大和、恫喝
「ふぅーん、なるほどなるほど。入学式は四月なんだから、いくらお兄さんが心配だからって、勝手に入ってきてはいけません。入学してからも、勝手なことはしないように、気をつけなさい」
霧生の注意に対し、朝日は苦笑と会釈で答えた。霧生は不満げに鼻を鳴らし、また大和の方を向いた。
「敷島君は以前にも問題を起こしていましたね。そういう暴力的な態度を改めないと、二年生になってもこんなことだと、それなりの対応をしなくちゃいけなくなるんです。もっと先のことを見据えて、卒業して進学したり就職したりしても、すぐに暴力で解決するようなことでは……」
霧生の説教攻勢はこれからもっと続きそうだ。大和は内心辟易していたが、下手に反抗的な態度を取ると、ますますひどくなりそうで黙って神妙な顔を作っていた。朝日もこれから、初めて不思議の国とやらに行こうというのに、兄の暴行事件に巻き込まれていい迷惑だった。うつむきながら、横目で兄をにらむ。
「あのー霧生先生、その佐内……君ですけど、なんか、電車に轢かれたそうじゃないですか。大丈夫かなぁ~って思って」
「ああ、敷島君とのこととは関係ないとは思うんだけどね……ホームに落とされて……とにかく! 今はそれはいいでしょ!」
一瞬、しまったという表情になった。額に一筋汗が流れる。その瞳の奥の光に、恐怖が宿った。
「落とされた? なんで受身形なんすか!? あいつ、殺されたんですか!?」
「い……言い間違いよ! 殺人なんてそんな! いいから話を聞きなさい!」
朝日の目にもわかるほど、霧生は狼狽していた。大和は何か隠していると確信した。
「先生、なんか隠してないですか!? 苦しい言い訳なんて聞きたくないっすよ! 人が一人死んでるんですよ!」
「言い訳じゃありません! とにかく、佐内君の事故死は、今は関係ないの!」
大和は憤然として、腕を組んでふんぞり返って尊大な態度になった。「ふぅ~ん」と冷たい怒りを霧生に向けると、布の袋から模造刀を取り出して、鞘を持って高く掲げて喚き散らした。黒い鉄の鞘が重々しく、威嚇効果は十分だった。
「ホントのこと喋れよ! おいコラァ!」
朝日も兄の行動にひどく驚いたが、止めようとはしなかった。霧生が何を隠しているのか、彼女も気になった。ウサギたちの死、人間の死、隠し事をする状況ではないと思った。
「し、敷島君、それ、し、竹刀かと思ったら! 学校にそんなもの持ってきていいと思ってるのっ!?」
霧生の言うことは、至極当然だった。生徒指導室で日本刀を振り回すなんて、昔校内暴力が盛んに言われた時代にも、そうはあるまい。
「朝日! ほらな! こういう時に役立つんだよ! 人もウサギも死んでるんだよ! なあ、隠し立てしてねえでよ! ホントのこと喋れっつってんだよ! 佐内はなんで死んだんだ!?」
「何も……知らない……」
「私も先生が何を隠してるか気になります」
朝日は真剣な面持ちで、叩きつけるように言った。霧生の肩がびくっと震えた。
「先生、知ってるかもしれませんけど、お兄ちゃん、こうなると性質悪いですから……ちゃんと言ったほうがいいですよ」
朝日は優しく諭すように、霧生にささやくのだった。霧生は脂汗を流しながら、髪を何度も触っていたが、ついに耐え切れないで、遙華に切られた手とは反対の爪を口に当てた。
「その手の包帯、なんだよ」
「ちょっと深爪した……だけよ。わ、私は……な、何も知らない……」
「爪なんて噛んでねえでよ、話すこと話してくださいよぉ! なあ?」
大和は霧生の腕を掴んだ。霧生は怯えた悲鳴を上げる。
「んあ……傷……?」
大和は霧生の長袖の向こうに仄見えた傷が気になって、無理矢理まくり上げた。生々しい青あざがたっぷりとついて、切り傷も幾重にもなっている。特に惨たらしいのは、刺し傷だった。大和も朝日も息を止めた。




