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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第六章 再び常世の国へ
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耳かき

「言わないで……遥華さん……お願いだから……お願い……」

「ほら……私がね……大丈夫だよ、私のことは、生徒だなんて思わないで? なんでも言って? って優しくしてあげたら、私のこと好きになっちゃったんだってぇ。気持ち悪いよねぇ? この携帯ストラップだって、私があげたんだよぉ。このクラゲ、私の手作り!」

霧生の懐から、携帯が出てきて宙をさまよった。小さなクラゲのマスコットがぷかぷかと光の海を漂う。霧生は正座したままさめざめと泣いている。


「『ぼく! クラゲちゃんだよ! かすみちゃん! 後生大事にしてねぇ!』って言ってるよぉ! くすくすっ! 秘密、露子ちゃんに知られちゃったね。さぁて、今回はぁ~この千枚通しぃ!」

 遥華は紙に穴を開けるための錐状の文房具を取り出した。鋭く尖った千枚通しは、一種の拷問用具にしか見えなかった。

「だとちょっと血とかでまくってめんどいかぁ~じゃあ、『耳かき』にしよっと」

 遥華は烏の濡羽色の長い髪を思い切り引っ張って、何本か抜いた。その髪は彼女の力で束になって宙を泳ぐ。霧生はこれから行われる行為を理解して、絶望した。


「そのまま正座しててよぉ~」

 髪の黒い束、そのつややかで真っ黒の紐が、霧生の耳に飛び込んだ。最初は優しく甘くとろかすように、外耳をなでているようだった。霧生はつやっぽい声を出すのを堪えるように、口を結んで、もじもじとうごめいている。

「くっ! なあに? かすみ、その声は? 気持ちいのかぁ~大好きな私の髪の毛だもんねぇ~? じゃあ、行くね」

 霧生の表情に変化があった。絶望的な恐怖が頭をもたげたのだ。露子は髪の毛が鼓膜に触れたのだと思った。霧生はずっと止めるように哀願していた。

 

 正座したまま、遥華を見上げて、がくがくと震えていた。そして、遥華がにっこりと笑うと、霧生は悶絶して座っていられず、頭を抑えて耳をかきむしり、手で何度も頭を叩きつけて、露子が聞いたこともないような悲鳴を上げ続けた。顔は涙とよだれでぐちゃぐちゃになっている。露子はその光景に、動悸が止まらなくなる。Aは拘束されたまま前後不覚だ。


「ふふふっ! あははっ! いい顔になってきたねぇ! 言いつけ守れない悪い子は辛いねぇ? ねえ~くくくっ! 楽しいぃ! うるさいなぁ! 今愉しんでるの! いいでしょ! ああもう!」

 遥華は手のひらでガンガン頭を叩いた。神託がうるさくて仕方ないのだ。子供の頃からだから、もう慣れっこだが、楽しみを邪魔されるのは我慢ならない。霧生の耳からは血が滴っている。

「無視無視! 後でやるから! ほぉら! 鼓膜破れちゃって、内耳めちゃくちゃ! ふふふ! あっ、声枯れてきたね。でも止めないよ!」

 

 遥華はこの楽しみに夢中だった。こだまする高笑いが、露子の記憶を呼び覚ました。中学時代、碓氷ひさめにイジメられていた時の記憶だ。自分は虐げられるしかない存在なのか、なんで生きているのか、わからなくなった。大和に助けを求めたくなる。

(私……もう……生きていたくない……敷島君まで裏切って……敷島君……どうしたら……)

大和、確か彼は、こそこそと抵抗しろと言っていた。震える心に必死で鞭を打って、バッグに入れていたカメラをそっと岩陰に置いた。夢中になっている遥華は気づく気配はない。ワープ地点は前と同じだったから、見つけてくれるはずだ。


「ふぅ……これ以上やると死んじゃうか。露子ちゃん、行きましょう!」

 虫の息の霧生を能力でずるずると引きずりながら、目的地へ向かった。露子はAを抱きかかえて、しきりに彼女に謝った。

 遥華たちが消えてから、しばらくして、敷島兄妹が到着した。朝日は常世の国の花咲き乱れ、光がきらめく美しさに圧倒された。あたりの森を見渡して、「本当にこんな世界が……」とつぶやいた。

「露子のカメラだ。それに、血……?」

「誰かに何かあったのかな……」

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