サイコ
凄惨な出来事を想像させる、嫌な光景を二人で眺めた。大和はカメラの画面をつけた。そこには、一面の桜吹雪が写っていた。日付は常世で一夜を明かした後のものらしい。露子が桜を撮りたいと言っていたのを思い出す。あの常春の桜の園。恐怖に巣くう虫が大量にいた森。
「連中の行き先! 露子が残したんだ! 追うぞ! 朝日!」
買い物袋につまった殺虫剤と模造刀がカチャカチャと鳴る。兄妹はやはり全力疾走で花のタペストリーを駆け抜けた。走って走って、限界に近づいた時、遙華たちの後ろ姿を見とめた。
「大和君! 性懲りもなく!」
「し、敷島君! Aちゃんのかっこ!?」
「サイコ女ぁ! てめえマジでぶっ殺す! 死ねオラァ!」
全力疾走のまま、剣を抜き放ち、振りかぶって、遙華めがけて投げつけた。真っすぐに飛んでいった剣は、遥華の目の前で停止し、ごとりと落ちた。
「あいった!」
遥華の頭に、古銭が叩きつけられた。朝日が投げつけたのだ。日本刀に気を取られて、注意が散漫になっていた。額から一筋の血が流れ、麗しい顔を汚した。大和はさっと刀を拾って構える。遥華はにっこりと笑いながら、目は冷たく大和たちをにらむ。
「なんでここに私たちがいるって? 嘘吐きの露子ちゃんに教えてもらったわけじゃないよねえ」
遥華の冷笑に、大和も声を荒げる。朝日は古銭を構えて、微笑をたたえる女を見すえた。
「露子が教えてくれたんだよ!」
「馬鹿じゃないの? うざったいなぁ……それにサイコ女って何? 上手いこと言ったつもりなのかな?」
遥華が手を動かすと、千枚通しが首筋めがけて、弾丸のように飛んできた。大和はとっさに刀で叩き落とした。仕掛けてくるとわかっていれば、これくらいできる。ドッジボールみたいなものだ。
「へぇ! 反射神経いいんだ!」
遥華は風に舞う桜の花びらみたいに飛び上がって、大和たちと距離をとった。
「露子ちゃんの嘘つき! 裏切り者! 指切り! 忘れちゃったぁ!?」
遥華は手持ちの小さいカバンから、大きめの包を取り出した。中身はたくさんの縫い針だ。力任せに引きちぎって、ばら撒く。
「クソアマ! てめえ! 何してくれてんだぁ!」
「指切り拳万したんだもの! 針千本! 飲み干してねぇ!」
雨のごとく降り注ぐ針、その大部分は露子を狙っている。恐怖で立ち尽くす露子。大和はとっさに露子をかばって、背中が剣山のように針だらけになった。
「やっぱり露子ちゃんを助けたね! 優しいんだぁ!」
からかい叫びながら、また人間離れしたジャンプで遠ざかる。大和たちが針に痛めつけられている間に、遠くからAを引きずって、連れ去った。気絶した霧生と大和たちが置き去りにされる。
「イカレ女……やるじゃねえか……針のむしろってな」
「お兄ちゃん、なんか意味違わない?」
緊張感を削ぐ朝日のからかいは無視して、露子の前髪をかきあげた。丸い眼鏡の奥の瞳が、潤んでいるのがわかった。
「なんとか針は刺さらなかったようだな……っていうか! 眼鏡かけてんだから! 目に刺さらねえし! 放っときゃよかったかな」
大和は本気でそう思っているのだ。いつもの大和だと露子は思った。嗚咽して、大和に抱きついた。前にAがそうしたみたいに。気持ちをおおっぴらにした。
「敷島君……ごめんなさい……朝日さんも……本当に……私……」
「イカレサイコ女のせいにしとけよ。ほら、カメラ。お前がこれ置いといてくれたから、早くあいつを見つけられたんだ。なあ、露子、サイコ女は何がしてえんだ?」
「…………生命のかたまり」
「なんだそりゃ?」
「Aさんのこと……そう言っていた……あれは……むき出しの生命なんだって……神様が……そう……言ってるって……あの虫と同じだって……ハルハルの神様……が、言ってて……桜の森に……連れて来いって……たぶん……生命をくれるって……」
「神ぃ? バケモンだろが! サイコ女逃げやがって! 捕まえてボコボコにしてよ! 裸に剥いて写真撮って、で! 超能力ショーだな! 超能力美少女風晴遥華ショーとか看板出してさあ! それで別荘とか買わせなきゃ割に合わねえよな? なあ? ふざけやがってよ、全身超痛え!」
朝日は裸の写真を撮るだの超能力ショーだの別荘だのという、貧困な発想に呆れてしまった。
「……霜鳥さん、大丈夫ですか? 風晴にヒドイことされませんでしたか?」
朝日は心配そうに露子に手を差し伸べた。さっきは裏切りなんて言ったが、悪いのはすべてあの超能力少女なことは明白だった。




