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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第六章 再び常世の国へ
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決戦前夜

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「うぐぐ……朝日……大丈夫か?」

 朝日は意識を取り戻して、兄を助け起こした。大和もズキズキと痛む頭を抱えた。二人とも体中土だらけだった。

「お兄ちゃん! 虫!」

 中庭には、あの芋虫がびっしりと這いまわり、二人を囲んでいた。彼らは悪意のかたまりだ。びたびたとうごめいて、襲いかかろうとする。

「うおわっ! す、スプレー!」

 

 地面に転がったスプレーを兄妹で使い、あたりが白い煙で満ちるほど噴霧した。虫は弱るが、トドメには至らない。敷島兄妹は全力疾走で校舎の中に逃げ込んだ。錯乱してずっと殺虫剤をまき散らしながら。部室の前で、大和は息をつく。彼はだいぶ落ちついたようだった。

「お兄ちゃん! Aちゃんを追いかけようよ! 今すぐ!」

「待て、朝日……落ち着け」

「何言ってるの! あの風晴って人おかしいよ! それに変な力! 助けないと!」


「落ち着け! あのアマ、言ってたろ。『常世』は初めてだとか」

「霜鳥さんがいるんだよ!」

「露子を信じろ。何かやってくれるさ」

「お兄ちゃん! 裏切られたんだよ!」

 朝日は憤ったようにまくし立てる。興奮で顔が真っ赤で、涙が目に浮かんでいた。

「大方、あのイカレ女が脅してるんだろ。そんなの長く続かねえよ。昨日、あいつ言ってたよな。神意を把握する力は狂気だとか、カルト教団だとか。あれは、大昔のことじゃねえ。風晴のことだったんだよ。それにあそこは広いんだ。だから、まあなんとかなんじゃねえの。俺は昨日、あいつにできる範囲で抵抗しろって言ったし」


「お兄ちゃん……でも、このままでいるつもりはないんでしょ?」

 朝日の心も、適温に戻りつつあった。あの風晴とかいう女への怒りに燃えてはいるが、思考は平静になってきた。

「お前、ついてくるのか?」

「当たり前じゃん!」

 朝日は不満げに口をとがらせた。ここまできて、置いてけぼりなんて、とんでもないことに思えた。もし、兄が似合いもしない心配をしているのなら、心外というものだ。背丈も体力も兄に負ける気はしなかった。

「あのクソアマ、マジイカレ女だからさぁ……何するかわかんねえぞ。あの虫もいるし、命がけだぞ。わかってんのか?」

「何度も言わせないで」

 

 朝日はピシャリと言い放った。こんな時は大和と同じで、言っても聞かないのだ。

「じゃあやるぞ」

「戦争だね」

 大和は窓から中庭を、その先の丘陵を見た。朝日も兄につられて、そちらを見る。風が吹き上がり、空に花びらが昇る。Aと露子をあのイカれた神託女から取り戻す。その決意に燃えていた。大和は手にしたスプレーの残量がかなり少ないことに気づいた。いくらなんでも使い過ぎだ。

「弾切れか……ちょっと兵器足らねえな。朝日、お前、殺虫剤買ってこい。ありったけだ。燻蒸剤もあるといいな……あとは家から使えそうなもの全部持ってこい。まあ、のんびりはしてられねえからな」


「わかった! でもなんで私が?」

「俺は部室でなんか用意しているよ! 落ちついて迅速にな」

 朝日はうなずいて、一目散に駆け出した。大和は部室でヘッドライトを再び出して、本棚を眺めた。風晴遥華が持っている奇妙な力について考えた。触れていないのに、何かに引き倒された。ただのイカレた女でもないらしい。しばらく待っていると、部室のドアが開いた。


「お兄ちゃん! 持ってきた!」

 大きなビニールいっぱいのスプレー缶、燻蒸剤、家から持ってきた買い物バッグには、橘の実と古銭が入っていた。投げて使うらしい。

「あとこれ、ウチの橘の木に、これが」

 まるまるとした黄色い実だった。もう全部収穫したはずなのに。

「ジェットを埋めた時、Aが……」

「やっぱりそのせいなのかな……あの蛹もカラだったし」


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