き刺さった。白く細い足が、血に染まる。突き刺さったその方向を見ると、遥華があの朗らかな笑みを浮かべていた。
「避けられないね? 次も……」
千枚通しを抜いて、残りの針をばらまいた。桜吹雪が邪魔をしてよく見えない。体にまた縫い針が突き刺さる。ふっと足元が盛り上がった気配に飛び退いた。遥華は舌打ちをして、老木に目を移した。




