大和と遥華
「見ないで! これは、あの人との……」
「あの人ってどの人!? 俺らが遺跡に行く前、電話してた相手か? これはあんまり聞くべきじゃねえかもしれませんが、あれ、先生の彼氏とかなのか?」
「…………霜鳥さんと、あの子は、遺跡か……まだなら中庭にはいるわ。あの世界に行くの」
霧生は観念したようにそう告げた。
「なんでそこまで……」
霧生があの世界のことまで知っているとは、大和も朝日も思わなかった。憔悴している霧生を立たせて、中庭に出た。朝日は霧生を支えて、大和は模造刀と殺虫剤の袋をぶら下げていた。
「風晴! てめえ! 何やっていやがんだ!」
桜吹雪の中庭で、遥華がAを足蹴にしている。大和はいきり立って、遙華を怒鳴りつけた。遥華は、大和たちと霧生を氷を削って作った剃刀のような目で見つめた。露子は目を見開いた、彼女の瞳は大和でいっぱいになる。
「……大和君、あなたとは会いたくなかったなぁ。嫌な予感がしてたし……あいつもうるさいし……」
「お前にファーストネームで呼ばれる筋合いはねえぞ! それにあいつって誰だよ! てめえ! Aから足どけろよコラァ!」
殺虫剤を地面に投げ捨てて、模造刀を抜き放ち、遙華に突きつけた。露子とAは呆然としている。朝日や霧生も同じだった。霧生は恐怖に震える目で、舞い散る桜よりも可憐な遥華の姿に見入る。この女は尊大に首をくいと上げて、大和を見下している。桜色の春霞に浮かび上がるすらりとした姿は、神秘的でさえあった。
「……かすみや露子ちゃんにはちょっと言ったんだけどね。子供の頃、事故で死にかけてから……私の頭の中で……ずぅっと声がするの。朝も昼も夜も! うるさくてうるさくてうるさくて!」
その甘い声には、大量の憎しみが溶け込んでいた。
「声だぁ!? おいこのイカレ女ッ! Aを放せって言ってんだよぉ!」
「それはできないなぁ、大和君。あいつ……神様がね、この子欲しいんだって。まあ従う義理はないんだけど、いいプレゼントくれるっていうしね!」
遥華はこともなげにそう言って、Aの髪をつかんで、引っ張った。鉄の棒を振り回して脅しても、平然として朗らかな笑みを浮かべる遙華に、大和も気圧されてしまう。
「ヤマト……たすけて……! コワい! コワい!」
「虫けらの分際でビービー救い求めてうるっさいね? かすみ、行くよ。あとでわかってるでしょうね?」
温かくて優しい日差しのように、遥華の声は響いた。朝日に支えられていた霧生は、頭を大きな手でつかまれたように、引き倒されて、その手に引きずられて、遥華の足元で止まった。ホラー映画で見る、幽霊に引っ張られる人間みたいだった。
「役立たず。私、もう怒ったから……じゃあね、大和君。『常世』なんて私も初めてだから、ドキドキしちゃう! ふふっ!」
大和の視界が急に空に向けられた。何が起こったのか理解する前に、引き倒されて地面に後頭部を叩きつけられていた。意識が飛ぶ寸前だ。横を見ると、今度は朝日も何かに足を取られたように、転んで、うめき声を上げている。頭を打ったのだ。大和は金縛りにあったように、体が動かせなかった。そんな二人を尻目に、すたすたと去っていった。霧生と露子は、その後を力なくついていく。
「ああもう……わかってるって……うるさい……黙ってて!」
黒いストレートヘアをかきむしって、遥華はうめいた。神託が降りてきているのだろう。神意理解能力はゼロの大和たちにはちっともわからない。大和は必死に顔を上げて、去っていく三人を見つめた。
「露子! お前……!」
「敷島君……ごめんなさい……」
露子の絶望的な気持ちが、大和たちにも伝わってきた。大和の頭は、再び地面に叩きつけられた。大和は息も絶え絶えに、天を仰いだ。青空から桜色の天気雨が降り注いでいた。




